第2部 第1話 新たなる物語〜神々のこどもたち〜
―――虚なる神は言った、“人間の生きる道は非礼、己の欲を満たすためであれば、他者への礼儀もなく排斥する“と。
―――古き神は言った、“人間は希望ある未来を導き出すためであれば、他者との協力を惜しまぬ存在である“と。
そしていま、古き神は後継者を人の世へ送り出し、虚なる神はいとまを潰すための玩具を手に入れた。
新たなる神々の見聞が始まろうとしている。
***
かつて暗殺者をしていたジルカースが、相棒キスクと共に拠点にしていた中央都市コウトク。
数年前までは荒れたスラム街が街の半分を支配していたが、ジルカースたちが奴隷解放活動を始めて約五年が経ち、その景観も少しずつ変わろうとしていた。人々により管理の手が入り始めた街は、少しばかり小綺麗になり、そして奴隷狩りの報告も少しずつ減りつつあった。
コウトクの新たな統治者になったのは、スラム街出身の母を持つ階級の人間だった。まだ微々たるものだが、良い方向へ変わろうとする人々の動きは確かにある、とジルカースたちは察していた。
懐かしくも幾分治安の良くなった景観の中で、ジルカースは夫婦になったテオと、七歳の息子ゼロと共に、里帰りの小旅行へ出ていた。
不老不死の身の上を授かったテオは、ジルカースと同じ時を生きられるようにはなっていたが、その過程の最中に両親を亡くし、一度は亡命にまでも追い込まれ、悲しみの最中にあった。けれどジルカースと息子のゼロが、テオの中にあった根の深い悲しみを少しずつ癒していった。それはジルカースもまた同じで、テオと再会したことで失っていた記憶を取り戻し、欠けてぽっかりと空いていた心を満たすことができていた。
そうして月日が経ち、亡命するほどの危機から免れたテオは、無事にジルカースたち家族と共に故郷への里帰りができていたのであった。
父母も肉親もいない故郷ではあったが、その景観も風土も、確かにテオの中に懐かしいという感情を呼び起こしていた。父母たちの眠る墓石に花を手向けると、テオは語りかけるようにしてジルカースたちを紹介した。
「挨拶が遅くなりました、こちら私の夫のジルカースと、息子のゼロです」
「こんにちは、おじいちゃん、おばあちゃん」
「世話になってます」
生前の父母が見ていれば、神子の血を継ぐための機関の一部と認識して、心から祝福しはしなかったであろうテオの結婚。
しかしながら夫を、子を授かった身の上のテオは、それでも血のつながった父母であれば、きっと微笑みと共に祝福してくれるであろう、という確信があった。人の親になるという立場を経験したゆえの確信だった。
青空の下、穏やかに挨拶を済ませた三人の元へ、通信機から一報が入った。アイラたちキャラバンの仲間と繋がっている手のひら大ほどの通信機は、近年になってヘンゼン博士により開発された最新の器機だった。
ヘンゼン博士は元々東の国の研究者であったが、様々縁があって現在はジルカースたちの奴隷解放戦線へ助力してくれていた。博士は“老い先短い人生だが、これまで数多の人々を研究に巻き込んでしまった償いがしたいんじゃ“と言っていた。
通信機の向こうからけたたましく聞こえてきたのは、アイラの愛用しているデザートイーグルの銃声だった。
「どうした!大丈夫か⁉︎』
「あたしとしたことが、ちょっとばかし奇襲をくらっちまったよ。いま東の国までアンタたちを迎えに来てたんだが、付近の村で奴隷狩りがあってね、急遽救援に向かってる」
「わかった、その位置なら目と鼻の先だな、今向かう」
通信機のレーダーに表示されていたアイラたちの現在地は、三人がいた丘の上の墓地からはすぐ近くであった。
三人が急ぎ向かった先には、黒煙立ち上る隠れ里のような村があった。
銃声が騒がしい方へと向かっていくと、目を引く赤毛のアイラたちの一団と無事合流することができた。
積み上げられた小麦袋を土塁がわりに、小高い山を背にし、村の西側へと防衛線を張ったアイラたちは、背後にどうにか救出した村民たちを隔離していた。向こうから攻め入ろうとしてくる奴隷狩りたちを、小脇に構えたサブマシンガンで防いでいた。
「助かったよ、今キスクは残りの村民を南の迂回路から誘導してくれてる。あたしはここで仲間の子たちと粘るから、キスクの方を救援に向かってくれるかい」
「わかった、テオとゼロはここで村民の手当てをしてやってくれ」
「わかったわ、ジルカースも気を付けて」
「ご無事で、父さん」
「こっちも非戦闘員の皆を敵に取られちゃ、“奴隷狩りから守るソルティドッグ“の名折れだからね、必ず守るよ」
三人と皆の無事を祈り一旦別れたジルカースは、旧友であり相棒であるキスクの元へ急ぎ向かった。
南側の風車小屋の下、愛用のリボルバー銃コルトパイソンを携行し、慎重に、しかし急足で向かったジルカースの前に、いきなり背の高い少年が飛び出してきた。
襟足の長めな深緑色の髪色。刀一振りを携行してはいたが、隙だらけのその風貌からして、多少剣に覚えのある村民と思われた。
「コラッ!イヴァン勝手に飛び出すなっての!」
少年の背後から追ってきているピンク髪のポニーテールの少女が、慌てたようにそう呼びかける。
「嫌だ!俺はみんなを守るって決めたんだ。俺とルトラの力はそのためにあるんだって。村長にも言われただろ!」
そう言って刀を抜き放ったイヴァンと呼ばれた少年は、ジルカースを敵と誤認したらしく、きっと睨むと切り掛かってきた。
「待て!俺はお前たちを助けに」
「ウソつくんじゃねぇ!」
そう叫ぶと同時に、イヴァンの左手首にある刺青が、不思議な光を放つ。
しかし切り掛かってきたイヴァンの背後に、ジルカースは見慣れた緑髪の男、キスクたちが追い立てられているのを発見した。
仲間の窮地と察したジルカースは、瞬時に身をかわし、その敵方の一団へとリボルバー銃の一発を放った。
その命中率は的確、一発で奴隷狩りの屈強な男の脳天を仕留めたジルカースは、イヴァンに構うことなく奴隷狩りたちの殲滅へと入った。
「キスク!皆を西の山の麓まで誘導してくれ、アイラたちが防衛線を張っている!」
「旦那!助かった、みんなこっちに逃げてくれ!」
ジルカースの救援を受け入れたキスクと残りの村民たちは、連れ立って西の防衛線まで駆けて行く。
それを背後に守るように、ジルカースは右手にリボルバー銃、左手に刀という、手慣れた二刀流のスタイルに持ち変える。
「貴様たち、ここから生きて戻れるとしたら“西国の奴隷狩り収容監獄“だけだぞ。まぁ、生きて戻れれば、の話だが」
啖呵を切ったジルカースは、二十人余りはいるであろう大人数を、無駄のない剣捌きと身のこなしにより、ものの一分ばかりで見事に切り伏せてしまった。
「すっげ、ぇ……」
「このオニーサンいったい何者……⁉︎」
イヴァンとピンク髪の少女の二人は、それを背後から呆気に取られた表情で見守っていた。
ジルカースが刀を鞘に収めると同時に、慌てて駆け寄る。
「大事ないか」
「ありがとオニーサン、助かったわ!ウチはルトラ・ポルン、こっちは幼馴染のイヴァン・ロイ。さっきはこのハヤトチリ男が切り掛かっちゃってめんごめんご〜」
「俺はジルカース、奴隷解放戦線の一団の者だ。アイラ・ソルティドッグの仲間、といえば分かるか?」
「聞いたことある!奴隷狩りから助けてくれる人たちのことね。まさかこんな辺境の村まで奴隷狩りが入るとはね、全く物騒な世の中だわ。ウチらの刺青の力が無かったらきっともっと簡単に……あれ?イヴァン、何ぼーっとしてんのよ。お礼のひとつくらい言ったらどうなの?」
「オレ、すっげー感動しました!弟子にしてください師匠!」
「「は?」」
イヴァンのいきなりの一声に驚いたのは、ジルカースもルトラも同時だった。
「ちょっとイヴァン!また勝手なこと言って、ジルカースさん困ってるでしょ⁉︎どーもすいませんね、こいつ熱血野郎で周りが見えないとこあって」
「嫌だ!オレはこの人みたいに強い達人になるって、今そう決めた!だからオレを、オレたちを仲間に入れてください、師匠!」
急な申し出に、ジルカースが返答をしかねている横で、ルトラは“あーだめだ、猪突猛進ルートに入っちゃってるわコレ“と頭を抱えている。日頃からこの勢いのあるイヴァンの世話焼きをしているであろう様子が窺え、若干かわいそうになってきたジルカースは、ひとまずの返答を返した。
「すまんが、仲間になりたいというならば、俺の一存だけでは了承しかねる。一旦着いてきてもらっていいか」
「分かりました師匠!」
「どーもすんませんね、よろしくオニーサン!」
師匠という呼び名に、ほんの少し昔懐かしいものを感じながら、ジルカースはアイラたちの一団が待つ西側の山の麓へ向かった。
その後、無事に奴隷狩りの勢力を鎮圧したジルカースたちは、奴隷狩りの残党たちを収容する監獄へ届けるため、西の国コミツへと向かっていた。
西の国コミツは、かねてより奴隷狩りを容認していた他国には関せず、奴隷狩りに対する姿勢としては中立状態にあった。しかし西の国へも及ぶ、長きにわたる奴隷狩りの魔の手に怒りの声を上げた市民を発端に、国を動かす暴動などが幾度も起こされ、今や奴隷狩りを許さぬ政権国家へと変わっていた。
その結果、晴れて運用開始されたのが、奴隷狩りを収容し罰する監獄“ネメシス“である。
建設にあたっては、これまで奴隷狩りに歓迎的であった他国からも、複数の団体が資金援助をしており、その甲斐あってか、ジルカースたちのように“奴隷狩りを狩る側“の人間も、少しずつではあるがちらほらと現れつつあった。
そんな西の国へと向かう馬車の中で、ジルカースとアイラは新たに加入志願者となったイヴァンとルトラの採用面接をすることとした。
その道では一番経歴の長いアイラが審査官となり、イヴァンとルトラの二人に半ば忠告するように言った。
「あんたらくらいの十六歳程度の子たちなら、うちではもう精鋭として働ける腕前の子ばっかりだからね。何せ子飼いで訓練してるもんで、人材には困っちゃいないんだ。だから余程腕に自信がある子じゃなければ、って感じなんだけど、武術としては覚えがあるのか、聞いてもいいかい?」
「オレは六つの時から親父に習って剣術をしてました。親父は若い頃に傭兵の仕事をしてたから」
「アタシは降霊術が使えます。なんか世界的には珍しい職種みたいだけど、アタシの家は代々降霊術を受け継いできたから」
「あと、オレとルトラの手にある刺青は、すげー力があるんです。細かいことはよくわかんないんだけど、なんか二人して戦う時になると、ピカー!ぐわーッツ!みたいな」
「アバウトすぎじゃねそれ……オネーサンたち絶対わかってないから」
「……」
先ほどわずかに手合わせした時に、イヴァンの手首の刺青の異変を察していたジルカースは、言葉の信憑性を感じ頷く。それを横目で察したアイラは、そのまま二人の話を聞き入れるように続けた。
「オーケー。じゃあ、ルトラの“降霊術“とやらの詳細を聞いてもいいかい。恥ずかしながらあたしも初めて耳にする術技でね」
「あ、はい。えっと、アタシの持ってるこの小型の杖、こいつに祈りの力を込めるんですけど、そうすると、敵対してる人間にとって一番影響力のある死者の霊を呼び出せる技、って感じです」
「なるほどね、必ず敵のウィークポイントを突けるってわけか」
納得顔のアイラに、ジルカースも頷きながら言葉を挟む。
「俺も初めて聞く術技だが、系統的には神力に近いものだろう。似て非なるものだろうが、祈りの力によって起こす神力なら、テオやゼロのものに近いところはあるしな」
なかなか好感触な反応に、イヴァンもルトラもどこかそわそわとし始める。
しかし、そこへ突如として外から爆音が響きわたり、馬車は急停車した。
「どうした⁉︎」
「テオ、ゼロ!無事か?」
馬車から降り、仲間たちの安全を確認した皆の前に、突如として紫と黒の渦を巻いて空間の歪みが現れた。
八年前、ジルカースたちがレビィと対した時に目にしたと同じ、時空の歪み。
今やこの世界において時空を操る術は、ジルカースたちの保管している“輪廻転生の玉“のみであるがゆえに、一堂に緊張が走った。
渦の中から現れたのは、頭の先からつま先まで真っ黒な、黒衣のジルカースだった。
その瞳はなぜか、真っ赤な血の色に変わっていた。
「なんだ貴様は……⁉︎」
ジルカースの問いに答えることなく、黒衣のジルカースは言った。
「この世界にアクセスしてる奴がいて助かった。どうやらお前は無事にテオを助けた世界の俺らしいな、ならば“貰って行くぞ“」
そう言うなり、黒衣のジルカースはテオを肩に担ぎ上げる。
「……⁉︎」
「ジルカース……!」
そのまま、時空の歪みへと消えようとした黒衣のジルカースへ、咄嗟に祈ったルトラの杖先から現れた霊体の一撃が炸裂した。
背中に手痛い一撃を喰らいふり返った黒衣のジルカースの目に、霊体の姿がかすかに映る。
「ハハッ、こいつは面白いな!黄泉路を飛び越えてまたお前と再会するとは!」
ルトラの真横に居たジルカースの目には、呼び出された霊体が何者であるのか伺い知れなかったが、ウィークポイントとなる霊体を呼び出すと言う特性と、黒衣のジルカースの反応からして、“あいつ“だろうな、という予想が走る。
「ごめん、ウチ咄嗟に呼び出しちゃったから、こいつが真っ黒くんとどういう関係があるのかサッパリ分かんないんだけど……!とりあえずやっちゃって!」
***
その頃、東の国の王城にも時空の歪みが現れていた。
渦の中から現れたのは、金装飾の黒いマントに、真っ白い汚れのない軍服。そして銀のウルフヘアーをテールに束ねた髪には、金色の王冠があった。男の名は“デオン・ギロ“
「ああ、懐かしいこの世界、また会えるねジルカース」
デオンの背から現れたのは、五人の腹心たち。そして幾千万の部下たち。
七年前の東国の王政をも揺るがす騒乱以来の大異変が起きようとしていた。
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