第7話 神を殺すということ〜深淵〜

遺跡の重い扉の向こう側に現れたのは、世にも珍しい黒い刀身をした刀(かたな)だった。

刀身に波打つように流れる銀装飾の上に、星々のように散りばめられた蒼い宝玉は、どういう因果か、ジルカースのピアスの宝玉と同じ石だった。

「これが神殺しの剣……!?」

仰々しい装飾の黒い刀身の刀を抜こうとしたジルカースの脳内に、瞬く間に押し寄せて来たのは、それまで無かったはずの記憶だった。


『うわぁぁぁ‼︎』

血まみれで息絶えたキスク、アイラ、そしてテオの姿。

その中で項垂れたまま慟哭する自分。

血に濡れた神殺しの刀を手に笑うデオンの姿。

『どうかな?これでボクを殺したくなった?ハハハッ!』

『ああ、殺してやるとも、刺し違えてでもな……!』

憎しみに染まったジルカースの表情。

『嬉しいね、やっとボクだけを見てくれた!さぁ、いつでも殺してよジルカース!』

気狂いじみたデオンの表情と言動、またたく間の連撃。

それに呼応するように、殺意のこもった表情で銃と刀で応戦するジルカース。

その瞬間のジルカースは、自分のことでありながらまるで初めて目にするような、それまでにないほど憎悪に歪んだ形相をしていた。

そして分かったのは、どれも未来のようでありながら、この世界の記憶ではない、ということ。

しかしながら、ジルカースはすでに体験した記憶のような、不思議なデジャビュも感じていた。


『それはこれまで幾度となく繰り返されてきたあなたの記憶、“堕神ジルカースの記憶“』


走馬灯のように数多の記憶を視るジルカースの耳に、リィンという鈴の音と共にどこからともなく響いてきたのは、刀の守り主の声だった。どこか聞き覚えのある声のようで、初めて聞く声のようでもあった。

それと同時に、ジルカースはそんな途方もない残酷な繰り返しの中にいると、“堕ちた神の身の上であると“ようやく知った、知ってしまった。

幾度も幾度も、テオや仲間を失うという過ちを、デオンを刺し違えて倒すという惨劇を繰り返し、神殺しの剣で全てがリセットされ、やり直す。

悪夢のような繰り返しでありながら、仲間たちとの奇跡とも言える出会いをも繰り返す、そんな長く終わりの見えない硝子回廊の繰り返しを生きているような、ひどく胡乱でいびつな世界。

『この世界の構造に気付いたあなたは、人の世に身をやつした今なお、何を望まれて神殺しの刃を手にする?』

「​過ちを二度と繰り返さぬために。おのれの命を危うくすると分かっていても、俺はこの諸刃の剣を望む」

不老不死であるジルカースが神殺しの刀を手にすることはすなわち、例えるならば“吸血鬼が己の胸を射る杭を胸に当てて歩いているも同じ“ということである。

不老不死という能力を無効化する武具であるがゆえに、おのれ自身も仲間にも不老不死を抱えたジルカースは、どうあっても自分以外のものの手に渡すわけにはいかなかった。

ジルカースの言葉を聞き入れた守り主は、ややあってから応えた。

『承知した、あなたがあえてそれを望まれるのであれば、この力はあなたへ託そう』

守り主は抑揚のない声でそうジルカースの脳内に語りかけると、神殺しの刀に静かに宿った。

星々のように散りばめられた宝玉が、ゼロの力がピアスに宿った時のように、きらりと流れるように煌めいた。

それはまるで、先程見た記憶がジルカースの中にしっくりと馴染んだような、不思議な心地だった。

道標となっていたピアスの光は、それを機に消え去った。


「旦那!大丈夫か?」

ようやく現世に意識を戻したジルカースに、背後に居たキスクがほっとした様子で肩を叩いた。そのまま仰々しいしつらえの神殺しの刀を眺める。

「しかし随分とご大層な装飾だな、名だたる名工でもここまでの一振りはなかなか作り出せないんじゃないか?」

「そりゃぁ神殺しの刀だからねぇ、そう安っぽい見た目じゃなかろうさ」

アイラの言葉にそれもそうかと頷いたキスクが、試しに武器屋で鑑定してもらうか?と言い出し、即座にジルカースに殴られる。相棒ゆえの気慣れたやりとりに、師匠のグライドが“ほぉ“とどこか感心げに呟く。

「ジルカースのやつ、丸くなったもんだな」

「これで丸い方なのかい……?」

男たちの軽妙なやり取りに、すかさず合いの手を入れたアイラだったが、ただひとりその気楽さを知らぬテオが居る事に、ふと物悲しさを感じて唇を噛んだ。

(テオ、このままじゃあたしは死んでも死にきれないよ。早く助け出してやるからね)


***


そうしてようやくというべきか、ジルカースたちは北の国カンキの都市街へと足を踏み入れた。

白雪に覆われた、灰色の煉瓦屏の街並み。

その上空を飛龍族が悠々と飛び回る景色は、圧巻の一言に尽きる。

街の北側に湧き流れる温泉滝も迫力があり、氷点下に達する日でも凍りついたことがないと言われるほどであった。

街角には、飛龍族と同じく古来から北の国に住まう占術師たちが店を並べており、街を散策すると様々なお香のかおりが鼻をくすぐってくる。

しかしながら北の国は、現在敵対しているデオンらが在住する“東の国の属国“と言われており、中央都市コウトクなどから徴用した奴隷たちを東の国へ流しているとも言われていた。

手放しに安息を得られぬ環境ではあったが、ジルカースたちは今晩の宿を探してグライドの後をついていった。


***


占術師の店の前の宿屋にて一晩を明かすことを決めたジルカースたちは、お香のかおりがかすかに鼻をくすぐる部屋に集い、今後の策について腹を割って話し合った。

東の国へ乗り込む決意はみな固まっていたのだが、直接乗り込むにしても敵本拠地とあって、どうしても危険が伴う。

ああでもないこうでもないと三人が言い合っていると、ジルカースの師匠グライドが手を貸すと言い出した。

「東の国には度々暗殺者として招かれているからな、今回もそのルートを使えば入れるだろう」

「願ってもねぇ、渡りに船じゃねえか旦那!」

ガッツポーズを決めながら見つめてくるキスクを尻目に、ジルカースはこれは珍しいとでもいうような顔で遠慮もなく言葉を返した。

「まさか師匠の存在がこれ程ありがたく感じる時が来るとはな……」

するとグライドは半分呆れたような顔をして、ジルカースの言葉に不満をこぼした。

「ジルカースよぉ、一言余計なんだよてめぇは」

初対面の印象から“飲んだくれている妙に明るいおじさん“というイメージで固まりつつあっただけに、失礼ながらキスクもアイラも、ジルカースの一言に妙に納得してしまうのであった。


***


グライドの手引きにより三人は一路、東の国へ乗り込んだ。

東の国シュウヨウは敵方の本拠地であると同時に、テオとアイラの故郷でもある、いずれ訪れるべき地であった。

神子の信託により成り立つ王権国家で、中央には真っ白で背の高い城と聖堂の景観が窺える。

その街並みは輝く砂地に白塗りの漆喰壁の家々が立ち並び、清浄さが表れるようであった。

しかしながら長らく続く内乱の影響もあって、街の至るところに爆破跡や瓦礫が残る場所もあった。

長らく国の命運を掌握してきたテオたち神子の一族が、現時点でどのような処遇を受けようとしているのか不明であったが、そのほとんどの生存権は今もなお綱渡り状態にあると思われた。


船旅にて密かに入国したジルカースらが城下町へ踏み入ると、そこは圧政の最中にあった。

現王政軍直属の総司令官レビィの指示のもと、粛清と称し少しでも反抗的・暴力的な市民は処罰摘発の対象とされていた。

街中ではそれらの民を対象とした奴隷狩りまでもが公然と行われており、悪政ここに極まれりといった惨状だった。

そしてそんな最中、直々に粛清にやって来ていた”彼”とジルカースたちは再会した。


「おやおや、また懐かしいやつらのお出ましだねぇ、会いたかったよジルカース!」

歓迎ムードも程々に、生々しい血痕の残るナイフを両手に構えたデオンは、”わざわざ会いに来てくれるなんて嬉しいねぇ”と、相変わらずの底の知れない笑みを見せた。

「これはどういう事だ、貴様は正規軍ではないのか?民をなんだと思っている」

話題をそらす様なジルカースの言葉に、興ざめという様に両手を広げオーバーなリアクションを取ったデオンは口元の笑顔を絶やさぬままに言った。

「閣下は今回の粛清で治安回復を望んでおられる、下層の民を粛清し上級国民のみ残れば治安が戻ると。いかにも頂点しか知らぬ者らしい安い考えだね」

「そう思うのになぜお前は加担する?」

ジルカースのその問いに、ようやく言いたいことを聞いてくれたとでも言うようにデオンは禍々しい笑みを見せる。

「そんなもの、戦いが好きだからに決まってるさ!ジルカースあんたも同じだ、戦いが愉しくて仕方ない、そうだろ?」

「違う、俺は……!」

否定するジルカースを追い詰めるように、両手のナイフで幾度も切り込んで、デオンはその言葉を吐き散らす。

「暗殺者を生業としているお前なら薄々分かっているはずさ、綺麗事では世の中は回らないってね!」

しかしその言葉に一番苦虫を噛んだような表情を見せたのはグライドだった。

ジルカースよりも長いあいだ暗殺家業に身を置いていたグライドには、デオンの言葉に対しても思うところがあったのだろう。

また、弟子であるジルカースが追い詰められてゆくのを黙って見ていられなかった、というのもあっただろう。

隙を見ていつでもジルカースの応戦ができるよう、懐の銃に手を添えながら呟く。

「時には、死が救いになる事だってあるもんだぜ、お坊ちゃん」

ボソリと呟かれたその言葉を、デオンはくだらないと言うように即座に鼻で笑って返した。

「ハッ、そんな綺麗事あるものか!人の命の脆さ儚さを知っているくせに、ボクらは命をかけて戦う事は愉しくて仕方ないのさ、お互いに愚かしいなぁ?ジルカース!ひゃハハッ!!」

「貴様……!俺は貴様とは違う、違うんだ!」

デオンの度重なる挑発に、いよいよ感情の抑えが効かなくなったジルカースは、それまで防御に徹していた両手の武器を携え、デオンの懐に飛び込んだ。


執着や怒り、互いの感情を込めた刃が幾度も交えられ、閃光のような眩い火花がひらめく。

そうして二人が強く刃を混じえた刹那、ジルカースのピアスがひときわ強い光を放った。


***


『お前は家名に傷を付けぬよう生きればそれで良い』

『それでも家督を継ぐ者か?紙切れの方がまだ骨があるぞ!』

『貴様は死ぬまでこのギロ家の奴隷なのだ、身の上を弁えろ、でかい口を利くな!』

(わかったよ、それならボクが家督を継いで国一番のとびきりの名家にしてあげる)

(パパも皆もミナゴロシにして、ね)


(これは、デオンの記憶か​───?)

ジルカースの脳内に流れ込んで来たのは、今まさに戦っていたデオンの過去の記憶だった。

視界一面に広がる真紅、過去のデオンの視界を映し見ていると気づくのに、そう時間はかからなかった。


「どうだい?奴隷に下克上された気分は、ねぇパパ」

「デオン、貴様……死ぬまで悔いるがいい……」

致死量の流血により倒れたデオンの父。

そこにいつもとは打って変わって無表情で立つデオン、その背後に並び立つ男たち。

その中の、どこか見覚えある不死鳥羽のピアスをした長い黒髪の男が、実父を殺めたデオンを歓迎しながら口を開いた。

『デオン、助力に感謝しよう、我らは貴殿をこの度の正規軍の一員として迎え入れる』

迎え入れたという正規軍の様子から、デオンが父の死を契機に現在の正規軍に寝返ったであろう事が察せられた。

去り際、ただひとり振り向いた無表情なデオンの思考が、のぞき見ているジルカースの思考に響くように流れ込んでくる。

(所詮、死人に口なし、さ)

あまりにも凄惨なギロ親子の記憶は、モニターを切るかのようにそこでぷつりと途切れた。


***


意識が戻ると同時、鍔迫り合いからばちんと激しい音がして、ジルカースは直後反射的に間合いを取った。

ジルカースに記憶を読まれたデオンは意識が混濁しているようで、頭を抱えてふらついていた。

「お前っ……ボクに何をした……!?」


「あまり突出するのは得策ではないですね、デオン」


そこへ、見たことの無い神力で新手の敵が現れた。それは先程、ジルカースがデオンの過去の記憶の中で見た“不死鳥羽のピアスの長い黒髪の男“だった。

「お前は……!」

ジルカースの言葉に、不死鳥羽のピアスの男は動じる様子もなく挨拶してきた。

「“お初にお目にかかる“私は東の国で総司令官をしているレビィ・ザイアッド、あなたたちの敵です」

「へっ、ご丁寧にご口上痛み入りますよって!」

レビィの名乗りに、キスクが嫌味ったらしいとでも言うように言葉を吐いて笑う。

そんな様子さえも無表情に流し見て、レビィは改めてジルカースへ視線を移した。

そして“今更“のように、キスクたちへ何かを揶揄するような言葉を投げかけた。

「おや、そこに見えるのは天界を脱したはずのジルカース殿ではないですか?どちらにおいでかと思いきや、このような下賎な者とつるんでおいでとは」

「旦那、こいつと知り合いなのか⁉︎」

「……ッ!」

キスクの問いにジルカースが“その詳細を答えあぐねている“のを察したのか、レビィはわずかに嫌味な笑みをその口元に見せた。

ジルカースのピアスが、危険を知らせるかのように瞬きながら、幾度も眩く煌めく。そうして、そのまま蘇る記憶の走馬灯に、ジルカースは頭を抱えその場に崩れ落ちた。

「そうだ。レビィ、“お前が俺の半身を奪った“」

よみがえった記憶は、レビィがジルカースと”もうひとりの半身”の二体に、体と精神を分かったこと、そしてその直後にジルカース自身は下界へと堕ちたことだった。

「ええ、願ったのは他でもないあなたでしたがね」

「……どういうことだよ?なんの話をしてる?」

キスクは初めて耳にする相棒ジルカースの過去に困惑しながらも、両手をついたジルカースの体を支えていた。

「あの後、俺の半身はどうした?もしやお前が殺したのか」

よみがえる記憶の波に精神を破壊されそうになりながら、ジルカースはどうにか身を奮い立たせる。

目の前でニヒルな笑みを浮かべているレビィに重なるように、ジルカースの視界に過去の記憶が次々と蘇ってきた。


水鏡越しに見えるのは幼いテオの姿。

ぐるりと四方を囲むように展開された半透明のモニターに映し出されているのは、下界の景色や人々の様子であった。

それらを神として監視しながら、ジルカースは補佐官であるレビィと共に、天界で無機質な日々を暮らしていた。

そんな最中、ジルカースは親しいテオの表情に陰りが見えた気がして、彼女の元へ赴きたいと言い出したのだ。

「神など所詮は見ているだけで民のために何も出来ないだろう」

「天界から民を監視し、導くのが我々の務め。故にあの娘だけ特別扱いをするというなら、いずれにせよあなたはもうここにいるべきでは無いのでしょう」

そう言ったレビィは、情けか良心の呵責からか、ジルカースの心身をふたつに分かったのだ。

ゼロと名付けられた半身は、ジルカースの精神とリンクした双子のような存在として、レビィと共に天界へ残った。


「私の時空転移の神力で、数年過去の下界へ堕ちた影響下で記憶を無くしているとはいえ、あなたは神の身でありながら数多の民を人々を、その手で暗殺した。落ちぶれた堕神に、もはや成せることなどありはしないのですよ」

今にも精神が壊れそうになりながらも、ジルカースはキスクの手のひらの熱を頼りに、額に首筋に冷や汗を流し言い返した。

「シラを切るな、神の遺体をこの国へ持ち込んだのは貴様だろう。現在も数多の粛清を行っている。レビィ、お前は何を企んでいる?」

ジルカースの問いにレビィは意味ありげに口元を隠して、ジルカースに責任を転嫁するような言葉をもらした。

「企むも何も、貴方の望みでこの世はこうも変貌してしまった。それに私の粛清は私の手によるものではない。私の手は汚れていません、それだけですよ」

「こいつ……!」

飛び出そうとしたキスクとアイラを咄嗟に制して、ジルカースは神殺しの刀を振り上げる。

その時だった、牢に閉じ込められているテオが、正規軍に連れられて新たな儀式とやらに向かう姿が脳裏に過ぎって、ジルカースはまた動きを制された。

「貴様、テオをどうする気だ⁉︎」

「彼女には“新たな神の母体となってもらう“のです。永らく神と関わってきた清らかな彼女ならば、禊ぐ事により適した器となるでしょう」

そのまま時空転移の神力により、逃げるように姿を消そうとしたレビィだったが、ジルカースは暗殺者特有の俊敏さで間一髪ひっつき、ともに空間転移する事に成功した。

「おや、共に来てしまいましたか……まぁ良いでしょう、そこで顛末を見ていると良い」

降り立った先は城の内部、玉座の間で、今まさにテオの禊の儀式が行われていた。

仰々しい神像装置の間に立たされたテオに、七色の光が降り注ぐ。

『いまだ、飛ぶんだ!』

勝機を拓くように、ピアスからジルカースの脳内に直にゼロの声が響く。

ジルカースはテオの白い手のひらだけを見定め、瞬時に飛び出していた。

「テオッ!」

あたりが光で満たされ、視界が奪われた瞬間を見計らって、ジルカースはテオを抱えてバルコニーから脱出した。


***


目を覚ますと、ジルカースとテオは真っ白なモニター空間の中に居た。

下界の様子が四方八方に展開されていて、既視感のあるその光景に、ジルカースは自身とリンクしていたゼロの記憶までもが完全に目覚めるのを感じていた。


現在居るこの天界をジルカースが脱した後、レビィはゼロを殺した。いや不老不死の神であるために仮死状態にしたのだ。

その身を研究サンプルとして携え、数年過去の東の国へと入ったレビィは、精神を汚された神を滅ぼし新たな神を創り出すために、そのおぞましい計画を実行し始めた。

正義も悪もなく、ただひとり“神の代行者“として。

『きみも思い出したんだね、おれも全て思い出したよ、きみが天界へおれと共に置いていった遺恨も何もかも』

ピアスからゼロの声が聞こえてきて、ジルカースはようやく現在の状況を思い出した。

過去も未来も別の世界線も、様々な人間の記憶を見過ぎて意識が定まらなかった。

『今きみは、テオに目覚めた神力との共鳴によって天界に隔離されている』

その言葉の直後、空中のモニターにゼロ自身の遺体の映像が映し出された。

遺体とは思えぬ程に、生きたそのままの姿を留めて、ゼロはケースの中へ収められていた。ジルカースと瓜二つのその顔かたち。

『おれの力は、ようやく見つけたきみとのリンクを繋ぐことで精一杯だった。けれど幸か不幸か、テオに神に近しい神力が適応した今、おれはこの体を捨て去る時なのかもしれない』

どういう事かとジルカースが問うと、ゼロは『おれを殺しに来てくれないか』と言った。

『テオの神に近しい神力は、所詮は人為的に与えられたもので、あまりに不完全なんだ。おれの最後の力を使って彼女の精神を安定させなければ、人の身の彼女は時を置かずして壊れてしまうだろう』

「お前を殺したら……その時は、リンクしている俺はどうなる?」

『わからない、もうきみの体とおれの体は別のものだ、ただし精神は繋がっているから、こうして弱まった力でも辛うじて神としてのリンクを保つことができている』

テオの精神が壊れてしまう、それだけは避けたかった。ジルカースが天界に居た頃からずっと、それは変わらぬ願いだった。その願いはゼロの中にも変わらず残っていたと言うことなのだろう。

「……わかった」

『きみに生きる覚悟を問うておきながら、こんなことを願ってすまない』

「いいんだ、俺の事は、テオが無事に生きてくれれば」

そう答えたジルカースは、ゼロの「それじゃあ、いいかい」という問いに静かに頷く。

目覚めないままのテオを抱き抱え見下ろすと、ジルカースは別れを惜しむようにそっとその瞼に口付けた。

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