第15話 サイドストーリー/テオの章
※本編ラスト前くらいのメインメンバー四人のお話
※ほのぼの男女カプ話
※本編ネタバレをやや含みます、一応本編を読み見終えてからの閲覧をおすすめします
”アイラになんて打ち明けたらいいか分からない”
夕食の席でのこと。
そうキスクに相談された事をジルカースから聞いた私は、又聞きになってしまった事に少し罪悪感を覚えながらも、とりあえず状況を整理した。
「えっと、つまりジルカースはキスクから恋愛相談されたって事よね?」
「そういう事だろうと思う」
”だろうと思う”という所に、整った見目に似合わず恋愛事に疎いジルカースの一面が窺えて、私は少し可愛いと思ってしまった。
”だめだめ、そうじゃないでしょ!今はキスクの事を相談されてるんだから……”
ジルカースとキスクは気心のしれた相棒という関係で、私の知らない時間も共有してきた親友のような仲だった。
だからこそキスクはジルカースを信用して相談したのだろうけど。
”相手のアイラも私にとっては大切な友達だもの、断る理由なんてない”
又聞きで聞いてしまった私も、正直申し訳ない気持ちではあったけれど、他でもないジルカースに頼られているのだから、頑張らなくてはという気持ちにもさせられる。
「明日キスクを連れてくる、それとなく聞き出すからテオは隣の部屋ででも聞いていてくれ」
素直に本人から聞けと言わないあたりに、ジルカースの男心に対する気配りが窺えた。
「わかったわ。まぁキスクはあの通りオープンな性格だから、盗み聞きされてもきっとあなたみたいに気には止めないでしょうけど……」
「……それもそうか」
どうする、という話になって、結局二人でキスクと会う事になった。
それにしても色恋事にオープンな性格のキスクが手を焼くなんて、アイラはやっぱり一枚も二枚も上手な女性なんだなと思わされる。
私なんてジルカースと恋仲になれたというのに、未だにギクシャクしてしまう時があるのに。
不意に不思議そうな顔をしたジルカースと目が合って、私は誤魔化すように笑った。
***
「それで、キスクはアイラとどういう仲になりたいの?」
ダイニングテーブルでの休息の一時のこと。
いざ恋仲になってみると、テオは大人しそうに見えて案外社交的な一面があるなと常々思う。
俺が恋愛事に疎いという事もあるが、踏み込んでいいのか迷うような所でも、突っ込んで聞ける所は凄いと思うし、そういう潔さこそこんな恋愛相談の場では必要なのだろう。
「どういうって、そりゃ男女の仲でしょう……ねぇ、旦那」
「俺に振るな、俺に」
「照れなくたっていいじゃないですか、もう恋仲なんだし今さらでしょ、それとも二人ともまだそういう……あれ?」
俺たちの間に流れた微妙な空気に、キスクはテオと俺の微妙な関係を察した様だった。
「あっ……こいつは失礼しました」
”俺たちの方が相談されていたはずなのに、どうして俺たちが恥ずかしい思いをしているんだ?”
釈然としない気分を抱えながら、俺は仕返しだと言わんばかりに、いつもの遠慮構わぬ調子でキスクに問い詰めた。
「手が早いお前の事だ、もうとっくにアクションは起こしてると思っていたが、違うのか」
「それが、アイラのやつ押しても引いても肩透かしって言うか、それとなく言っても聞き流されるし」
「それはつまり……脈なし、という事ではないのか?」
「……やっぱり?」
俺の言葉に正直に凹んだ様子のキスクに、テオが慌ててフォローを入れる。
「そ、そんなことないじゃない!アイラとキスクほどウマが合う男女そうそう居ないわ」
「……そ、そうかな?」
困惑したり凹んだり喜んだり、キスクの百面相が段々と面白くなってきた俺は、笑いを横に逃がしながらテオの言葉に相槌を打った。
「それでも、正直に当たって砕ける覚悟は無い訳ね」
「意気地が無いな」
「二人とも!自分たちが恋仲になれてるからってその言い方は狡くないですか!?」
”確かに、そうかもしれないですけど”ともごもご答えたキスクに、テオはうーんと悩む様子を見せる。
「私からアイラに直接どう思ってるか聞いてみるっていうのはどう?」
「いいんじゃないか、女同士でなければ話せんこともあるだろう」
テオの提案にキスクも承諾した事で、後日アイラに突撃取材する事が決定した。
”さて、鬼が出るか蛇が出るか”
女は大人しそうに見えて案外歯に衣着せぬ所がある、というのはいつぞやのグライドの言葉だった。
アイラも俺に似てポーカーフェイスが得意な、腹の底の読めない相手だ。
”健闘を祈るぞ、キスク”
相棒のささやかな幸せを願いながら、俺は行く末を見守る事を決意した。
***
テオお嬢さんがアイラに直接探りを入れてくれる事になったその日、俺とジルカースの旦那は隣の部屋で聞き耳を立てていた。
「当事者の俺はともかく、どうして旦那まで聞いてるんですか」
「お前の相棒を伊達にしとらんぞ、ここまで来たら一蓮托生だ」
いい話のように思えて一瞬目が潤みかけたけれど、実際のところお嬢さん(とアイラ)の恋バナが聞きたいだけだろうな、と白けた目線になる。
ちくしょう、俺だってアイラみたいないい女と結ばれてやるからな、と悔しさに奥歯を噛み締めた。
「……!来たぞ、声を潜めろ」
今やアイラたちと共に奴隷解放を掲げる賞金稼ぎとなった俺たちだが、旦那は相変わらず元暗殺者ジルカースの片鱗を見せる事があった。
俺の背後に居るというのに息を潜めて気配を殺している、さすが。
”って、関心してる場合じゃねぇ、折角のチャンスだ、聞き逃さないようにしねぇと”
二人が椅子にかける音に、俺はゆっくりと息を飲んだ。
「ねぇアイラ、今日は久しぶりに恋愛相談でもしない?」
「なんだい、ジルカースとは案外まともにやってると思ってたんだけど、違うのかい?」
「いいえ、今日はアイラ、あなたの恋愛相談に乗りたいの、駄目かしら……?」
「あたしの、ねぇ……たいして語るような歳でもないけど、まぁそれでも良ければ話すよ」
「じゃあ、最初にあなたの初恋の人を教えてくれる?」
「……恋、と言えるのかは分からないけど。前にテオの叔父と言う人と縁があった事は話したよね。その人の事は人としてすごく頼りにしてたし、尊敬もしてた。だから親愛の情って言うならその人だね」
「以外と年上の人が好きだった感じかしら?」
「……よく分からないんだよ」
「分からない?」
「人を好きになるって事が、よく分からないんだ。幼い頃から戦いに身を置いてた事もあるかもしれないけど、他人とそういう縁を持つって事がよく分からない所はあるかな、もう40年以上生きてるってのに、おかしな話かもしれないけど」
そこまでのアイラの言葉を聞いて、俺は少なからず同情してしまった。
彼女が幼い頃に故郷を追われ、それ以降は戦いに近しい場所に身を置いて育ったことは知っていた。
”俺も若い頃に祖国の兵士として育ったけど、でもきっと俺の方がまだ平穏で恵まれてた。きっとアイラは愛だとか恋だとかに心を許す暇すら無かったんだろうな”
そう思うと今までどこかミステリアスだったアイラという人間が、とても身近に感じられた。
「……そんなことないわ、アイラは過酷な環境で育った人だし、私には想像もつかないような辛い経験も沢山あったでしょう。今は、これからは……気を許しても大丈夫なのよ、せめて私たちくらいには」
「……ありがとう。そうだね、あたしももういい歳だし、そういう相手のひとつも欲しいとこだけど。こんなじゃじゃ馬乗りこなせる奴いるのかね」
「案外近くに居るかもしれないわよ。ほら、キスクとか!」
「あいつは軟派そうな所があるからねぇ、まぁ生活力はあるからそこは信頼してるけど」
意外と好感触な言葉に、俺は思わず口元がにやけるのを抑え込む。
”待て待て、まだ結果が出た訳じゃねぇ、ちゃんと最後まで聞かねぇと”
「キスクは確かに遊女遊びが悪い癖だけど、でもあなたとなら案外ウマが合いそうな気がするわ、私とジルカースみたいに。なんとなく、女の勘だけど」
「ふぅん、そうか……」
しかしそこまで聞いたアイラの足音が、不意にこちらに近付いてくる。
”!勘づかれたか……!?”
あたふたしている俺に構わず目の前のドアが開かれ、真顔で腕組みするアイラと目が合った。
ジルカースの旦那はと言えば、素知らぬ顔で俺の後ろに立っている。
「どういう事か話してもらおうか?キスク」
「はい……」
その後は、男女四人での会話となった。
俺はアイラに思惑を勘づかれている手前、少し気まずかったのだが、ここまで来たら後戻りするのも意気地がねぇと腹を据えた。
「単刀直入に言うと、キスクがアイラにプロポーズしたいが勇気が出せんということだ」
俺より先にネタばらしをしてしまったジルカースの旦那に、俺はやや狼狽しながらテーブルの下で旦那の脚を蹴る。
いつの間にやらプロポーズというていになっているあたり、ジルカースの旦那の身硬いやり口が窺える。
「ちょっと旦那、プロポーズとか気が早すぎでしょう!普通は恋人になってからするもんですよ!」
「お前は軟派だからな、そのくらいでないと信用されなかろうと思っただけだ」
「そこ、いい歳の男二人がこそこそ話すんじゃないよ」
アイラは相変わらず腕組みをして対面の椅子に座っている。
これではプロポーズというより尋問だと思ってしまい、うっかり弱気になった自分を脳内でぶん殴った。
”気圧されるな、もうここまで来たら言うこと言うんだろ……!”
あの人、ベルゲンと死に別れてから、俺はずっと後悔して生きてきた。
自分の感情を告げる事に恐れもあったけれど、それ以上に”もう言わない事で同じ後悔を繰り返したくない”という思いも確かにあった。
「……俺は、さ、アイラ。あんたが人を好きになる事が分からないってんなら、分かるまで何時までだって待つし、たとえ分からなくても、俺をただ隣りに置いてもいいやって思って貰えるように努力するつもりだ。俺もまだ昔の経験で臆病なとこがあるけど、嫌な事があったらいつでも正直に言ってくれていいし、ぶん殴ってくれていい。ありのままのあんたを受け入れるから、それじゃあ駄目か……?」
旦那とお嬢さんが息を飲む中、アイラはため息をひとつ吐くと、ゆっくりと答えた。
「……ああ、こんなあたしで良ければ」
***
それから幾日かして、私とジルカースはキスクとアイラが内々に結婚した事を聞かされた。
アイラいわく”キスクはこのくらいしないと覚悟が決められないだろうから”という事だったけれど。
恋愛がよく分からないと言っていたアイラのやる事にしては大胆だなぁとも思った。
”さすがのアイラ、かしら”
ふふっと笑えば、隣に居たジルカースが不思議そうにこちらを見る。
「次はテオたちの番だね」
そう言われた事をふと思い出して私がひとり恥ずかしがっていると、ジルカースは今しがた見ていた露店の店先で見つけたかんざしを私の髪に刺して微笑んだ。
”こんな顔を見られるのは、恋人の私の特権なのよね”
そう思うとアイラの言った結婚の日もあながち遠くない気がして、私はジルカースに微笑み返した。
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