約束
ninjin
第1話
何から話し始めれば良いのか分からない。
だから、君が質問してくれないかい?
君が聞きたいことだけ、訊いてくれればいい。
なにも知りたくないことまで聞く必要なんて無いのさ。
僕は、君の質問に、僕の知り得ることは全て包み隠さず、話すつもりさ。そう、全てさ。
だから、聞きたくないことは、質問しなくていいんだ。
◇
あれは1988年の夏のことだったと思うよ。
え? 夏のいつかって?
そうだね、全部話すんだったね。
ああ、覚えているよ。忘れもしない。
それは、7月4日のことさ。
その日、
いや、二人きりでは無いんだ。
その他に男の子3人、女の子はママとその友だちの亜由美、うん、そう、毎年お墓参りに来てくれてる亜由美おばさん。多分計6人だったと思う。
カーニバルかい?
そうだよね、カーニバルが何なのか、分からないよね。こっちにはそんなの無いし。
7月4日っていうのはね、アメリカ合衆国の建国記念日でね、毎年その日に米軍基地で行われる、謂わばお祭りみたいなものなんだ。
その日はね、軍関係者以外の一般の人間も、基地の中に入れるんだよ。
そしてね、そこはね、僕らが知っているお祭りとは全然違うんだ。そう、まさに『カーニバル』だったよ。
古いアメリカ映画とかドラマとかで視たことないかな。ハンマーで叩いてゴングを鳴らすやつとか、即席のメリーゴーランドとか、ステージでカントリーミュージックのバンドが演奏してたりとか、さ。
日本のお祭りの、金魚すくいとかヨーヨー釣りとか、たこ焼き、綿あめなんかと違ってさ、食べ物だって、バカみたいに山盛りのフライドポテトとか、ケチャップとマスタードがこぼれるくらい掛かったホットドッグとか、既に千切りレタスがこぼれてるタコスとかね。
行ってみたい?
そっか。じゃあ、来年の7月4日、行ってみるかい?
約束?
うん、いいよ。約束だ。うん、絶対にだ。
そのカーニバルにはね、君のママ、そう、琉璃が僕らのことを誘ってくれたんだ。
どう思ったかって?
そりゃあ、跳び上がるほど嬉しかったさ。
でもね、僕はそんなことはおくびにも出さずに、「別にいいけど」くらいにしか応えなかったと思う。
どうしてかって?
だって、琉璃が誘ったのはあくまでも僕らであって、僕だけを誘ってくれた訳じゃないからさ、なんていうかな・・・。
ちょっとした僻みみたいなところが在ったのかも知れないね、僕には。
ん? そうそう。
まだその時は、僕と君のママは付き合ってもいないし、一方的な僕の片思いだったんだよ。
いや、片想いだと、思っていたんだよ・・・。
さっきも言ったけど、君も知ってる日本のお祭りとは、まるで違うんだ。
基地のGateを潜る時は、さすがに僕も緊張したよ。
だってね、Gateに立ってる米兵はさ、映画でも観たこと有るだろ? 本物の銃を持ってるんだ。
でも、琉璃は違ったみたい。
僕も僕の男友だちもさ、結構ビビっちゃって、歩哨で立つ米兵と目が合うのが怖かったんだけどさ、琉璃だけは右手を挙げて『Hi』って、笑顔なんか振り撒いちゃってさ、そしたら銃を抱えた米兵も、『Good evening Please enjoy yourself』って笑って応えてたよ。
それに応えて、琉璃も『Yah Yah thank you』だって。
いやいや、僕に英語なんて分からないよ。
後で琉璃に訊いたんだ。さっき、何て言ってたの?って。
そしてらさ、君のママ、『分かんない』ってっっっ。
僕が『嘘だろ』って絶句したら、君のママはちょっと悪戯っぽい目をしてさ、『嘘よ。楽しんでいってね、って言ってたのよ』って言って笑ってた。
ううん。怒ったりなんかしないさ。
あの悪戯っぽい目、大好きだったなぁ。
今でも琉璃を思い出す時は、真っ先に、あの悪戯っぽい目が思い浮かぶよ。
Gateを潜ったのが、何時だったんだろう?
多分だけど、太陽が少し傾いてさ、ちょっと前までバカみたいに暑かった陽射しが、少しだけ柔らかくなってるような気がしたから、夕方の5時過ぎくらいだったんじゃないかな。
Gateから歩いて10分くらいかな、だだっ広い広場? グランド? いや、何かさ、もうそんなレベルじゃなくってね、何ていうかさ、ただただ広さに驚くばかりの芝の敷地にカーニバル会場があるんだけど、まぁ驚いたよね。広さにさ。
米軍基地って、こんなにも広いんだ、って、単純に驚き。
別に、沖縄の基地問題とか、けしからんとか、そんなことではなくって、単純にすげぇなって。
うん、そうなんだ。それくらい広いんだ。
きっと君も驚くよ。大丈夫、ハードル上げてない。
そこで何をしたかって?
先ずはね、会場入口すぐにさ、ハンマーゴングがあってね。
知らない?
ハンマーを思いっきり振り下ろして、その反動で錘が上がってさ、棒の測りのてっぺんに在るゴングを鳴らすヤツ。
そうそう、それ。ノスタルジックなアメリカ映画とかでたまに見るヤツ。
それでね、そのハンマーゴングの前にはさ、でっかいガラスの水槽があって、その上にブランコに乗った水着の女の子が居る訳。
ゴングが鳴ったら、そのブランコのロープが外れて、女の子が水槽に落ちる仕掛けになってるんだ。
うん、スタイル良くって、綺麗な感じの女の子だった、と思う。アメリカ人の女の子だったかって? いや多分、フィリピン人だったんじゃないかな。でもなんかね、星条旗柄のビキニ水着だった。
いや、そこは責めないでよ。別に僕がやらせた訳じゃない。
そうだね、今だったら有り得ないアトラクションかもね。
え? 僕がいやらしい目で見てたのかって?
え、いや、ふふふ。
今なら、ほんと、フェミニストさん達とか、人権団体とかに怒られちゃうね。
でも、そんな時代だったのさ。
ああ、もちろんやったけど、君の想像通りさ。非力な僕じゃ、錘を半分くらいまで上げるのがやっとだったよ。
だけどね、一緒に行った友だちの中にさ、『ビッグ ベア』ってのが居てね、大隈って言うんだけど、こいつがさ、字は違うけど、ほんとに熊みたいな巨漢で怪力で、何なら米兵と並んでも、引けを取らないどころか、それより強そうなくらい。
こいつが僕の後にハンマーでブッ叩いたらさ、そりゃ気持ちいいくらいものの見事に錘がシュルシュルと昇って行って、ゴングの音が『カーンッ』だって。
そうしたら、ブランコのロープが外れて、水着の女の子が水に落ちる瞬間にさ、僕はいきなり後ろから目隠しされてね・・・。
そうさ、君のママだよ。
周りではさ、『きゃあ』とか『イェイ』とか、指笛が『ヒューっ』とか鳴ってる訳。
でも、僕は音だけ聴いて、何も見えない。
僕が振り返って琉璃に抗議しようとしたらさ、琉璃は『ダメ』って、それだけ言って、僕の手を引いて、どんどんそのハンマーゴングから離れていくんだ。
それでも、ちょっとだけ、僕は振り向いて、その水槽の様子を窺ったよ。
後で聞いたんだけどさ、ブランコのロープが外れるのと同時に、水着の上の紐も外れるような仕掛けになっていたんだって。
僕がやらせた訳じゃないんだから。さっきも言ったけど。
だから、僕を責めないでよ。
それにさ、当時から目が悪かった僕はさ、結局は見えなかったんだ。
そんな問題じゃない? ママが正しい?
ふふふ、そうかもね。
そうなんだよ。琉璃が僕を引っ張っていくもんだからさ、僕ら二人は一緒に行った仲間たちと逸れちゃってさ。
琉璃は言うんだ。
『別に、大丈夫だよ』
『でも・・・』って僕が言うと、
『あたしと二人じゃ、嫌?』
『・・・・・・・・・・・』
そんなことは無いのさ。
寧ろ、願ったり叶ったりっていうのは僕の方でね。
でも、正直、怖くもあったんだ。
だってそうだろ? 何の予想も準備もしてなくって、いきなり好きな人と二人きりって・・・。
それに、琉璃が僕のことをどう思っているのかも、その時はまだ分かんない訳だし。
兎に角僕は焦っていたんだよ。
ちゃんと話が出来るかな? 琉璃のこと、笑わせることが出来るかな? 失敗してつまんない奴って思われたらどうしよう・・・ってね。
だからね、僕は普段は飲めないビールを、一気に3杯も飲んだよ。お蔭で、自分でも信じられないくらい、その時の僕は饒舌になっていたと思うよ。
琉璃はワインクーラーの瓶を、チビリチビリ飲んでたなぁ。
だって当時は二人とも未成年だったんでしょ?って。
いや、まぁそうなんだけどさ、そんな時代だったんだよ・・・。
だからって、今の君は真似しちゃダメだよ。
するわけないか。てか、もう大人か・・・。
うん、色んな話をしたよ。
僕の田舎の話、そう、ここの話。琉璃の生い立ち、僕の高校生の頃の話、琉璃の家族の話、僕の友達の話、それから僕が初めて「みそ汁」を注文して食べた時の話、将来の夢、それから、僕の田舎で、一番に琉璃を連れて行きたい場所の話とか・・・。
ん? あ、そっか。『みそ汁』の話ね。
沖縄あるあるなんだけどさ、沖縄の定食屋さんって、○○定食の「定食」が書いてないってのが結構あってね。
その中でも『みそ汁』は、その代表格。
こっちの感覚では、『みそ汁定食』ってことかな。あっちじゃ『みそ汁』自体がおかずなんだ。
違う違う。お汁茶碗じゃなくって、どんぶりで、具だくさんで、少し甘じょっぱいような、味の濃い目の「みそ汁」でさ、「みそ汁一つ」って注文すると、ご飯と、その「みそ汁」と、何かの小鉢みたいのが付いてくるんだ。
でもさ、初めて沖縄の定食屋に行った時って、そんなこと知らないからさ、「みそ汁一つ、それにご飯一つ」って頼んじゃう訳。
もちろん、お店の人も注意? 説明?はしてくれるんだけどさ、事情が分からないこっちとは、まるで話が嚙み合わないんだ。
『にぃに、お腹空いてるの? ご飯は大盛にしましょうか?』
『あ、いや、空いてるって言えば、空いてるけど・・・』
『じゃあ、ご飯は無しにして、大盛にしましょうね』
『あ、いえ、無しじゃなくって、ご飯もください』
『うん、だからね、大盛にしましょうね。大盛は無料サービスですから』
『え?(みそ汁を大盛にされてもなぁ・・・。白いご飯食べたいんだけど・・・)』
『じゃ、そうしましょうねぇ。じゃないと、ご飯二つになりますからねぇ』
『はぁ?』
その辺りでお店の人が気付くんだよね。
ああ、この人は地元の人じゃないって。ははは。
琉璃もその話聞いて、ケラケラ笑ってたよ。
その当時はまださ、今みたいにSNSとか何だとか、そんなに沢山情報が有る訳じゃないし、本土と沖縄の間にはさ、それなりに距離が在ったって言うのかな。
君のママもさ、当時はまだ沖縄から出たこともないし、知り合いとか親戚とかに本土の人間も居なかったみたいだしね。ある意味「あるある」話なんだけど、お互いにそれが分からないのさ。
そしてもちろん、僕だって、大したことも知らないまま、沖縄の大学に行っちゃったしね。
可笑しいだろ?
それからかい?
そうだね、沢山話してさ、琉璃を笑わすことが出来て、それから、なんだかよく分からないこっちで言うところの「射的」みたいなのをやって、でっかいぬいぐるみを琉璃に獲ってあげたな。
ソフトボールを投げてさ、積まれた木のブロックを倒すんだ。
ホントはね、全部倒さなくちゃ1等のでっかいぬいぐるみは貰えないんだけど、僕は一つ残しちゃって、それでもでっかいぬいぐるみを貰えたんだ。
違うよ。僕がもの欲しそうにしてたからじゃないよ。
琉璃が余りにも可愛かったから、白人のおじさんがプレゼントしてくれたんだよ、多分。
うん、そうだよ・・・。
そう、君も見たことのある、あの写真に写ってるヤツ・・・。そう、あのテディベア・・・。
ごめん・・・。泣くつもりは無かったんだけどさ、思い出してたら・・・つい・・・。
◇
つづく
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