大文字伝子の休日11

クライングフリーマン

大文字伝子の休日11

午前10時。モール。喫茶店アテロゴ。伝子がカウンターで物部と向かい合っている。

「物部。もう一杯紅茶くれ。」「大丈夫か、大文字。もう3杯目だぞ。便秘か?便秘ならバナナジュースがいいぞ。」「ノーマルだ。」「お前の従妹。あれからどうだった?」

「2時間泣きっぱなし。でも、その後、ケロリ。そういうやつさ。総子のオムツ替えたことあったなあ。まだ8歳だったから、私は。あんまり泣くからチャレンジしたんだ。うまく替えられなかったが、叔母は叱らなかった。『優しいおねえちゃんね』って言ってくれた。明日、改めて叔母夫婦と総子夫婦が来る。取り敢えず、入籍を先にしたそうだ。」

「おお。良かったな。南部さん、68歳だって?まだまだ若いな。」「ああ。助っ人に行ってくれた天童さんの師匠に当たるそうだ。一緒に闘ってくれたが、まだまだ現役だって、笑ってたよ。」

「式はどうするんだ?」「ハルカスの隣のビルに結婚式場があってな。そこにキャンセルが出たから、来月するらしいよ。たまたま、慶子のホテルと提携しているそうだから、手伝いに行くらしい。」「そう言えば、依田の結婚式は来月初めに延期だったよな。」

「ああ。ヨーダの式の次の日が、総子の式。」「変な事件と重ならなきゃいいがな。そう言えば、お前はやり直さないのか?事件で披露宴グチャグチャだったろう?」

「福本も祥子もいい思い出だったって言ってる。学もだ。拘る理由はない。晴れ姿撮ってあるし。」

二人の会話に辰巳が割り込んだ。「大文字さんのウエディングドレス姿見たいなあ。」「あるよ。」伝子は気軽にスマホの写真を辰巳に見せた。

「いいなあ。やっぱり、女の人らしくていい。」と言った辰巳に、「大文字。辰巳はセクハラしてるぞ。」「そうか。どうしてくれようかな?」と伝子はおどけた。

「止めなさいよ、二人とも。理事官が苦しい言い訳だけど、記者会見したわ。」「苦しい言い訳?」

「EITO側から、いざという時の為の予行演習を組んでくれって頼んだんだって。利根川も『特別MC』の話を引き受けた、って言ったから、マスコミも深追いしないかもね。」

伝子のスマホが鳴った。伝子はスピーカーをオンにした。「伝子さん、大変。」「事件?」「事件です。叔母さん達四人、来ちゃいました。お義母さんも。」

伝子はため息をついて、財布から金を出して、辰巳に渡した。

物部が「大文字。これ、高遠に渡してくれ。上物のコーヒーだ。叔母さん達が飲むかどうかは分からないが。」「ありがとう、物部、栞。帰る。」

午前11時。伝子のマンション。「お帰り。」と、高遠が出迎えた。「お寿司、とっといたから。」と小声で高遠は伝子に言った。「うん。」

「いらっしゃい、皆さん。午後じゃなかったの、叔母さん。」伝子は明るく振る舞った。「早く行きたい、って言ったら南部さんが手配してくれたのよ。」

「お義母さんが、『おねえさんに暫くあってないし』っておっしゃるから。キャンセル待ちの切符が入手出来たので、揃ってお邪魔にきましてん。すんませんなあ。」

「ごめんな、伝子ねえちゃん。」「腫れは引いた、総子ちゃん。」

「もう。完全復帰。ややこの為にもがんばるでえ。」「まだ、妊娠してへん。」

高遠がクスクスと笑った。「叔母様。総子ちゃんとお似合いの婿殿ですよ。」

「ウチの婿殿ほどじゃないけどね。『日本を救う』司令部の司令官だからね。」「大袈裟ですよ、お義母さん。アンバサダーです。」「アンバサダーって、司令官っていう意味じゃないの?」「かあさん、行動隊長よ。司令官は理事官。」「ふうん。そうなの。

「あ。これ。物部から。叔母さん、コーヒー党だっけ?紅茶党?」「どっちもオッケーよ、伝子ちゃん。」

その時、千古のスマホが鳴った。「はい。」と伝子が出ると、理事官だった。

「大文字君。PCの電源切ってる?」「切ってます。親戚が来ているので。」「じゃ、結論をまず言おう。新しい『市の商人』かも知れない事件が発生している。明日、一佐を迎えにやろう。何時がいい?」「「9時・・・いや、10時で。」「了解した。」

電話を切ると、「事件ですか?」と高遠が尋ねた。「うん。明日の朝、なぎさが迎えに来る。ああ、そう言えば、叔父さん、叔母さん、あの時はありがとう。母さんや総子ちゃんから話があった、橘一佐が私を迎えに来る。叔父さんや叔母さんにいつもとても感謝しているのよ。記憶が戻ったのは、あの時に助けて貰ったからだって。」

「偶然ってあるのね。もうすっかり元気になって活躍している訳ね。」「記憶が戻ってなかったら生還していなかったかも知れない。あの時の、阿倍野元総理の暗殺事件も未然に防げたかも知れない。そういう思いが結構長く続いていて苦労したのよ。」

「伝子ねえちゃん。ウチも一足違いやったから、悔しいわ。」と総子が突然言い出した。」

「実はね、大文字さん。いや、伝子さん。あの時、元総理が狙われているって、情報があったんや。依頼元のことは守秘義務で堪忍やで。しかし、証拠固めしている内にやられてた。ホントは、選挙投票日当日の予定やった。狙われている筈の日は。応援演説の時やなんて、信じられへんわ、今でも。」と、南部は涙ぐんだ。

「理事官は、EITOは、元総理の国葬儀までの間に那珂国は大それたことをやらかす予定と見ています。最初は嫌々だったけど、今は義憤で動いています。なぎさが酷い目にあったのも。元はと言えば、那珂国の陰謀ですからね。」と伝子は呟くように言った。

「やっぱり、お前の従姉は違うな。おっちょこちょいのお前とえらい違いや。」と南部が言うと、「ああ、おっちょこちょいで悪かったな。おっちょこちょいやさかい、こんなジジイに手え出したんや。」と、総子は言った。

「何言うてんのか、わかってんか?」と二人に綾子が割って入った。「まあまあ。仲がいいのねえ。」同調して、総子の叔父が言った。「いわゆる『おもろい夫婦』だな。」

チャイムが鳴った。高遠が出ると、寿司屋だった。

「皆さん、お寿司ですよ。お昼にしましょう。」高遠と伝子は手分けして、食器とお茶を配り、寿司を配った。

高遠がTVをつけると、ニュースが流れた。「昨日深夜、関東川が、何者かに爆発物を仕掛けられ、決壊しました。他県でも何年か前に起りましたが、関東では初めてです。警察、消防、自衛隊が出動しました。復旧作業は時間がかかると思われます。」とニュースキャスターが語っていた。

「これかもよ、伝子さん。ダムの幾つかは水力発電に使っている。」と、高遠が寿司を頬張りながら言った。

数時間後、南部と綾子と、伝子の叔父叔母はホテルに帰って行った。南部は心残りだったが、総子が今夜も泊まると我が儘を言ったので、伝子は了解した。

伝子は総子に問われるままに、この家のAVルームやPCルーム、奥の部屋の解説をした。

夕食は、藤井の差し入れで、3人でピザを食べた。

伝子と総子が風呂に入っている間、高遠は、奥の部屋に自分の寝床を用意した。

「伝子さん。僕は奥の部屋使いますね。」と風呂の外から伝子に声をかけると、「分かった。」という伝子の返事が返って来た。

伝子の寝室。風呂から上がり、伝子はパジャマに、総子は伝子のネグリジェに着替えてベッドに横たわった。

「なあ、ねえちゃん。幾つか質問してもええか?」「なあに?」「質問その1。なんで婿殿は、伝子って言ってみたり、伝子さんって言ってみたりすんの?」「まだ慣れてないから。最初はね、翻訳部の延長で、高遠、先輩って呼び合っていた。」「質問その2。婿殿は、ねえちゃんの後輩なの?」

「ああ。学とヨーダ、あ、依田ね、それと福本は大学の翻訳部の3年後輩。副部長をやっていた物部と私、それと物部の妻になった栞は同学年。いつの間にか出来たグループは翻訳部の5人以外は、私の後輩。南原と服部は高校のコーラス部の後輩。愛宕と山城は中学の書道部の後輩。」

「橘さんも後輩?」「橘一佐こと橘なぎさ一等陸佐は陸自出身、渡辺あつこ警視は警察庁の副総監補佐官、白藤こと愛宕みちる警部補は丸髷署の元生活安全課職員。なぎさとあつこは事件で知り合った。みちるは愛宕の妻だから、元々知っていた。3人は私のことを『おねえさま』と呼ぶ。」「宝塚?それとも・・・。」

「LBGTはない。私たちは『スタンダード』だ。」「スタンダード?」「LBGT以外の人間の区別する名前は特にないから、学が命名した。とにかく、私は学だけが愛の対象だ。手込めにしたから。」と伝子はうふふと笑った。

「覚えたか?後で調査書に書けるか?何ならレポート用紙に書いてやろうか?」

「伝子ねえちゃんの意地悪。ああ。本庄弁護士と知り合いって?」「ああ、ある事件で世話になった。本庄病院の娘さんだ。本庄医師とも知り合いだが、本庄病院と提携している池上病院院長の池上医師の息子が、学の中学の卓球部の後輩で、学はコーチをしていた。さあ。こっちの番だ。1つでいい。南部さんとはどこで知り合った?」

「ん。守秘義務あるから、ある事件でいいよね。ある事件で、助けて貰った。ウチは、惚れ込んで、弟子にしてくれ、って言って調査員になった。惚れ込みすぎて、ウチから誘惑して、男と女になった。」「大事にしろ。おねえちゃんから命令!」「いえっさー。」

翌朝。午前8時。朝食の時に、「婿殿。卓球部の実力見せてよ。」と総子が言い出した。

午前9時。南部と、叔父叔母夫妻、綾子が来た時に、ダイニングテーブルを片付けた、簡易卓球台で総子が高遠と卓球をしていた。伝子はレフェリーをしていた。4人は呆れた。

「お前、何してんねん!伝子さんはもうじき出掛けるんやぞ。」「お迎えが来たら、止めるし。」「南部さん、私は試合してるんじゃなくてカウントしているだけですから。テニスは経験があるけど、卓球はない。カウントする位なら出来るけど。」

「文武両道の大文字伝子もオールマイティではない、か。」と南部が言った。

30分後。なぎさが迎えに来た。「卓球ですか?驚いた。」

伝子は、なぎさの車で出掛けた。「ほら見い。一佐も呆れてたやないか。出勤前に卓球やて。」「五月蠅いなあ、寅次郎は。」「寅次郎は?」「嫁やから、呼び捨てでええやろ?」

「いい加減にしなさい!我が儘なんだから、もう。ごめんなさい、南部さん。」と伝子の叔母は平謝りした。「母さん、タクシー待たせてあるし、私たちも出発しよう。学さん、実は、少し早いが、お土産買う時間も要ると思って、乗ってきたタクシー待たせてあるんです。?お昼はいいからね。綾子さん、お先に失礼します。」

伝子の叔母は、総子の荷物を無理矢理総子に押しつけた。帰り際、総子は高遠にメモを渡した。「婿殿。たこ焼きのレシピ書いといたわ。いつ来るか分からんけど、練習しといて。」「ありがとう、総子ちゃん。」

南部夫妻と江角夫妻は、慌ただしく出て行った。

静かになった部屋に、綾子と高遠はいた。「婿殿。私を襲っちゃダメよ。」「お義母さん、テレビの見過ぎです。」と、メモを見ながら高遠は言い、メモを綾子に渡して、コーヒーの用意と昼食の用意をしだした。

メモは、たこ焼きのレシピではなく、伝子の人間関係図と解説だった。

「以外と調査員向いているのね、あの子。」

―完―








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