クズとヤンデレの建国記(仮)

稲荷竜

第1話 『混ざり目』の妹シンシア

 どこかに吐き出さないと堪えきれそうもなく、こうして筆をとるにいたりました。

 これからしたためようとするのは、世間にいうところの『慈悲深く、優しく、自己に厳しく、慧眼で、そしてあまたの民族を従え、しいたげられていた者たちをまとめあげて国を創った精霊王』の、つまりは私の、肥大した虚飾の中にある、あまりにも醜く情けない真実なのです。


 私の人生がこのように私の手にあまるものになってしまった、その最初のきっかけといえば、妹のシンシアをおいて他にないでしょう。


 妹は『混ざり目』でありました。


『人は昼か夜、どちらかに属し、どちらかの神の加護を受けている』というのは、我々が幼いころなど毎週末に神殿で聞かされる話でありましたが、この『どちらの加護を受けているか』は目の色で判断されます。


 ところが妹は右目が金、左目が銀という両方違う色の瞳だったものですから、これは『昼からも夜からも見捨てられた者』として大変縁起が悪いものとされていたのです。


 うちは子爵という位でありました。

 すべての子爵家当主がそうかはわかりませんが、父は醜聞をおそれることはなはだしく、妹のシンシアの目が左右で色違いであることを知るやいなや、妹を屋敷の外に出さず、家族としても扱わないと決めたのです。


 妹は台所の隅にのみ居着くことを許され、立場は使用人未満であり、野菜クズで飢えをしのぎ、衣服もボロボロというありさまで、長いことそこに置かれておりました。


 いっそ殺してやった方が慈悲深いのではないかと、今にして振り返れば思うのですが、それもまた父の『醜聞をおそれる気持ち』ゆえにできず、結果として、『子殺しはしないが、子と認めない、屋敷に住み着いていることを黙認されているなにか』という扱いになっていたのです。


 その時の私はまだほんの子供でしたので、『そういう妹』がいるのは知ってはいても、父母の言いつけに従って接触しないように心がけておりました。


 正直なところを申せば、そもそも貴族の御曹司であった私は台所に行く機会がなく、さらに生まれて一度も会ったことのない妹に対して、情も興味もありませんでした。


 むしろ『混ざり目』という不吉な存在が万が一にも私が貴族家を継ぐ年齢になっても生き延びていて、将来の私を悩ますことになるのがうざったく、知らないところで知らないうちに死んでいてほしいとさえ、思っていたのです。


 なので妹の姿を初めて見た時のことはまったくの偶然なのでした。


 当時の私は将来の子爵としての教育を受けておりました。

 子爵家と一口に述べてもさまざまなお役目がございますが、私の家は代々魔術師として宮廷にお仕えし、『王宮禁書庫』の管理をする家柄でした。

 これは私にとって曽祖父にあたる方が当時の陛下より直々におおせつかったお役目であり、その曽祖父が『魔導の知識において人後に落ちることありえず』とされたお方なので、我が家は代々、魔導知識を詰め込めるだけ詰め込むことを当主に課していたのです。


 私も毎日のようにそのような教育を受けておりましたが、なにぶん当時の私はまだ十歳の子供でしたから、机にかじりついてジッと魔導にまつわる文字列を追うのが苦痛であり、授業は三回に一度は抜け出すという、不良生徒なのでした。


 当然ながら家庭教師は私を逃すまいと追いかけるので、私の逃げかた、隠れかたは巧みにならざるを得ません。


 そんな折に人の気配のない台所にたどりついた私は、チーズの一切れでもないかなと中に入り、ボロ雑巾の山みたいなものを発見しました。

 それが妹のシンシアだったのです。


 いかにも不衛生なその物体は、台所の、いったんゴミを取り置く場所のほど近くにうずくまるようにしてそこにありました。


 私は異臭に顔をしかめましたが、それがなにやら動くとわかると、こわいもの見たさというのか、興味をひかれ、観察したのです。

 しばらく見ていると、そのボロ雑巾の山みたいなものは、『汚らしい布を身にまとった、薄汚れてもとの色がわからないボサボサの髪の、人間』だということがわかりました。

 これを妹だと思いつくのにそれなりの時間がかかったのは、私にとって『台所にいる混ざり目の生き物』は、もはや怪談のようなもので、実在して動く生き物と、その怪談とがなかなか結びつかなかったからなのです。


 その生き物は汚れきって赤茶色になった髪の隙間から私を見やると、なんの感情もない視線でしばしジッとながめたままになりました。


 私はこの時点でそれを妹だと半ば理解していたので、父母の言いつけを守るならばここで見なかったフリをして回れ右すべきだったのです。

 しかし当時の私は、毎日のように勉強を押し付けてくるうえ、『できて当然。できなければ落ちこぼれ』という父母の厳しい教育に嫌気がさし、彼らに対する反抗心があったのです。


 そんなおり、目の前には『父母から接触を禁じられた』妹。


「【洗浄】」


 私は妹に魔術を施しました。


 詠唱から一瞬遅れて私の指先から水の球が飛び出し、妹の頭を頭から飲み込むと、汚れを落としながら足へと抜けていく……

 この当時の私はこの【洗浄】という初歩の魔術をあざやかに使う自分をたいそう格好いいものと思っていたのですが、今にして思えば、なんともはや、うかつで、世間知らずで……とにかく、自尊心に実力が見合っていないこの性分は、半生かけて私を苦しめることとなるのでした。


 汚れが落ちた妹は、臭いがなくなり、かなりましになりました。


 まし、というか、かなり、かわいらしくなりました。


 赤茶色の汚れがとれた髪は美しい銀髪でした。

 私の【洗浄】では髪の痛みまでは取り去ることができませんが(これは私の名誉のために補記しますが、【洗浄】でダメージの修復までできるほうがおかしいのです)、毎日いて世話してやれば、絹糸のような美しい長髪となることでしょう。


 汚れがこびりついていた肌は雪のように真っ白になり、見えるようになった顔立ちは、まだ七歳、あるいは八歳になるかというところなのに、大人の女性を思わせる色香さえありました。


 ……これもまた私を半生かけて苦しめる性分、あるいは天分かもしれませんけれど、私には『かわいらしい女の子』を見ると、とりあえず抱え込もうとする悪癖があるようなのでした。

 その悪癖はどうにも、この当時にはすでにあり、過去を思い返しながら手記を認めている身として、思い出すだに絶望的な気持ちになるのです。


「僕の部屋に来い」


 もちろん十歳の私が実妹を相手にこう述べるのは、性的興味ではなく、親への意趣返し、いたずら、意地悪のためなのでした。

 この厄介な妹のことを、父がやたらと気にするのです。毎日のように、『シンシアには会っていないな』と確認するのです。使用人にも、『シンシアはいつもの場所にいるな』と、神経質に問いかけるのです。

 おかげで私は七年間一度も会ったことのない妹の名前を覚えてしまっているほどでした。


 このシンシアが『いつもの場所』から消えたなら、父は慌てふためき、正体をなくすでしょう。


 あの厳しくおそろしい、尖ったヒゲの生えた、いつでも冷徹そうな面持ちの父が慌てふためく! 十歳当時の私にとってそれは、胸のすくような快事に思えたのです。


 だから、妹を連れ出して隠すことにしました。


 シンシアはおそれるようにビクッと震えましたけれど、私はその手を強引にとって、連れ出してしまったのです。


 ……ああ、もしも過去に戻ることができれば、やり直したい。


 私はこの時点で二つの大きな間違いを犯してしまっていたのでした。

 私の人生を平穏に終わらせたいのであれば決して犯すべきではなかった、大きな大きな間違いを……


 一つは、もちろん、シンシアを自分の部屋にかくまおうとしたこと。


 もう一つは、シンシアの目の前で魔術を使ったこと。


 現在、シンシアはこのように呼ばれ、敵対者からたいそう恐れられています。


『写し目の魔女シンシア』


 その由来は━━


 一度でも見た魔術は、すぐに覚える。

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