高嶺ガーデン

saco

プロローグ

『高嶺の花』という言葉を調べたことがある。


 ――何もできず、遠くから見ることしかできない。ただただ自分には憧れることしかできない、程遠いものの例え。


 一言で片づけるのならば、『分不相応』。つまりはふさわしくないのである。

なぜこんな言葉を調べたことがあるのかというと。


 僕には高嶺の花と呼ぶべき女性が存在する。きっとこれは恋なのだろうという自覚もある。しかし、その女性は今の言葉通り、遠くから見ることしかできない存在なのだ。


 自分には釣り合わない。きっと僕のことなんて、気にも留めていないのだろう。


 何もできず、遠くから見ることしかできない。


 ただただ自分には憧れることしかできない。


 程遠い。


 うん、『高嶺の花』。ドンピシャじゃないか。ねえ神様、なぜあなたは僕に何の取り柄も授けて下さらなかったのですか。せめて女性と違和感なく話の出来るコミュニケーション能力くらいはプレゼントしてくれても良かったでしょうに。


 そんなことを考えながら、僕は自室で両膝を付いて、恭しく手を組んでいた。


すう~~! いつまでボーっとしてんの! さっさと学校行きなさいよ~~!」


 階下から母さんの大声がする。


 言われなくてもそのつもりだ。毎朝決まった時間に家を出ないと、その女性に遭遇することはできないのだから。早すぎてもダメ。遅すぎてもダメ。一カ月ちょっとの間で、僕は彼女と遭遇するゴールデンタイムを探し当てることに成功した。


 さあ、今日も楽しい楽しい登校時間。この約一キロの道のりが、僕の一日の中で最も心が躍る瞬間である。


 髪の毛が跳ねたりはしていないだろうか。不快な格好はしていないだろうか。玄関の鏡の前で身だしなみをチェックする。


 よし、問題なし。僕は小さく息を吐くとドアノブに手を掛け、意気揚々と一歩を踏み出した。


 今日もは、綺麗に咲いているだろうか。

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