04 守りたいもの






「その隠し子って、母親は…誰なんですか?」

「母親については…これも憶測でしかない。

 もう少し証拠が固まったら話させて欲しい」


 そこはなんとなく、濁されてしまった。今は話せない事情があるのだろう。

 ふう、と息を吐き、智希は続ける。


「一番最悪なのは…隠し子もディーノも生きていて、その2人が結託して国家転覆を狙って魔族に協力していた場合…ですね」

「考えるだけで、地獄だな……」


 ありえないことではない。恐らく皇室に恨みを持っているであろう2人が出会えば、そういう展開にもなり得る。


「何をどこまで公表すべきなのか…誰にいつどこまで話しておくべきなのか、それが最も悩ましい。

 ……既にディーノの件と先代の死の真相を隠し立てしたことで、皇室は崖っぷちに立たされているようなものだからな」


 確かにその時点で公表しておけば、事態は複雑にならずに済んだかもしれない。


 しかしその当時の皇帝と第二皇子が突然不在となり、皇室の責を担うべき者は当時3歳のナジュドしかいなかった。

 当時の皇室関係者にとっては、その対処と決断は苦渋の結果だったのかもしれない。


(そもそもディーノが198代を殺したのが悪い……

 けど、もしかしたらディーノは神級魔法が使えないことで追い詰められていたのかもしれない……)


 それが、隠し子がいたせいだったとしたら。

 ディーノが実は第三皇子だったとしたら。そうなったら、要らぬ負担を負わせた198代が悪い、ともいえる。


 だが、198代にとっては重い事情を抱えた上でできてしまった隠し子かもしれない。

 198代は隠し子がいたことすら気付いていなかった可能性もある。


(なんか、俺んちみたいだな)


 皆、それぞれの事情の中で生きている。

 やむにやまれぬ事情を抱えて生きている人もいる。


 そしてナジュドや智希のように、基本的には自分に責の無い家族の事情をすべて背負わされることだってある。

 考えが堂々巡りとなり、智希は一旦思考を手放して言った。


「…今は、全部推測でしかない。

 神級魔法が漏れたこと、ディーノの生存、隠し子の存在…それぞれは繋がってなくて無関係な出来事かもしれない。


 今の段階でできることは、とにかく人間側の被害を最小限に食い止めながらエルフクイーンを捕らえることだ」


 ただ、目の前のことを粛々と。

 進んでみなければ、わからないことだってある。 

 ナジュドは片手で瞳を覆い、息を吐いた。


「そう…だな。

 すまん、あまりにも色んなことが重なって…全てが繋がっていたらと思うと恐ろしくなった」

「そしたらその時、考えよ。

 どっちにしても、ナジュドさんのせいで起こったことじゃないもん」

「あぁ、本当にそうだ」


 光莉はナジュドを想いながら、少しでも気持ちが軽くなるようにと声をかけた。

 2人に気遣われ、ナジュドは再び宙を仰ぎ、大きく息を吐く。


「……はー……」

「家族のケツ拭くのも、大変ですよね」

「そうだな。本当に、全部なかったことにしたいよ」


 ナジュドの想いの先には、世界が、そして臣民がいた。そこが、智希との大きな違いだった。


 智希が守るべきは自分だけだった。できるだけ人に迷惑をかけないように生きれば、いずれなんとかなると思っていた。

 しかしナジュドは違う。数十億もの人々の生活を一手に抱えているともいえる。


「でも……隠し通せるなら隠し通した方が、人類のためかもしんないな」

「どうして?」


 智希が言うと、光莉が不思議そうに尋ねた。


「今までこの世界は、神と皇室への崇拝で成り立ってきた。

 その信仰心を守り抜いたからこそ、人間同士の争いがほとんどないまま世界を保ってこられたんだ。

 そこが崩れちゃうと、結局被害を被るのは皇室よりも民衆だよ」


 魔法があれば生活が成り立つこと。魔法で人を攻撃できないこと。強い者が弱い者を助けること。

 その魔法をもたらしたのが、神と初代皇帝であること。初代皇帝の子孫が、代々強大な魔法を引き継いでいること。


 元の世界の人々が神や仏を信じ敬うのと同じように、この世界の人は神と皇室を敬っている。

 ナジュドが言うように、そこが揺らげば、世界が揺らぐ。


「…私もそう思う。

 私は皇室など、どうなったって良いのだ。しかし、ひとつ崩れれば全ての均衡が崩れてしまう気がする。それが怖い」


 そして結局傷つくのは、民衆だ。

 ナジュドはそれを、もっとも恐れている。


「滑稽なものだな。これまで皇室は、魔法を盾に臣民を無理やり傅かせてきたようなものだというのに」

「本当に皇室がダメだと思ったら、民衆も他国も動いたさ。

 それが今までなかったってことは、皆この君主制に納得してるってことだよ」


 長い歴史の中では悪政もあったかもしれないし、皇帝がその力でねじ伏せてきたこともあったかもしれない。

 だが結果として恩恵の方が大きいからこそ、民衆も他国も受け容れてきたのだろう。


「……ナジュドさん。

 図書館で光莉がロブルアーノさんに言ってたけど…俺も、同じ意見なんだ。

 どうせここで暮らすなら、みんなの役に立ちたいって」


 ナジュドの想いは十分に伝わった。

 智希も、覚悟を決める。


「誰が善か悪かとかはわからないけど、できるだけ人も魔族も死んでほしくない。平和でいてほしい。

 そのためなら、俺は俺のできることを精一杯やるよ」


 たとえナジュドの知らない神級魔法を駆使してでも。

 ナジュドが2人に協力を求めた一番の狙いは、そこだろう。


「ナジュドさんが望む未来も…俺が望む未来も、きっと似てると思うんだ。

 だから、どこまでやれるかはわからないけど…俺を信じてほしい」


 目指す未来が同じなら、辿り着く先も同じになるはずだ。

 望んだ答えを聞くことができたのか、ナジュドは嬉しい反面困惑したような様子だった。


「心底心強いが……なぜ、そこまでしてくれるのだ……?」


 話そうとして、また胸が痛んだ。

 智希の表情を、光莉も心配そうに見つめる。


「家族のことで…苦しむ辛さを知ってるからだ。

 俺は家族を守れなかったし、他に守るものもなかったから…自分を責めながら苦しみから逃げることしかできなかった」


 自分に責任はない。

 そう思うようにしてはいたが、全てを忘れて安穏に生きることはできなかった。


「ナジュドさんには、守るものがたくさんある。そのために今、頭を抱えてるんだろ?」


 それでもナジュドは、音を上げて放棄するわけにはいかない。

 ナジュドが向き合わなければ、世界の存続が危ぶまれるからだ。


「それなら俺は、手を貸すよ」


 そんなナジュドが抱えているものを少しでも軽くしてやりたい、手を貸したいと心から思った。


「私も…協力するよ。

 ナジュドさんが守ろうとしてくれてるこの世界が、私を救ってくれた。この世界のためになることなら、協力する」


 光莉も、この世界を守りたいという想いは同じだった。

 自分のためではなく誰かのために何かをしたいと思えたことが、嬉しかった。それはまさしく、この世界が光莉に与えてくれたものだった。


「ありがとう……本当に、すまない。本当に……」


 ナジュドは顔を両手で覆い、それ以上言葉が出てこなかった。


 本当はナジュド自身、自分たちの都合で2人を異世界に召喚したことを悔やんでいた。

 2人と向き合えば向き合うほど、2人をこの世界の渦に巻き込んでしまったことを申し訳なく思ってしまう。


「ナジュドさん、謝ることなんてひとつもないよ」

「こっちこそありがとうだよ。話してくれて、ありがとう」


 智希と光莉の言葉が暖かく、ナジュドの胸に沁みた。

 2人のためにも必ず、平和な世界を取り戻さねばならないと決心が固まった。







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