05 光莉の本音








「今日はお師匠様の誕生日会やるよっ」


 リイナは朝から気合いが入っていた。今日はエリアルの誕生日だそうだ。

 戦闘の最中さなかではあるが、身内のみで小さなパーティーを開くことになった。


 マリアと智希で食事を用意し、リイナと光莉で部屋の飾りつけを行った。

 リイナは布で作る飾りを光莉に教わって(定番の輪っか飾りを紙ではなく端切はぎれで作った)、「こんなに簡単に可愛く飾れるなんて!」と感激した様子だった。


 仕事終わりのリオンが、どっさり酒を買って帰ってきた。

 それから間もなくエリアルが帰ってきて、パーティーが始まった。


「この度、大台に乗りました!エリアル・フォーキンです!!

 皆さんいつもありがとうございまーっす!!」

「お師匠様おめでとー!」


 仕事の帰り際に基地で仲間たちと軽く飲んできたようで、すでにエリアルは上機嫌だった。ジョッキを片手に笑顔を振りまく。


「こんなにお祝いしてもらえるなんて、嬉しい~!! 子だくさんになった気分だわ~」

「わーい、エリアルママ~♪」


 光莉がエリアルの腕に抱きつき頬ずりをする。

 エリアルが40歳と聞いて、智希も光莉も驚いた。まだ30代になるかどうかくらいだと思っていたからだ。

 その時、玄関のドアがノックされる。


「私出るよー」


 光莉が立ち上がり玄関のドアを開けると、エリアルの対の相手であるルートヴィヒが立っていた。


「40歳おめでとう、エリアル」

「年齢強調したな!? 嫌な奴!」


 けらけらと笑いながら、ルートヴィヒは持ってきていた酒瓶を光莉に手渡す。


「いい酒だから、記憶のあるうちに飲ませてやってくれ」

「え、ルートヴィヒさんは参加しないの?」

「俺がいたら存分に飲めないだろうからな」

「ありがと~」


 エリアルが礼を言うとあっさりと別れを告げ、ルートヴィヒは帰ってしまった。


「さ、飲もう飲もうー! リオン、あんた付き合いなさい!」

「え、俺やだよ!明日仕事だもん」

「大丈夫、終わったらトモキに『浄化』してもらえばいいから!」


 エリアル、マリア、リオンは次々と酒を空け(マリアもなかなかの酒豪だった)、リイナ、光莉、智希は食事を堪能した。

 久々の騒がしい食卓に、戦闘中であることも忘れてしまいそうになる。






「リイナ~、お酒なくなりそうだから買ってきて~」


 山ほど用意していた酒は、残り1瓶になってしまった。

 マリアは明日があるからと帰宅しリオンはとっくに潰れているので、あとはエリアルが飲んでいるだけだが。


「お師匠様、まだ飲むの? もうやめたら?」

「やめない! 日付変わるまでは飲む!」

「仕方ないなぁ…」

「俺も一緒に行くよ」


 リイナが鞄をとると、智希もその後を追いかけて家を出た。






「エリアルさん、お水飲む?」

「飲まない! お酒薄めたくない!」

「うわぁ、ガチだね」


 家に残った光莉は若干引きつつも、エリアルの正面に座り直す。


「ルートヴィヒさんのお酒、美味しかった?」

「うん。奴は私の好みをわかってるからね」

「2人は恋人同士ではないの?」

「んー、元旦那?」

「え!!」


 意外な事実に、光莉は目を輝かせる。


「結婚してたってこと!?」

「そー、気の迷いよ。

 対の解消もめんどくさいから、そのままズルズル…」

「キャー!! 何それ、もう熟年夫婦みたいなもんじゃんっ」

「ヒカリ、嬉しそうねぇ……」


 テーブルに頬をくっつけて、エリアルは呆れたように笑った。


「お互い、元は別の人と対を結んでたの。私は妹、向こうは友達。

 どっちも相手を亡くしちゃって、なんとなーくくっついたのよ」

「え……そう、なんだ」

「ふふ、でも今となってはいい距離感よ。

 縛られないし、頼りにはなるし、私をよくわかってるし」


 経緯を聞くと悲しいけれど、割り切ってそう言ってしまえる関係は素敵だと、光莉は思った。

 少なくともお互い嫌いあって離婚したわけではないようで、こういう対の形も悪くはない気がした。


「ヒカリこそどうなのよ。トモキとは」

「え、ど、どうもないよ?」

「も~! 私も話したんだから、教えてよぉ」

「何もないってばぁ」

「うそうそ!」


 あくまで否定する光莉に、エリアルはくすくすと小さく笑う。

 その笑顔に、完全にバレてるな、と光莉は否定するのを諦めた。


「私は…元の世界にいたときから智希を好きだったんだけどね。智希はなんとも思ってないよ」


 中学の野球の試合で見かけてから、偶然同じ高校になって。

 拠り所のないその空気感が、どこか自分と似ているように感じていた。智希を好きだと自覚するのに、それほど時間はかからなかった。


「こっちに来て急に距離が近付いて…智希は戸惑ってるだけだと思うよ」

「そうかしら」


 半ば強制的に近付いた距離。

 初めは戸惑いもあったけど、この距離感にも少しずつ慣れてきた。

 おかげで私は日に日に欲張りになってるけど、と光莉は息を吐く。


「でもせっかくいい雰囲気なのに…なんだか2人とも怖がってるみたいに見える」


 エリアルはコップの中の氷をカランと鳴らした。


「……そう、ね。私は怖いかも」

「どうして?」


 この世界に来て、智希は変わった。

 人との関わりを避けなくなった。誰かのために懸命に動くようになった。

 それはきっと、智希が背負ってきた過去から、少しずつ逃れられるようになったからだ。


「私は元の世界での智希を知ってるから。

 智希がきっと忘れたいことも知ってるから…いつか私が重荷になるんじゃないかって思う」


 『誰も自分を知らないところに行きたい』。

 それは、智希と光莉が長く抱き続けた願いだった。

 それが思いがけず、叶ってしまった。


 智希も、本当は全部忘れてしまいたいんじゃないか。そう思うと、光莉自身も臆病になる。

 自分がいることで、本当の意味で重荷を捨てられないのではないか、と。


「捨てたいって言ったって、ほんとに捨てられる子じゃないでしょ。トモキは」


 エリアルに言われて、光莉は唇を噛んだ。


「それは…そうかも…」


 智希は優しすぎるから、きっと、兄や父を亡くしたあとも心のどこかで後悔し、自分を責めて生きてきた。

 だからこそ苦しみ、光莉の前であれほどの涙を流したのだ。


「そういう意味では、全部知ってる光莉が傍にいた方が、トモキは安心できるかもよ」

「そう、かなぁ」


 エリアルの言葉で、少しずつ絡まった糸が解けるような気持ちになった。


「若いんだから、ウダウダ考えずに情熱のままにダダッといっちゃいなさいよ!」

「勢いに任せてってこと?」

「そう!……それで私とルートヴィヒは失敗したわけだけど……」

「ダメじゃん!!」


 光莉が突っ込むと、エリアルはケラケラと笑った。快活なその笑顔に、光莉もつられて笑ってしまう。


「でも私、初めて人に言ったよ。智希を好きってこと」

「あらそうなの?光莉の世界では恋バナとかしないの?」

「するする。

 いつもは適当に誤魔化しちゃうんだけど、なんかエリアルさんには言っちゃった」

「何それ!光莉ってばほんと可愛いんですけど!」


 どうしてだか、エリアルのことはいつの間にか中学の部活の顧問と同じくらいに信頼していた。


(この世界に来て私も…変われてるのかな)


 本当に、こんなにご褒美ばかり貰っていいのかなと心配になる。

 エリアルと光莉を引き合わせてくれたのがラティア神の導きなのだとしたら、神に感謝しなきゃいけないな、と思った。








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