04 初代皇帝を知る者
トゥリオールはあの後すぐにロブルアーノと合流し、ナジュドと共にイフリートの話を『遠隔交信』で聞いたようだった。
その後も魔法陣の『遠隔交信』で回線を繋ぎ(現代のネット会議のような使い方もできるらしい)、神託の時に使ったスクリーンに映像を映して会話が続けられる。
『話を聞く限り、エルフクイーンに名を与えたのは初代皇帝だろうな』
映像の中で腕を組み、ナジュドが言う。
ナジュドの話では、エルフクイーンは初代皇帝の頃…つまり、ラティア神により初めてこの世界に魔力が与えられた4600年前頃に生まれたのではないか、ということだった。
(α地球にいない魔族がβ地球に存在するのは、この地に魔力があるかないかの違い…)
魔力が与えられてから魔族が生まれだしたのであれば、魔族の始まりも同時期の4600年前頃であることが予測できる。
そう考えると、エルフクイーンに名付けをできたのはその当時存在した神々か初代皇帝、そしてラティア神くらいのものだと考えられる。
その中でエルフクイーンに名付けをしようなどという考えに至りそうなのは、初代皇帝しかいない…ということだ。
「名付けられたことで魔力が高くなったのはわかりますが…
エルフクイーンはどうして、『服従』などの魔法が使えるんでしょうか?」
『そこについては……更に議論していく余地があるな』
ナジュドは、あまりここでは議論したくない、というような言い方だった。
『服従』などという魔法は聞いたことがないと、リズやオニキス、イフリートは口を揃えて言っていた。
…が、智希と光莉、そしてナジュドは知っている。
皇室に受け継がれてきた神級魔法の中に『服従』魔法があるということを。
(神級魔法が魔族に漏れたことは、あまり表沙汰にしたくないってことか…)
智希もこの場ではこれ以上聞くまいと、口を結んだ。
イフリートもその空気を察したのか、言葉少なに語る。
「…《クイーン》が複雑な魔法を使い始めたのは、ここ数十年のことだ」
『承知した。
…はっきりしたことがわかるまでは全てここでの話で留めて欲しい。要らぬ憶測を生みたくないからな』
隠したい相手は臣民か、本国の政府か、それとも他の王国か。
定かではないが、今のところは確かに無駄に波風をたてる必要はないと思った。
『イフリート。
そもそもエルフクイーンはなぜ人間と戦うことを望む?』
「さぁ……人間に対し相当な恨みを抱いている様子はあった。
少なくとも領地を奪うためなどという単純な目的ではないように思った」
ナジュドの質問に、イフリートは肩をすくめて答えた。
今度はトゥリオールが尋ねる。
『ファイアドラゴンの他に、向こうの戦力は?
どうやったら《クイーン》本人を引きずり出せる?』
「ドラゴンは他に、アイス、トルネード、アースの3体。
まだ進軍してこないということは、それ以外にもドラゴンがいてその準備が整っていない可能性が高い。
下っ端魔族どもの数は知らん。
《クイーン》は…どうだろうな。戦況が危なくなれば出てくるんじゃないか?」
つまりドラゴンは何体いるかわからない、ということだ。
イフリートの知らないドラゴンが出てくれば、すぐに対策を打てない可能性が高い。
皆が押し黙っていると、ぐぅう~、という音が鳴り響いた。イフリートのお腹の音だったようだ。
「すまん、腹が減ったようだ。実体を持つと何かと面倒だな」
『こちらこそ悪かった、腹ごしらえをしてくれ。
アウグスティン、危険はなさそうだ。檻から出してやれ』
「承知しました」
ナジュドはそう言い、一旦『遠隔交信』を切った。
アウグスティンが檻を開け、智希は捕縛の魔法を解いた。
イフリートが大きく伸びをすると、ポッポが嬉しそうにイフリートの周りを飛び回った。
「ドラゴンよ、お前にも辛い思いをさせたな。元気そうでよかった」
「キュキュ~ッ」
イフリートはポッポの飼育と使役を任されていたようで、ポッポ自身もイフリートに懐いている様子だった。
イフリートが使役していたリズ、オニキスとも和解したようで、笑顔で言葉を交わしている。
「お腹すいたよね。何食べる?好物とかある?」
「特にない。
実体を得てからは木の実くらいしか口にしていない」
光莉が問うと、イフリートは表情を変えず答える。
「じゃあ、アップルパイとかどう?
あ、でもお腹に優しいお粥とかの方がいいかな?」
「ちょうど昼時だし、俺らのぶんも一緒に作るか。
アウグスティンさんも一緒に食べますか?」
「そ、そんなに魔力を使って大丈夫なのか?」
「ヘーキヘーキ」
光莉と智希は『生成』で適当に料理を作って並べた。
イフリートは生成の過程を興味深げに見つめ、一番に手を出したのはアップルパイだった。
「これは…リンゴか?どうしてこんなに甘く柔らかい?」
「砂糖かけて火を通してるからだよ。
リンゴそのままでも美味しいけど、こういう食べ方も美味しいよな」
「美味いな。こんなに美味いものは食べたことがない」
イフリートは喜んでいるのか、トカゲのような長い尻尾を細かく振っている。
リズはオムライス、オニキスはミートパイが気に入ったようだった。
アウグスティンは、不思議そうにポテトサラダを見つめている。
「これは…なんだ?イモか?」
「ポテトサラダ。
イモをつぶしてマヨネーズで和えただけだよ」
「まよねーずとは?」
「卵、油、酢を混ぜたもの。何につけても美味いぜ」
アウグスティンも珍しい食事に舌を巻いているようだった。
智希がマヨネーズだけを生成すると、パンや野菜につけて口に入れては「美味い!」と目を丸くしていた。
食後のデザートを味わいながら、智希が尋ねる。
「イフリートは…実体がどうのって言ってたけど、普通は実体がないってことか?」
「あぁ。基本的には精霊は実体を持たず大気や自然と共に在る。
《クイーン》が我々を捕縛し服従させるために、強制的に実体を持たされたのだ。
今はお前たちと話をするために実体を保っているだけだ」
服従が解かれたので今は実体を消せる、と言い、イフリートは姿を消して見せたり、妖精のような小さい姿を見せたりした。
おぉーっ、と光莉が拍手をする。
「実体がなければ我らは魔力を消費することはない。
大気中のマナを吸収できるので、どんなに魔法を使っても常に一定値の魔力量を保つことができる。
だから、実体というのは我らにとっては不便極まりないものなのだ」
イフリートを捕らえた時はMPが枯渇しかかっていたが、あれは『服従』させられ実体を解けなかったからなのか、と納得する。
魔法を使ってもMPを消費しないというのは、最強の魔族といっても過言ではないのでは…?
「そんな強そうなのに…
そもそもなぜ精霊王は捕まったんだ?そんなに簡単に捕まるものなのか?」
智希の質問に、イフリートは唇を尖らせて答える。
「これまでの人間と魔族の戦いにおいて、我々は中立の立場にいた。
しかし、あまりに長く続く戦いに《クイーン》は腹心の者を数多く失い、とうとう精霊王を頼ってきた。
当然精霊王は戦になど加担せぬと跳ねのけたが、後がない《クイーン》は精霊王を捕え従わせるしかなかったのだろうな。
我々は魔力こそ他の魔族より高いが、攻撃の手段をほとんど持っていない。抵抗する術がなかったから、捕えられたのだ。
普通は我々に手を出す者はおらん、世界を終わらせたいと言うのなら別だがな。それほど追い詰められているということだろう」
なんだか話を聞く限り、エルフクイーン側は既にだいぶ後がないように思える。
光莉は、眉根を下げて言う。
「友達がみんな死んじゃったって思ったら…なんか可哀そうだね」
「魔族にも寿命はあるからな。
そう考えると、《クイーン》より長く生きているのは精霊王と我々精霊くらいだ。
奴も寂しいのかもしれんな」
イフリートの言葉に、ん?と智希は声をあげる。
「つまりイフリートは、初代皇帝を知ってるってこと?」
「あぁ、おかしな奴だったからな。よく覚えている」
イフリートの言葉に、アウグスティンは飲んでいたお茶を噴き出し、盛大にむせた。
「ギルガメシュは神々から魔力を最初に与えられ、飛び抜けて強く知識が豊富だったが、変な奴だった。
どこで学んだのかと思うようなことを知っていたり、この世界にない食事を作り出したり…まるでお前たち召喚者のようだったな」
疑いが確信に変わっていく。
やはり初代皇帝はなんらかの形で、現代に近いα地球の日本からこの世界にやってきた者なのだろう。
それなら、魔法陣や魔法一覧が日本語で書かれていることにも納得がいく。
「しかしおおらかで優しく、世界のために奔走していた。
魔族が徐々に生まれ始めると、その魔族たちのことも可愛がり住処を与えたりしていたな」
「初代皇帝が、魔族を可愛がっただと…?」
「あぁ。ラティア神がこの地に魔力を注いでから、魔族が徐々に生まれるのを見ていたからだろうな。
《クイーン》ももしかしたら、初代皇帝に可愛いがられていた魔族の1人だったのかもしれんな」
徐々に点と点が繋がっていく。
初代皇帝がエルフを可愛がり、名を与えた。
しかし人間と魔族との友好的な関係は1000年のうちに悪化し、エルフクイーンは人間になんらかの恨みを抱いて魔族を率いて戦い始めた。
平和的な解決のためには、精霊王たちの安全を確保したうえで、エルフクイーンと話し合いの場を持つ必要があるようだ。
その後は、アウグスティンと共に重傷者の治癒も兼ねて戦闘地の地形を確認しに行った。
『特殊結界』のおかげで、氷の大地での怪我人は少し減ってきたようだ。
王国イージェプトの砂漠地帯にも『特殊結界・砂塵耐性』『特殊結界・温熱耐性』の魔法陣を渡す。
風魔法を使う魔族の多い王国アミリアの戦闘地には、『特殊結界・物理耐性』の魔法陣を渡した。
それから帝都に近い軍基地(場所は明かされなかった)に移動し、ナジュド、ロブルアーノ、トゥリオール、アウグスティン、智希、光莉、そしてイフリートの7人で今後についての話し合いが行われた。
イフリートはこのままでは目立ってしまうからと、小さな妖精のような姿で話し合いに参加した。
「精霊たちの使う魔法は、《精霊魔法》と呼ばれるものだ。
強力な攻撃魔法は扱えないが、『転移』『隠密』『透過』などの魔法は使える」
「魔法のレベルでいうと、皇級と神級の中間といったところか……」
「だが魔獣の使役が得意なので、この戦闘でもドラゴンを使って人間を攻撃する作戦がたてられていた」
イフリートは知る限りの情報を提供してくれた。
ここまで協力してくれたのだから、なんとしても精霊王を救わなければならない。……地球存続の為にも、だが。
様々なパターンを想定して作戦が練られた。
ファイアドラゴンのポッポも十分に戦力になることがわかり、作戦に加えられた。
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