憧れの"あの人"と良好な関係を築きたくないお話

るんAA

プロローグ


 、これか。


 舞台は、草木が芽を吹くひだまり日和の夕暮れ時。


 足早に前を通る冷たい人々を差し置いて、女性は気高く、孤高に、歌を歌っていた。


 ハキハキとした声の通る歌声に、心に語り掛けてくるような声音。

 その歌声は、僕の足がその場から動けなくなるまで縛り付けた。


「期待しt――、――し――・・」


 だけど、どうしてだろう。


 声がよく聞こえない。


 大切な思い出のはずなのに、うまく再生してくれない。


「――・――――・・――・」


 たぶん、それは、消えてしまった思い出だから――。


 ※ ※  ※


「うーん……」


 目覚まし時計がこれ以上の睡眠は許さないと、耳元で泣き喚いた。


 うるさい。肌寒い。眠い。面倒くさい。

 それぞれの想いが交錯する中、瀬崎翔はまだ覚めない寝惚け眼をこすりながら、重たい身体をなんとか起こすことには成功した。


 時計の長針が着々と刻まれていくのを覚醒していない頭で焦点が合わないまま、眺めていると、ビービーと今度は手元にある携帯電話の甲高い通知音が聴覚を刺激した。


「今度はなんだよ……」


 端末を開くと、受信したメッセージが画面に表示され、液晶の光で翔の目は眩む。


「…………」


 はて。昨日は何をしてたんだっけか。


 翔は送信者の文面を見ても、意図を読み取ることができなかった。


「ふぁぁ……。まだねみーな」


 目元から押し寄せてくる涙を軽く拭うと、翔は目的地まで自転車を飛ばした。

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