眠る一族

永盛愛美

第1話 不思議な夢

 眠い。なんだか周りがうるさいな。誰だよ……僕は眠いんだから。

 なんて言ってるんだろう……よく、聞こえない……もう少し静かに話してくれないかな?

 「……み、……としを……きに」

 え?何?もう目が醒めてしまうじゃないか!

 と、僕は目を開いた。


 あれ?なんでぼやけてるんだ?

 まぶたを開けたのに、ぼんやりとしか見えない。おかしいな。

 僕は、目のあたりを触ろうと、手を顔の方へ持って行こうとして、びくっとした。

 え?拘束されている!

 なんで?両手が自由に動かせない!布みたいなものに身体中包まれて、ぐるぐる巻きにされているみたいだ……な、何、なんで!両手が自由にならないのがこんなに不安だなんて!

 僕は片手だけでも自由に動かそうと、手足をバタバタさせてみた。

 ダメだ!きつく巻かれているのか、足まで自由に動かない!

 手も足も身体中、布に包まれて拘束されている!どういう事だ!誘拐、拉致か!


 「……っ、あ……あ……!う゛!」


 嘘だろう!声も出せない!!

 怖い!!誰か、誰か助けて!!

 すると、いきなり僕の身体が宙に浮かんだ。いや、違う!抱き上げられたんだ!!

 嘘だろう!僕は45キロあるんだ!!そんな簡単に抱き上げられるなんて!!降ろせ!離せよ!

 僕は身体中両手足ごと布にくるまれて、あっさりと抱え上げられて……恐怖と怒りで震え出した。高校生にもなって、情けない!もう泣きたい!

 いや、泣かないけど、僕をどうするつもりなんだ!この人は誰だよ!

 ジタバタしても、びくともしない!コイツ誰だよ!どこに連れて行く気だ!

 「……し、いい……ら、お……とお……して……な」

 えっ何?なんて言った?聞き取れないよ!

 えっ!コイツ僕の背中を撫でた!

 離せよ!降ろせ!ぞわぞわとえも言われぬ恐怖が湧き上がる。

 すると、ふわっと懐かしい何かの匂いが漂ってきた。なんだろう……この匂い、香り……ずっと昔に嗅いだ覚えがある。

 多分、知っている香りだ。なんだか思い出せないけど……。

 僕をどこへ連れて行く気だ?と思ったが、この、男の人?は、僕を布団から抱き上げたまま、微妙にゆらゆらと揺らしている。気味が悪い。時々背中を触られて、余計に気味が悪い。

 ずっとこのままなんだろうか。僕をどうするつもりなんだろう。せめて片手だけでも……動かせればいいのに!

 このまま、どこかに拉致されてしまうのか?コイツどうやって寮に入って来たんだ!!

 「……きに……をみて……おうな?それが……」

 えっ?何?まだ他に誰かいる!共犯者か!!

 「じゃ……わ……がも………を…………いくわ………、……ね」

 えっ?誰!声が高い感じ?

 女の人か!

 男女の誘拐犯か!?僕はどうすればいい……!顔もよく見えない……声も聞き取りにくい。

 すると、不意に僕の頭を撫でられた!誰だ!もう一人の女の人か!

 怖い……気持ち悪い!声も出せない!視界が揺れる。コイツが揺らしている……あれ?この女の人の匂いも、どこかで嗅いだ覚えがある……この誘拐犯たち、気味が悪い……なんで僕の頭を撫でるんだ!

 だんだん、だんだん、女の誘拐犯が僕に近づいて来るのが分かる。それと同時に、だんだんぼやけていた世界が薄ぼんやりと、見える様になって来た。


 えっ?この女の誘拐犯も、誰か抱いているのか?それにしては……小さくないか?

 ここは学生寮だぞ!小さな子がいるはずない!

 くそっ!この体が動いたら!くそっ!

 僕は体を思いっきりよじった。男の誘拐犯は、暴れる僕をギュッと抱きしめた。

 気持ち悪いんだ!離せ!

 僕は泣き叫ぼうと思いっきり息を吸った。

 「じゃあ、先に行きましょうね、萌波もなみさとしはお留守ね。おとなしくしててね。いい子だから」

 えっ!萌波!聡……って、僕の名前!?

 今度はハッキリと聞こえた。聞こえたけど……この声は!

 近寄った女の誘拐犯の顔は見えなかったが、すれ違って近くに寄った時、抱かれていた子を僕はハッキリと見る事が叶った。

 ……薄ピンクの布にくるまれた、赤ん坊だった……。

 ……萌波……双子の姉の名前だ……!


 「ん?どうした、聡?お父さんとお留守番は嫌か。少ししたら二人とも帰ってくるよ。それまでおねんねしてようか」

 ……はあっ!?

 ……この声は……って、えええ!!







 お父さんお母さん!!


 「センセー、さとしがヤバイ寝ぼけてる」

 ひょいとカーテンを開けて、白衣を羽織った養護教諭がベッドを覗いた。

 「橋本くん、目が覚めた?」

 『お父さんお母さん』と口走りながら目を開けた聡は、傍らに親友の広川道晃ひろかわみちあきと養護教諭に気付き、全方向に敷かれたカーテンを見て、ようやく自分が保健室で寝ていたのだと理解した。

 「……なんだ、夢か……良かった……」

 「お前なあ、どんな夢を見たら『お父さんお母さん』なんて寝言を言うわけ?」

 聡はギクリとした。よもや寝言を親友に聞かれてしまうとは。

 まさか両親が誘拐犯の様に自分を抱き上げていた夢を見るなんて……しかも自分は赤ん坊のままだったらしく、姉の萌波らしい赤ん坊を若い頃の母が抱いていたなんて。

 「僕、なんでここにいるの……」

 「終業式が終わる間際に、気持ち悪い、って倒れちゃったの。はい、これ。もう一度測ってくれる?」

 養護教諭の佐々山ささやまは、体温計を差し出して、聡に手渡した。

 「あ、はい……」

 そういえば、気持ち悪かった事を思い出した。思い出したら、保健室の消毒の匂いが鼻についてくる。

 「先生……ごめん、あとでいい?」

 顔色の変化を見逃さなかった佐々山は、体温計を受け取ると、代わりに受け皿の様な容器とタオルを持って来た。

 「聡?」

 「うん、大丈夫。トイレに行きたい」

 「橋本くん、無理しなくていいから。吐きたかったら、これに出して」

 違う意味でもトイレに行きたい聡は、大丈夫です、と容器ごと返してベッドから降りた。

 いつもよりは体がしっかりとしている。

 「おい、大丈夫か?気持ち悪いんだろ?我慢するなよ」

 「ごめん。我慢が別方向に無理」

 そう言ってトイレに向かう聡を、背後から支える形で佐々山が付き添って行った。


 保健室へ戻ると、まだ親友が聡を待っていた。

 「有難う、道。待っててくれて。これから実家に帰るのに」

 聡と道晃は、遠方からの入学者で、寮生である。夏休み期間を利用して、建物内の一部改修工事が始まる為、終業式の翌日までに荷物をまとめて退寮しなければならない。

 「どうせ、俺は一時間半もあれば帰れるし。不要なやつは、学校側が用意したコンテナに放り込んだしな。やることないから。お前は違うだろう?あの人、迎えに来るって?」

 「橋本ー!まだいる?お、いたいた!」 

 いきなりガラっと保健室のドアを開けて、やはり寮生で同じクラスの神崎武至かんざきたけしがビニール袋を下げて入って来た。 


 「神崎くん、いつもお願いしてるでしょう!保健室では、静かにね。具合が悪い人がいるんだから」

 日誌をまとめていた佐々山が、きっ、と睨む。さして怖くもないが。

 「はーい。次から気をつけまーす。良かった。これが無駄にならなくて。ほい、これやるよ」

 「あ、有難う。武至も今日帰るの?」

 「武至、俺には?」

 ガサゴソとビニール袋の中を確認した二人は、五、六本のジュースの缶やペットボトルや紙パックを見て、ため息をついた。

 「武至ぃ~何だよこれはあ?全部ちょー酸っぱいやつじゃねえか!」

 「え?どれ、見せて」

 佐々山が聡の膝の上のビニール袋に視線を落とす。

 「やだ、本当ね。レモンまるごととか、お料理に使うみたい。どうしたの?」

 武至はためらいなく、理由を述べた。

 「だって最近の聡見てるとさー、ゴールデンウィークに臨月で里帰りしてた姉ちゃんのつわりの時と似てるんだもんよー。だからこれならイケるかな?てさー」

 「は?臨月?つわり……?」

 三人が三人とも、互いを見やる。

聡はビニール袋の中を見つめて、固まった。

 「おまっ、お前何言ってんのか分かってるか?コイツ、俺たちと同じ男だぜ?おま、そんなマジな顔してなあ……」

 「……橋本くん?どうかして?」

 聡は冗談はともかくとして、この中のどれかを今すぐに飲みたいという欲求に駆られていた。最近はジュースやお茶、水でさえ、ムカムカして飲もうと思わなかった。

 しかし、これならば……?

 「な、橋本、これならイケそうだろう?」

 ビニール袋を見つめて、聡はこくりと頷く。

 「橋本くん?」

 「……今飲みたい」

 「だろ!ほらみろよ!」

 「おい、マジかよ聡!」

 「道、うっせーぞ。橋本、飲めよ。先生、いいよね?」

 聡の表情を見て、佐々山は駄目とは言えなかった。 



 


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