第128話 終わった世界ー2

「な、な、な、渚ちゃん!? え? どういうこと!?」


「混乱されるのも仕方ありません。今は灰さんが消えた日。あの大厄災の日から5年後経ちましたから」


「うっそ……」


 信じられないが今はあの日から5年後。

ライトニングが使えないのも、対象が5年という月日で魔力が変化したりしているせいだろうか。

そもそもスキルなのでよくわからないが。


「時間がありません。灰さん、まずは人類解放軍に合流してください」


「人類解放軍!? なにを言ってるの渚ちゃん……いや、渚さん?」


「ふふ、ちゃんでいいです……よ!!」

「うぉ!?」


 急カーブするバギー、俺は慣性でドアに押し付けられる。

眼の前から現れたのは黒い鬼、ってあれは帝種!? なんであんなバケモンが外に。


「ふぅ……やっぱり逃げれそうもないか……灰さん! 少しの間黙って聞いてください!」

「え?」


 渚ちゃんの懸命な声に色々聞きたい俺は黙ってその話を聞くことにした。


「五年前、世界は突然暗雲に包まれました。見えますか。空。今は昼ですが、薄暗いです。曇りではないんです。太陽の光を遮るような分厚い何か。五年前はもっと明るかったのですが、今ではもう太陽光と呼べるほどの灯りはずっと見ることはできません。これが始まりでした」


 俺は黙って窓から空を見る。

曇りだと思っていた空は、雲とはまた別の何か雲のようなもの。


 俺は神の目を発動させる。

それは魔力で出来た光を遮る物質だった。


「……スキルか」


「さすがです、灰さん。ええ、あれはスキル。おそらく敵の誰かの」


「敵?」


「はい。あの日、世界に突然大量の黒い騎士が現れました。一人ひとりがありえないほどに強くS級攻略者並みの強さ。近代兵器なんて意味もなく、凄腕の攻略者達も歯が立ちませんでした。その数は千を優に超えていました」


「……黒の騎士」


「ですがそれに対抗したのは、超越者達。次々と黒の騎士をうち滅ぼしていきました」


 王兄やアーノルド、それにレイナ。

きっと超越者達が次々と黒の騎士達を倒していったんだ。

彼らなら確かに簡単とは言わなくても勝てるはず。


「しかし、現れたのです。円卓と名乗る特別な敵達が」


「まさか……」


 俺はランスロットさんの記憶を思い出す。

円卓と呼ばれる黒の帝国の最強の騎士達、その一人ひとりが超越者並みの強さを持つ。


「円卓と名乗る騎士は全部で11体。対するこちらの超越者はたったの6人。人類は最後まで抵抗しましたが……」


「負けたのか」


「はい。世界は黒の帝国と名乗る敵に敗北しました。多くの人々は操られ、今奴隷のような生活を強いられています。今この世界を支配するのは人類ではありません」


「……」


 俺は黙って聞いていた。

俺がいなかった五年間、その間に起きた事実。


 なんで俺はそこにいない。

なんで俺はみんなと一緒に戦っていない。

俺はアテナさんの意図が理解できなかった。


 なんで俺だけそこから隔離した。


「くっ!」


 拳を握る。

今すぐにでも飛び出してしまいそうになる。

みんなは無事なのだろうか。


「ですが、人類は全滅したわけではありません。まだ未来を諦めてない人がいる」


 すると渚ちゃんが勢いよく腕をまくって、俺に見せる。

そこには何かのマークがあった。

俺はそれを見つめ思い出す、なぜならそのマークはまるで。


「アイオブプロビデンス……神の全能の眼……」


 あの神の試練の時、壁画に描かれていた神の眼のマーク。

それを腕に刻み込んでいた。

それはまるで決意のマーク、悔しさを忘れないための、そして希望を捨てないための。


「これは人類解放軍のマークです。私達人類を黒の帝国から解放する戦士の証。考えたのは解放軍幹部、田中一誠。この意味がわかりますね、灰さん。つまり私達はずっと……」


 渚ちゃんは俺を見て、涙を流しながら笑いかけた。


「──ずっとあなたを待っていた」


キィーー!!!


 その言葉の直後急ブレーキが踏まれる。

あたりを見渡すと、既に俺達は魔獣に囲まれていた。


「灰さん、お願いします。渋谷スクランブル交差点へ。あなたをずっと待つ人がそこで今戦っています」

「え?」


 突如、俺の横の扉を開けて俺を押し出す渚ちゃん。

俺は突然のことで反応できずそのまま車から落ちてしまった。


「最後にもう一度、会えてよかったです。灰さん、ここを選んでくれてありがとう。私の死を無駄にしないでくれてありがとう。あなた一人なら逃げきれる。決してあの魔獣達とは戦わないで下さい。絶対に勝てないですから。まずはみんなと合流を」

「ちょ、なぎ──」


「好きです。ずっと好きでした。さよなら」


ブウウーーン!!


 俺が言い切る前に渚ちゃんは、そのまま走っていく。

その方向は魔獣達の方へ。



 渚は、真っすぐと魔獣達へと向けてバギーを進めた。

ぶつかる寸前に飛び降りて、その衝撃と音で魔獣達の視線を集める。


 そして、使うのは自身が持つたった一つのスキル。


「──挑発!!」


 魔獣達はそのスキルを発動した瞬間、すべてのヘイトを渚へと集めた。


 渚は元々今日、ここで死ぬつもりだった。

ここにくるまでに魔獣に見つかることは分かっていたし、灰がここに来なければ無駄死にの可能性もあった。


 それでも何も事情を知らない灰がもしここに現れたのなら奴らに見つかる前に、今世界で起きていることを伝える誰かが必要だから。


 だから弱くて死んでも大した痛手ではない自分が志願した。

灰が現れる場所としては可能性は低いとされたが、自分の故郷である夜鳴村に。

かつて彼が攻略したキューブのどこかに今日出現することはわかっていたから。


「灰さん……全然変わらないな。それもそうか」


 渚は思い出していた。

5年前、何もわからず何もできない自分を助けてくれた灰。

今でもあの時抱きかかえられた記憶が忘れられない。


 あの日から淡い恋心を抱いていた。

でも次々と目覚ましい活躍をする彼は、自分とは住む世界が違うと半ばその恋は諦めていた。


 でも今日久しぶりに会えた彼を見るとやっぱり好きだなと幼い初恋を思い出す。


「頼みます、みんなを。そして……人類を救ってくださいね」


 魔獣達が渚を取り囲み、涎を垂らす。

恐怖で涙が出てくるが、ぎゅっと目を閉じて死を待った。

こいつらは倒せない、いかに灰が強くても、そしてもう自分は逃げられない。


 だから私が犠牲になって、せめてあの人を逃がす。

そう決意して、渚はその命を捧げようとした。


 魔獣達が迫ってくる。


 怖いけどこの犠牲は無駄じゃない。


 怖いけどこの犠牲はきっと世界を救う。


 怖いけど、きっとあの人は世界を救ってくれるから。


 なのに……。


「もう……戦わないでっていったのに」


バチッ!!!


 雷鳴と共に、私は気づけば抱きかかえられていた。

見上げればあの日をすぐに思いだしてしまう。

もう5年近く前のことなのに、やっぱり思いだしてしまう。


「……何が起きているか全然わからないけどさぁ」


 懐かしい感覚、嫌でも思いだしてしまう。

だめだってわかっているのに、だめだってちゃんとわかっているのに。


「──俺が君を見捨てるわけないだろ」


 嬉しい気持ちが溢れてしまう。




あとがき

毎週月曜 投稿で頑張っていこうと思います。

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