氷砂糖食(は)む夜

靑煕

第1話 楽園

懐かしの氷砂糖を飽くことなく眺めていた


眺めるほど透き通ってゆくようで…

月冴える夜に透明なキミをみながら

だ知らぬ恋という名の

不透明な真珠の艶めきを

呑み込んでしまいたい


街明かりと星の粒は不揃いでいて

曖昧な夜の輪郭を描くに相応しく

あの光さえ宝石に変えて

呑み込んでしまいたい


口に含んだ氷砂糖

溶けながらとろけかけたキミ

少しずつ小さくなってゆく…

そんな愛しい透明なキミを

優しくガリリと噛んだ


一滴ひとしずく闇を落としたかのように、摘ままれた氷砂糖が、私の指先から曇硝子くもりがらす越しに向こう岸を映し出す。水面の揺らめきが目に眩しい。


「綺麗………美味しそう。」

もてあそぶのにも飽いたのか、暫く眺めているだけだった曇硝子をそっと唇へ寄せると、薄赤い舌を覗かせた。生ぬるく湿った風が幾度となく通り過ぎていく。

背後から搾り出すような声が聞こえた。欠伸あくび混じりのそれは少しだらしなく、半ば呆れながら隣へ腰を下ろそうとする彼を睨んだ。

ヒュッ…返事代わりの不機嫌を勢いよくプールへ投げ込んだ。ポチャンと僅かな音を立て、小さな煌めきがアクアブルーの世界に呑み込まれて逝く。

さよなら私の氷砂糖…たった一度唇へ触れただけの小さな曇硝子。存分に愛でながら愉しみたかっのだけれど…其すら叶わぬ程に、今…傍らの男へ煩わしさを感ぜずにはいられない。


「その羽根…邪魔なんだけど。」


濃厚な蜜色の三白眼を濡羽色の髪から覗かせて、彼女は然も不機嫌そうに返してやった。氷砂糖を逃した苦汁に顔をしかめ、鋭い歯をカチカチと鳴らす。血のように染まった小さな唇から、隣で羽根を震わす彼に苦言を吐いては溜息をつく。

「ごめん…まだ馴れなくてさ。」

絹糸のように繊細な羽根を折り畳み、彼女の声に気圧されながらも微かな声で返すと、再び生欠伸をした。


事を成した後…と言うにはいささかムードに欠けるが、柔らかく白い羽と紅色に煌めく片鱗を遺した辺り…幾重のしずくが透明度の高い鈍色にびいろを偲ばせながら静かに光を放っている。


しばらく軽い口付けを交わし合い…二人は夜を後にした。

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