ふたりの『自分』

「じゃ引いた番号のところに席替えしてくださーい」

 生徒全員が席替えのクジを引いたのを確認して、クラス委員がそう指示を出す。心暖こはるの引いた席は、後ろから二番目の窓際の席だ。

「あ、心暖じゃん。よろしくー」

みなと

 今回隣の席になったのは、色々思うところのある幼稚園時代からの腐れ縁──湊だ。

 小学校のとき、しょっちゅう赤鉛筆を忘れる湊に専用の鉛筆を持ってきてやったり、中学時代、ある日の給食で出された固形ヨーグルトを湊たちがふざけて振ってぐちゃっと崩れたのを、心暖のものとこっそり入れ替えようとしているのをじーっと見つめつつ黙認してやったことはまだ忘れていない(とはいえ心暖は乳製品全般が好きではないのであまり問題なかった)。よほどの何かが無い限り、心暖自らそんなことをわざわざ持ち出しはしないつもりではあるけれど。

「なんかさー、心暖と話すの久しぶりじゃない?」

「そうかもー? 去年はクラス違ったもんね」

 なんだかんだ言いつつも、気の置けない長い付き合いの湊がクラスにいることに、正直助けられているのは事実だ。

 だからまあ、最近知った『とあること』について、取りあえずは知らないフリをしておいてあげようと思ってはいたのだけれど。

「そういえば、私この前、弟の授業参観で小学校行ってきたんだよね」

「え、マジ? でも誰か知ってる先生いた?」

「うーん、まだ異動しないでいたのは反面はんめん先生くらいかな。あとあれ、放課後児童クラブの先生はめっちゃ喜んでくれたよ」

「児童クラブとかなっつかしー! ぼく──俺さ、夏休みの朝ラジオ体操したら貰える飴、けっこう好きだったんだよ」

 焦ったように一人称を訂正した湊に、改めて確信した。──だって、かれこれ十年以上の付き合いで、彼の口からこれまで一度も『僕』なんて聞いたことがない。

「僕、のほうが可愛い?」

 残念だが、名前ほど心暖は温かい心を持ってはいないので。湊が自分から滑らせた言葉の端を、そうやすやすと見逃せるほど心暖は甘くない。

「え? あ。うーんと、それもあるけど。なんか最近、『俺』って自己主張強い感じするよなーって思って」

「へえー。……『咲かせ、八色のハイビスカス』!」

 ──とある、インターネットを中心に活動する動画配信系ユニットのオリジナル曲の歌詞を歌っただけ。

 それに対して、あからさまに湊が肩を震わせた。さっきまで逃げるように視線を逸らしていた湊が、心暖を驚愕きょうがくした様子で見つめてくる。

「え、なんで」

「──あのね、バレバレだよ。『るたくん』」

「……それ、誰かに言ってないよね?」


 『それ』を見つけたのは先週の土曜のこと。

 親子ぐるみで付き合いのある弟の友達の家の夕食に呼ばれた弟と母親を見送って、小学校に上がったばかりの弟がつい最近買い与えてもらったゲームソフトについて調べていたときだ。試しに一度心暖がそのソフトをやってみたのだが、弟のクラスで流行っているとはいえ、小学生がやるにしては少々操作やシステムが難解だった。

 親はそういうものに関しては全くの無知だし、となれば子守こもりのお鉢は心暖に回ってくるので、弟に聞かれたときに(正確には弟が不機嫌になったとき対処するために)ある程度教えられたほうが良いだろうと感じたのだ。

 動画サイトで検索して出てきたひとつを見ると、ふと、どこかで聞き覚えのある声に似ているような。気のせいかとは思ったが、興味が湧いたので、その動画を上げている人のプロフィール画面に貼られたリンクに飛んだ。

 表示されたのは、『しぇるたくん@あろ〜ん』というアカウント。『あろ〜ん』というのは所属しているインターネット配信活動系のグループ、正式名称『Aloaloアロアロ Lionライオン!』の略らしい。

 一時間前に、ポピュラーなSNSの一つ、ツボッターに投稿された、『しぇるたの緊急生放送! 今日のお話は三本立てです。この前相方ロニくんのお誕生日に撮ったツーショット、見せちゃおうかな、‼︎‼︎』という呟きを見つけた。ツボッターのアイコンも白い短髪の爽やかな青年風のイラストだし、普段から顔や本名を公開している活動者ではないようだ。

 呟かれたリンクをタップする。ちょうど放送をしているところで、その話し方や声質は動画とまったく同じ。ファンに『るたくん』と呼ばれながら、寄せられるコメントに応対しているのが分かる。

『──なに? そんなにみんな僕の写真気になるの? ……え? 準備してあるよ、さすがにね。しょーがないなぁ、じゃあいくよ? ……ほい』

 そして、現れたのは──あまりに見慣れた背格好だった。スタンプで顔を少し隠していることを含めても。


「この間の個人枠の放送かー……。そりゃ知ってる人が見たらわかるよなぁ」

「いつの間に、あんなふうに配信とか動画投稿とか始めたの?」

「えー、ほら俺中学の途中で骨折したあと部活やめたじゃん? あのあと暇でさ、なんとなく始めてみたら楽しくなっちゃって。最初は全然見に来てくれる人もいなかったんだけど、歌ったのを動画にして投稿したり、企画したりしたらちょっとずつ増えてさ。

 それから何回か放送とか動画でコラボしたメンバーつながりで、中心的になってメンバー集めてた『ゆーくん』に、『あろ〜ん』っていう動画配信ユニットを作るから入らないかって誘われて、まあその時はユニットの名前決まってなかったんだけどね。……なんだかんだもう三年目かな」

 グループに入れてもらえるくらい見てくれる人が増えたのはほぼ運だったんだけど、と苦笑する湊。もちろん、その言葉をそのまま真に受けるほど心暖も無知ではない。

「僕、は活動の時限定なの?」

 湊は『あろ〜ん』の中では最年少から数えて二番目らしい。最年長のメンバーとは五歳以上離れているそうだから、確かに『僕』のほうが可愛がられるのかもしれない。

「そのつもりだったんだけど。でも混ざってきちゃってるんよね」

「なるほどね」

 何気ない日常生活に影響するほど、『しぇるた』としての活動に熱中しているのだろうか。

 幼なじみとして、湊を素直に誇らしく思うのと同時に、まだ自分と同じ学生の身分である彼の身を案じずにはいられないのも、また事実だった。

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