不穏な世界でピザ屋へGO

みなかみしょう

第1話

 自宅のポストにチラシが投函されるという異常事態が起きた。

 二〇五五年の日本において、希有な現象だ。

 広告の主体はネットワークに移って久しく、わざわざ紙媒体を使っての広告などありえない。


 それと治安の問題だ。

 二〇四五年に起きたAI大異変。

 世界は共存型AIと敵対的AIによって大変なことになった。

 俺もイエローゾーンと呼ばれる地区の片隅で敵対的AIに怯えながら暮らしている一人だ。

 

 日本の治安も悪化した。いや、今でもかなりマシな方だ。

 日本は共存型AIが多く、グリーンゾーンが多い。一説によるとオタク文化に影響されたAIが大量にいて味方についているからだとかいう。


 ともあれ、チラシである。

 政府によるクリーニングが行われた後しか買い物に出れないイエローゾーン。日常の買い物はドローンによる通販が主体。

 そんな地域のアパートの一室に、紙のチラシが一枚投函されたのである。


「……ピザか」


 チラシはピザ屋のものだった。

 鮮やかな色合いで印刷されたピザの写真。そこには価格と、店の位置が示されており、更には「店頭受け取りで色んなサービス!」という魅力的な文句まで踊っていた。


 色んなサービス。曖昧だが興味をそそられる言葉だ。

 

 なによりこのご時世に、わざわざ紙のチラシを配るという心構えが気に入った。


 俺は部屋のちゃぶ台に置かれたノートPCを起動する。

 通信ソフトを起動。午前中だが、目当ての相手は起きているはず。


『なに? 珍しいじゃない。こんな時間に』

「面白いことがあった」

『…………』


 画面に移った女性に見せるため、チラシをカメラに向ける。


『……ピザ?』

「今朝、チラシが入っていた」

『どうかしてるわ」


 率直な感想が返ってきた。

 たしかに、これが普通の反応というものだ。


「俺はこのピザを頼もうと思う」

『好きにすればいいじゃない』

「ただ問題があってな。配達できないらしいんだ、ピザ屋なのに」

『やめればいいじゃない』


 またも率直な感想が返ってきた。

 そう、このピザ屋、配達はしていないらしいのだ。

 チラシには「配達員が不足のため」と書かれている。じゃあ、このチラシはどうやって投函したんだという疑問が浮かぶが、きっと事情があるんだろう。


「店舗で受け取れば割引な上に特別なサービスを受けられるとある」

『まさか行く気? イエローゾーンよ』

「ピザをコーラで流し込みたい気分になった。この前クリーニングしたばかりだから平気だろう」


 話しながらパソコンを操作してピザを注文。

 サラミ、コーン、シュリンプ、ガーリックの四種のミックスピザだ。四分の一ずつが合体して円形になる、デラックスな感じの一品である。もちろん、コーラを付けるのも忘れない


「よし、店頭受け取りで注文できたぞ!」

『はやっ。というか、ちゃんと話を聞きなさいよ!』

「ドローン飛ばすからナビしてくれ。ヤバそうだったら帰る」


 滅茶苦茶なやり取りに思えるが、俺は冷静だ。勝算はある。

 まず、この前もスーパーまで買い物に行って無事に帰ってこれた。地図を見た感じ、ピザ屋まで徒歩で一時間くらいの距離。なんとかなるだろう。


 棚から灰色の小型ドローンを取り出して起動。通話相手が接続し、ランプがついた。素直だ。俺の性格をよくわかっている。


『接続したけど……ほんとに行くの?』

「もちろんだ。ピザは大好きだからな」


 携帯端末を手に、俺は玄関に向かった。小さなリュックを背負う。中身は殆ど入っていない。荷物は最小限だ。

 

 玄関を出てドアをロックした直後、ピザ屋からメッセージが届いた。


『ご注文ありがとうございます。御安全に』


 なかなか気の利いたピザ屋だ。

 携帯端末をポケットにねじ込んで、俺はアパートの階段を降りる。

 さあ、出発だ。ピザ屋を目指して。

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