第14話 同人ショップ

 画廊に入ってから数日が立った。時は流れ、日曜日になる。

亮は約束時間の30分前に、秋葉原駅前で待機した。

初めて一人で秋葉原に来た。周りから変な目で見られないか、そわそわする亮。今日は同人誌ショップをめくる約束だった。緊張のあまりに、ぎこちない様子で柱の近くに立つ。

 亮は腕時計を確認する。短い針は数字の10の前を指している。しかし、約束時間は10時半だ。

 クラウスのいわく、同人ショップの開店時間は10時。早く来ても、意味はないと言っていた気がする。

 どうやら、約束時間前に到着してしまったのだ。

 ここはおとなしく相手が迎いに来るのを待とう。

 亮は柱のところに待機すると共に端末で秋葉原のことを調査する。

 これからいく同人誌ショップは、地下に設けている場所だ。

クラウスの話いわく、前回の同人即売会、魔法少女アイリのオンリーイベントの同人が委託販売されている。

クラウスは事前に同人誌を何冊か購入する予定だった。主に、同人即売会で購入できなかった本を購入する。

即売会のようなお祭り感はないが、同人誌を眺められることは楽しみだった。どこか、自分が知る芸術の展示会のようだった。


「あ、亮さん!おーいこっちです!」


 と、亮が楽しみにしていると改札口から元気な女の声がした。

 目先を声元に振り向くと、そこにはサボテンが手を振っていた。

 サボテンは黄色で肩を出したブラウスに白色のデニムパンツ。元気な女の子をイメージされた感じで満面な笑みで駆け寄って来た。赤い髪を風に揺れる。

 彼女は元気いっぱい改札口から走って来ると、亮の両手を掴み獲るとぶんぶんと上下に振り回す。

 亮はそんな元気いっぱいな彼女に微笑みを浮かべてから挨拶を交わす。


「こんにちは、サボテンちゃん。僕、同人ショップは初めてなんだ、今日はよろしくね。」

「心配ご無用です!わたしとお兄ちゃんが手取り足取り教えます」

「う、うん。お手柔らかにね」


 キラキラと眼差しを送るサボテンちゃんに苦笑いで返事する。

 どうやら、彼女のやる気は限界を突破している。今までにない元気と根性を見せられる。

 ……彼女は元気がいいな。

 と、サボテンちゃんの手を握りしめている時に、彼女の背後からもう一人の男性が歩んでくる。


「やあ、少年!待たせたな!」

「あ、クラウスさん。こんにちは」

「おう!いい挨拶だ!……っとサボテン。そんなに彼にがつがつと近寄らない。ほら、ドンビキされているぞ」

「わわわ!すみません!」


 やっと、ぶんぶんと上下に振っている手を放し、サボテンは謝罪する。

 亮は、あ、うん、大丈夫だよ、と笑みを浮かべて彼女を許すと。共にぽりぽりと頬を搔いた。

 きっと、サボテンちゃんもテンションが上がっている。なにせ、同人ショップに向かうのだから。

 そこはありとあらゆる同人誌を販売している。無論クラウスのサークル『エターナル』の同人誌も委託販売している。

 けど、今回は視野を広げる。他サークルの本を見学しにいく。即売会で他のサークルを回れなかった分を、同人ショップで購入するのだ。

そんな同人ショップに、亮は疑問に感じているものが一つある。

同人ショップで同人誌を購入できるのに、わざわざ遠征し、長い列を作り、好きな同人誌のために会場を駆け抜けたりする必要性があるのだろうか。

東京の中心部である、秋葉原に来れば簡単に手に入るのに、無理に即売会に来なくてもいい。無駄な労力だと。 

亮は思っていることを口に滑らせる。


「クラウスさん。どうして、みんな同人即売会に行くのですか?同人ショップがあるのに?」

「即売会の方が先に本を手に入れることがあるのさ。だから、早く本が欲しい人は即売会で本を買う」

「なるほど……即売会の方が先に本を購入することができるのですね」

「おお。それに、会場だと、熱くならないか?」

「熱い?」

「欲しい物は自らの力を使って手に入れる方が好きな者だよ。簡単に手に入れると価値が落ちる、と考える者もいる」

「……わかりそうでわからないです」

「深く考えなくていいわ。マゾヒズムの考えは非効率の豚ども達の心理さ」


 クラウスと亮が話しているうちに、後方から顔なじみがある女子が改札口から歩いて来た。

 腰まで長い黒い髪をほどき、ぶつぶつと気が乗らないように呟く。

 彼女は赤色のしっかりとした大人っぽい白いブラウスの上には黒いボアベスト、膝を隠すまで長い黒色のスカート。一歩一歩亮の方へと歩む。その服装と行動の一つ一つはどうも優雅で、このここ一目では大人らしい、気品がある女子がいた。

 そんな妖艶な魅力を持つ女子に、亮は見惚れる。学校とは違う気品だった。

 亮のことを気づいたのか、咲良先輩は彼に挨拶を交わす。


「おはよう。西園寺亮。どうやら私が最後に到着したのね」

「……あ、おはようございます。咲良先輩。僕たちも、今着いたばかりなので、大丈夫です」

「そう、それはよかった」


 と、彼咲良先輩はニヤと綺麗な微笑みを浮かべる。


「咲良先生!おはようございます!」

「ええ。おはよう、サボテンちゃん。今日も相変わらず可愛いね」

「えへへへ!咲良先輩も相変わらず綺麗ですね。大人っぽくて、」

「口が上手くなったわね。でも、そんな褒めてもなにもでないわよ」

「でも、本当に咲良先生は綺麗なんですもん。歳は私より一つ上なのに」


びえん、と泣きながらサボテンは咲良先輩に抱きつく。すると、はいはい、と咲良先輩が頭をぽんぽんと叩き出す。

二人の会話に亮はサボテンが放った言葉に首を傾げた。


(……さっき、歳は私より一つ上なのに、って言わなかった?それって、僕と歳が同じっていうこと?)


 歳を数え始める亮。

 いまは15歳であり、高校二年生。

 咲良先輩はきっと一つ年上だから、16歳で、サボテンは一つ年下だから同じく15歳になる。

 まさか、サボテンと自分は同じ15歳ということなのか?

 そんな歳を考えていると咲良先輩がお怒りな言葉を放つ。


「こら!女性の歳を詮索しない」

「す、すみません」


 ぺこり、と亮は女性組に謝罪すると、「素直でよろしい」と、咲良先輩は許す。

人が集まったことを確認した、クラウスはキラリとサングラスを光らせる。みんなの方を見つめてからカラッと笑った。


「さて、人も集まったところだし。早いけど、いざ同人ショップに行こう」

「うん!行こう!お兄ちゃん!」

「はい行きましょう!」

「そんなテンションを上げなくてもいいわよ……同人ショップは逃げないわ」


 そんなテンションを上がっていく三人の裏腹に、やれやれとため息を吐きながら咲良先輩は呆れる様子だった。

 もしかするとこの中で一番大人の対応を取っているのは、咲良先輩ではないだろうかと亮は考え始める。

 と、まあそんなこんなあって、亮たちは秋葉原駅から移動し、とある同人ショップに入った。その同人ショップは建物の地下一階に設立されている。

 階段を下っていくと、目の前に広がっているのが同人誌の数々だ。全年齢から18禁の同人誌が棚に並んでいた。

 店の左側が大きな文字で全年齢同人誌、右の方は18禁と丁寧に忠告文字が書かれていた。本棚の数に同人誌がびっしりと並んでいる。


「……すごい。こんなに同人誌が販売されているんだ!」


 亮は子供になったかのように、目を光らせて左右をくりくりと目線を泳がせて興奮していた。もちろん、18禁の本に手を出せないため、彼は左側にある全年齢の同人誌に見ていく。


「そうだな。お前は高校生だから、18禁の本には手を出せないな。一般向けの同人誌で我慢しろよ」

「……それ、エロ同人誌作家が言うことか?」


 と、まあ咲良先輩の愚痴を置いておいて、亮は全年齢向け同人誌の棚の方へと進む。そこにはいくつものパロディの同人誌とイラスト集が並んでいた。

 どれを手にしようか、迷い出す。こんな大量の同人誌の中、一つを選ぶには悩みどころだ。どれから先に読もうかと、少し悩む。

 結果的に、適当にその中の見本誌を一つだけ取り出して、同人誌を捲る。

 それはイラスト集の同人誌だった。あの有名のスマホゲーム『デスティニー・オーダー』のイラスト集だった。

 盾遣いの後輩キャラが繊細に描かれている。

 ピンク色の短い髪がふわりとし、小柄なのに大楯を振り払い、敵を薙ぎ払う姿が迫力に描かれていた。


(……こういう同人誌もありなんだ)


 亮が感心していると隣で同じく同人誌を見ている、クラウスが興奮状態で亮に駆け寄る。


「よう!こいつを見て見ろ。この絵柄はどうよ!」

「え……」


 クラウスは無理矢理ある同人誌を亮に読ませる。

 亮は仕方がなく、その同人誌を読んで見ることにした。


「こ、これは……」


 亮がその同人誌を手にすると絶句する。なぜならば、その同人誌の内容は『魔法少女アイリ』の4コマまんがだ。

 しかもクオリティが高い。四コマ漫画とは違って、一枚絵で笑いを誘えるほどの同人誌だった。

 あ、あのアイリが筋肉ムキムキに!?

 と、亮は笑いを堪えているとその絵を見たサボテンは笑い出した。


「あはははは、こ、これはずるいです!兄さん」

「だろ?このサークルはこんな笑いを取る絵をやるんだぜ?」


 クラウスはにひひと楽しそうな笑ていた。


「じゃあ、次は私の番です!」


 そう言いながら、持ってきた同人誌の見本を量に見せる。

 次はサボテンの番。彼女はとある同人誌を亮に見せる。

 その同人誌は分厚く、辞書と比較できる厚さだった。

亮が手にすると、そこには「アンソロジー」と記載されていた。アンソロジーとは、多数の同人作家が集まり、一冊にまとめた恋愛同人誌だ。


「これはどうですか?わたし、これかなり好きなんです!」


 内容は各ヒロインとイチャイチャするストーリーであった。各作家は十ページくらいの短編の漫画を描き上げていた。

 内容は各作家の好みによりシチュエーションが変わっていく。

 ヒロインの公園でデートから自宅でイチャイチャするシチュエーションもあった。

 ページを捲るたびに、シチュエーションが変わっていくのを楽しめる一冊の同人誌だ。

 一冊でお腹いっぱいなシチュエーション


「へえ。こういう物もあるんだ」


「はい。このアンソロジー。多数のクリエーターの創作があって、作者によって画風が変わります。一冊で色々と楽しめるので、わたしは結構好きです」

 ドキドキと可愛いらしく、同人誌を抱えるサボテンに亮は微笑みで返す。

「わたしはこれね」

「え?」


 最後に咲良先輩が出して来たのは……エロ同人だった。


「ちょっと待ってください咲良先輩!それ18禁です!」

「あら、手が滑って間違った同人誌を持ってきてしまったわ」

「絶対に嘘ですよね?さっき、18禁の方へ行きましたよね?」

「ふふ、それはどうかしら?」


 亮は渋い顔で返すと、冗談よ、と咲良先輩は言い放ちとある文庫分を彼に差し渡す。

 表紙は今期のダークホース『あの日の約束』のメインヒロインキャラクターと主人公が表紙を飾っている。

 中身を開いてみると中は文字だらけだった。

 それは小説になっている同人誌だった。


(……これもありなのか?でも、同人誌はどんなものがあっても不思議ではないだっけ?)


 と、亮はしばらく思考巡らせた。

 同人誌が多彩過ぎた。創作者の数だけ同人誌が存在するのは当たり前だ。そんな常識を頭から抜け落としていたのだ。


(……ここ一通り見よう)


 今度はどの同人誌が来ても驚かないように、一人で真剣に同人誌のサンプルを片っ端から読み始めたのだ。

 各同人誌には各方法で描かれていた。四コマ漫画があれば、普通の漫画がある。あるいはイラスト集も同人誌。ライトノベルのような文芸小説ものもあれば、かっちりと文庫本で作成したものもある。

 ……ここの中の全てが同人誌だ。

 それは創造者が自分の想像を具現化した結果だからだ。

 想いは人の数だけ存在する。だから、このような結果が出てくる。それはまるで、芸術だった。


(……やっぱり同人誌はすごい。芸術展示会の作品と同じだ)


 亮はワクワク感をむき出しにして、過去のコンクールを思い出す。

 コンクールに並ばれる数々の作品。人それぞれの思いが乗せられた芸術作品。絵画もあれば彫刻もあり、陶芸もある。

 この同人ショップはまるで、芸術の展示会であったのだ。

 ただ、違う点としてはこの同人誌は購入することができることだった。


「それで亮。お前はどの同人誌が気になる?」

「ぼ、僕ですか?」


 亮は「うーん」と声を上げて、周囲の同人誌を見渡す。どれもこれも、魅力的な同人誌。この中から一番気になる、同人誌を選ぶのは、この花畑から花を一つ選ぶ。それはあまりにも難しい判断だ


「あれ?」


 亮はある同人誌を見つける。

 それは同人の群れの真ん中に置かれていて、目立つ要素はなく、片隅に置かれている一冊の同人誌。見たところ、これが最後の一部だ。

 表紙は今期のダークホースと呼ばれているアニメ『あの日の約束』のサブヒロイン、「千堂朱音」の横顔だった。彼女は目を瞑り、紅色の髪は見えない風に揺らされている。画風は油絵でも描いたかのように、印象深かった。

 それはまるで神秘的な絵。心が鷲掴みになる、素晴らしい一枚の絵だ。

 亮はその同人誌を手に取ると、見本の裏を見る。その内容は一ページに一枚のイラスト。つまりはイラスト集だった。その中には『あの日の約束』のキャラクター全員分が描かれている。

 描かれたキャラクター全てに表情は原作に沿っているのかがわからないが、一つだけ言えるのは、そのキャラクターたちは『恋している』ように見えた。

 この同人誌の後付けを読む、そこにはサークル『アカペ』と記載されている。絵師は『宮崎暮人』と記載されていた。


(……この人は天才だ)


 誰も聞こえない声ではっし、亮は自分の胸が早鐘を打つことに気付く。

 久々に心を揺れる作品を目に焼き付けた。この同人誌は最高傑作だ。


「僕は……この作品が好きです」


 と、気が付けば亮はその同人誌を3人の前に出していた。

 他の3人にはその同人誌に目線を送る。

 すると3人は同時に固まり、こちらの同人誌を凝視した。ギョロリと目付きを変えて真剣に見つめる。


「おい。その同人誌……伝説の「宮崎暮人」先生のものじゃねえか」

「え?」

「間違いないわ。これは「宮崎暮人」先生のサークルね」

「はい?」

「ずるいですよ。その同人誌を出されたら、わたし達の勝ち目がないじゃないですか!」


 クラウスを始めに咲良先輩とサボテンは絶句の声で亮を責め寄る。


「お前、やっぱり見る目があるな」

「見る目って」

「それ、すぐに完売するほど人気な同人誌なんだよ。俺たちは見つけられなかったっということはそれ在庫少ないだろ?」

「は、はい。最後の一部でした。それに他の同人誌に囲まれていて、隠れていました」

「そいつはよかったな」

「これ、買っても良いですか?」

「当たり前だろ!お前が手にした本だ。お前が購入する権利はある」


 クラウスは「何を馬鹿なことを訊いているのか、」などいうように、顔をする。

 亮は「ありがとうございます」と礼を言う。


「よし、俺たちも同人巡りをするか!気に入った同人を全部、根こそぎ買うぞ!」

「はい!じゃんじゃん買っちゃいましょう、兄さん!」

「……私はパス。数冊の本しか買わないわ」


 熱くなるクラウス兄妹と反面本当にやる気がない咲良先輩だった。

 クラウス姉妹はどんどん、本をカゴに入れていく一方で、咲良先輩は、じっくりと、と同人誌を見てから、決める。

 亮は咲良先輩と共に同人誌を手に取った。


「先輩の好みは……ってこれ18禁じゃないですか。それ買えないでしょ?」

「バレなければ犯罪じゃないのよ」

「げ、ゲスイ」


 亮はあっけらかんな顔で左右に振る。

 この先輩はダメだ、早くなんとかしないと、亮は顔を渋くする。


「それより、あなたは買うものを決めたの?」

「僕はこれで十分です」


 そういうと、亮はさっき手にしたサークル「アカペ」の本を見せる。


「あなたがそれで良ければいいわ。私も、もう決まったし、レジに行きましょうか」

「はい」


 軽く返事をすると、亮たちはレジの方へ行く。レジを並んでいると、クラウスは次々と同人をカゴに入れているのを横目で眺める。

 どうやら、クラウスたちはまだ買い物を続けていた。本がカゴいっぱいになっていく。


「いいか、3冊買うだ!観賞用、保存用、布教用に分かれた買うだ!」

「はい、兄さん!」


 まだまだ、買い足りない、と二人は次々と本を購入していく。

 亮は苦笑いしかできず、彼らの行動を見守っていた。

 そんなこんながあって、同人誌ショップめくりはこれで幕を閉じた。

 クラウスの爆買いで、両手いっぱいの本が買ったのだ。

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