第12話 芸術はコミュニケーションのツールの一つだ
週明け、月曜日の放課後。5月下旬。
外はすっかり春の気配はなくなり、梅雨の季節に曇りで空に元気がない。どこか重く苦しく、今でも雨が降り出しそうとする。
そんな日。亮は美術部でデッサンを活動していた。いつもの彫刻のデッサンをスケッチブックに描きつつ、部長のミチルと雑談をしていた。
そしていまにも美術部に話題になっている、国際エンデルコンクールについて話題になっていた。
「え!?亮は、国際エンデルコンクールには応募しないの?」
「うん。最近調子悪くてね。また三年後に応募しようかな、と思ってね」
ミチルが筆を止めて、亮の方へと向く。
亮はへらへらと笑いながら鉛筆を動かす。目の前にある、ダビデ顔の彫刻を鉛筆でなぞった。
この会話はかれこれで五回ぐらいはしている。美術部に部活活動している時には同じ会話だった。
それぐらい、この国際コンクールがあまりにも大きな存在であるからだ。このコンクールは全世界で開催される大きなコンクール。芸術家の誰もが夢見るコンクールだ。
なにより、このコンクールはこの美術部の形跡でもある。
たとえ、受賞しなくても、コンクールに応募することは芸術家として称賛されることもあった。
(……同人即売会で出店することと似ているよな。うまくなくても、参加したことに意味がある)
と、亮は内心ふふと笑いながら軽い腕で鉛筆をなぞる。
「あ、亮が笑った」
「あ、え?」
「いつも暗い顔をするのに、今日はどうしたの?」
「べ、別になんでもないよ」
など、亮は誤魔化すが、ミチルはジト目をして「ふーん」と疑い深い目つきを送る。
「そ、それより。ミチルは作品できたの?」
「うーんとね。まだだよ。やっぱり最高なものを送りたいからね。今は色々とアイディアを絞っている最中」
「そうか。大変そうだね」
亮は他人事みたいに、そう告げると鉛筆でデッサンを続ける。
そして、不意にミチルは訪ねてくる。
「亮の方はダメなの?」
「え?」
「調子、戻りそうにない?」
「何とも言えないね。でも、今回は間に合わないと思うから、パスかな。下手な作品で応募して、恥を掻かせるわけにはいかないからね」
亮が苦笑いで答えると、ミチルは筆を置いた。
少し難しい表情をしつつ、「うーん」、と、うめき、何かを考えこむ。
きっと、彼女は亮のスランプ状態について改善策を考えこんでいる。
けど、それは悲しいことに、自分はそのスランプは改善されないのだ。なぜならば、自分はスランプではなく、ただ作品を創作しなくなった。
……人に感動する作品を創作できない画家なのだから。
と、亮は曇った表情を表にしないように必死で隠す。と、あ、そうだ。とミチルは言い放ってからぱっと明るい表情に戻ると、提案する。
「前に行った、美術館に行かない?」
「美術館……」
「そう!上野にある東京美術館。ちょうどゴッホ展示会が開催されるときだよ!ゴッホの作品を見れば、アイディア湧いてくるんじゃないかな」
ぱっと太陽より明るい表情で提案するミチル。
亮はゴッホについて考え込む。
(……フィンセント・ファン・ゴッホ。彼は偉大な芸術家。生前では一枚も売れていない噂だけど本当のところ、彼は一枚だけしか売れなかった。それも身内だけ。彼は芸術の美を追い求め、そして最後に自殺、と言われて死んでいった。彼の人生は悲劇でしかなかった)
それは天才しかできない人生の歩き方。
弱虫の自分にはできない人生の歩き方。
最後の最後まで美を追求した芸術家と、途中で逃げ出した自分。
そう考えるだけで少し切なくなっていく、亮であった。
どうして、自分の絵はこう、写真みたいに描くのか、
どうして、自分の絵はこう、人を感動できないのか、
どうして、自分の絵はこう、理解されないのか、
それはきっと、自分には芸術の才能がないからだ。
「いつにする?日曜日にしない!?土曜日は稽古があるから、日曜日なら全日いけるよ」
ミチルの声で亮は意識を取り戻す。
「……日曜日」
それはクラウスと約束した日だ。
秋葉原で同人誌巡りをする約束。咲良先輩と一緒に同人誌販売店舗を巡回する。
深い内容は知らされていないが、今週も同じく予定をいれてしまったのだ。今回は脅あれて無理やり参加するのではなく、自ら楽しく参加する予定を入れてしまった。
ミチルには悪いが、今回も一緒に回ることはできない。
「ごめん。今週も約束がある。ごめんね」
「……そう。残念だねー。せっかく今週も行けるかなと思ったのに」
ミチルは少し残念そうに、肩を落としながら、「また、今度行こうね」、と笑顔で誘い出す。
亮はどこか申し訳なさそうに、心の中で彼女を謝罪した。
これで二回目だ。先週も誘われたけど、断ってしまった。
善意であって、誘ってくれたのに、自分は他の用事でいけないのは、どうにも申し訳ない気がする。
内心で頭を下げていると、美術部の扉からこんこんとノックされてから、開かれる。
「失礼するわ」
現れたのは、長い黒い髪ストレートの持ち主。学園一位の美女、咲良先輩だった。
来客の登場により、ミチルは怪訝そうに彼女の方を見つめる。
咲良先輩は帰宅部であり、この美術部には接点がないはずだ。演劇部の者であれば、週に一度は物の貸し借りするために来客することはあるが、咲良先輩は演劇部の人ではない。彼女は脚本家の助っ人として演劇部に参加しているだけだ。
と、亮がそう考えていると、ミチルは対応する。
「あれれー、咲良先輩?何か用がありますか?」
「ああ。そこの西園寺くんに用事がある。ちょっと彼を借りるわ」
「……え?僕ですか」
今度は亮が素っ頓狂な声を上げる。
その要件はなんなんだろう。
「昨日の件で少し話したいわ」
「昨日ですか?わかりました。ちょっと待ってください」
なんだろう、と心の中で首を傾げると共に腕時計を見る。
もうすでに16時を回っていた。そろそろ帰る時間だ。
「じゃあ、ミチル。僕は先に帰るよ」
「ええ。残念」
ミチルは頬を含まらせて残念そうに語る。
が、亮は荷物をしまってから、立ち上がる。
「では、行きましょう。咲良先輩」
「ええ」
亮が外に出ようとすると、ミチルが呼び止める。
「亮!」
「……ミチル?どうした?」
亮が振り向くと、ミチルはニコッと元気な笑みを浮かべる。そして、覚悟を決めたかのように、彼女は真っすぐに亮の目を見つめると、こう告げる。
「……美術館の件。また、今度一緒に行きましょう」
「うん!時間があったら一緒に行こうね」
亮は簡単に約束を交わすと扉をくぐり、扉を閉めた。
すると、隣にいる咲良先輩はふふふ、と笑い出す。
「ヒュー。熱いわね。あの子に別れのキスはないのかしら?」
「茶化さないでください。僕と彼女の関係はそんなものではありません」
「あら?そうかしら?彼女の様子からすると、キスの一つや二つをしたようにも見えるけど?もしかして……その一線を越えたのかな?」
「違いますよ!僕と彼女の関係は……」
廊下中に亮の声が響き渡る。
……あ!しまった、と後から自分の行為に反省する。
大きな声を出してしまった、他人に見られていないかと左右を見回す。
だが、部活棟のこの時間に廊下に人はいない。部室にいるのだが、今の叫び声が部室内に届くはずもない。
その大きな声に反省した亮はごほんと、一度咳払いをしてから、隣に歩いている咲良先輩に声をかける。
「それで、何の用ですか?」
「渡したいものがあるの、付いてきて」
そう言いながら、彼女はさっきと落ちないペースで歩き出す。亮は黙って彼女の隣に歩いていく。
……渡したいものがあるなら、ここで渡せばいいのに。
「エロ本だから、ここで渡せないわ」
「あの、人の心を読まないでくださいよ!」
「それであなたとミチルの関係は何?」
「その話、戻すのですか?」
「当たり前でしょう?悪い虫は駆除すべきよ」
「……はあ」
亮は大きなため息を吐いてから関係を説明する。
「僕と彼女の関係は、芸術創作仲間ですよ。それ以上でもそれ以外でもありません」
「セフレじゃないの?」
「んなわけないじゃないですか」
「つまらないわね。男なら、もっとせふれの一人や二人いてもおかしくないわよ」
「いやいや、それどんな偏見なんですか」
またも、大きな嘆息をする。
ミチルがいれば、ため息は幸せを逃すぞ、と注意するだろう。
でも、亮は色恋沙汰には無縁であった。
亮はかれこれこの十年間芸術一本向き合っていた。
絵画創作に時間を費やし、人とのつながりができていない。友達と呼べるものはミチルしかいない。彼女だけが唯一の友達である。
けれど、自分は彼女の本当の友達と呼べるのか?
なぜならば、亮は今彼女には大きな隠し事をしている。
そう、筆を折ったことをいまだに彼女に伝えていない。なぜ、それを伝えなかったのか、それはこれを伝えてしまったら、彼女との関係が壊れてしまうじゃないか、と亮はそう思った。
亮とミチルの関係で結ばれているのは「芸術」。
高校一年生の時はお互い、芸術のことを会話して、より良い作品を創作するにはどうするべきか、考察していたときもあった。
けど、一方的に芸術を止めてしまうのは、単なる自分の我儘だ。
(……友達失格だよね)
ふう、と小さなため息を吐き出す亮。
ミチルと自分のことを考えると、頭を悩ませる。この状況は永遠に続くわけがないのは知っている。
いつか、この事実をミチルに伝えなければいけない。
自分はスランプではなく、筆を折ったのだ。
……心がずだずだに折れたのだ。
「女子の前で他の女の子を考えるのは失礼よ」
「なんで僕の心を読めるんですか!?」
「顔に書いているのよ。わかりやすいわ」
ふふふと、悪戯っぽく笑う咲良先輩だった。
結構歩いたけど、なぜか一向に要件を言わない。
それを気になった亮は咲良先輩に尋ねる。
「って、咲良先輩。僕達はどこに向かって行くのですか?」
「あそこに空き教室がある。そこで、話をしましょう」
そういうと、彼女は廊下の一番奥にある教室を指す。室名札プレートには『ボランティア部』と記載されている。
その『ボランティア部』はもう廃部された部。校長先生の思考ではボランティアは部ではなく、活動としてするのが正しい道なんだと、言う理論で『ボランティア部』は『ボランティア活動会』に変わるようにした。
そこらへんは、大人の事情があるのだろう。
部であれば部費を貰えるが、会であれば部ではないため、部費はない。
活動会を申請することは可能だが、そんな簡単には貰えない。
だが、廃部された『ボランティア部』は『ボランティア活動会』になり、活動場は生徒会の隣の教室を使っている。
そのため、ここはもう既に伽藍堂になっている。
「話って……その、エロ本を渡すだけではないのですか?」
「当たり前でしょ?あなたの将来について話し合わなければいけないわ」
「……その言い方にはどこか意味深と思いますよ」
咲良先輩は「ふふふ、それはどうかしら」などと言い、空教室の扉を開いてから中に入った。
亮も彼女の後についていき、亮はその中に入っていく。そして、適当な場所に座る。両者は向かい合わせの形で座っていたのだ。
「それで……咲良先輩はどうして、僕を呼んだのですか?」
「まず一つ目、これ……即売会の時に渡すのを忘れていたわ」
そういうと、咲良先輩はあるものをカバンから出して、亮の方へと差し出した。それはA4サイズにもある薄い本。
そう、これはクラウスが描いた同人誌だった。中身はもちろん」18禁の物語だ。
「ば、何やってるんですか!咲良先輩!なんという物を僕に渡すのですか?」
「言ったでしょ、エロ本を渡すって」
「本気だったのですか……あと、堂々とお見せないで下さい!ページをめくって僕の方に見せないでください!誰かに見られたらどうするんですか!」
ふふふと、咲良先輩は楽しそうに笑いながらページをめくり、堂々とエロ―シーンを見せつける。
(……先輩は最低な人だな)
数ページを開いてから、咲良先輩は本を閉じて、面白い物を見られたかのように堪能する。
「あら、可愛いのね。芸術家なのに、人の解剖学に詳しいと思っていたわ」
「それは詳しいですけど、あれは芸術の一環で……恥ずかしく思わなかったです」
「恥ずかしくないわよ。過去にあなたが描いた『ヴィーナスの子供たち』も裸姿だったわね」
咲良先輩の言葉に、亮はごくんと唾を飲み作品を思い出す。
それは2年前の作品。中学3年生の時に描いた絵画。
初めて男子と女子の違いを知った亮は、その表現をキャンバスに描いた。男の子と少女の裸体の姿で踊っている作品。
テーマは『楽しい』というメッセージを含んだ絵画だったが、うまくいかなかった。
観客はそのテーマに気付くことなく、汚らしい一枚の絵画だと評価された。無論、賞も取ることができない、汚名の作品だった。
亮の失敗作。西園寺家に汚名を出した、一枚の絵。
ただ、子供たちが裸体になっているだけの絵画。
その中には大切なメッセージを含んだのに、誰もその絵画のことに気付いてくれない。悔しい。けど、それは才能がないことを示している。
審査員はその絵を人種差別した絵だと訴える。
そのせいで、その絵は受賞も疎か、コンクールでさえも出すことが出来ない。失格した。
……人生で後悔した絵だ。
「私は、あの作品が好きだわ。批判家は目を腐っているけどね」
「僕はあの作品が嫌いです。自分の駄作だと思っています」
「そうかしら。私はよく出来ている作品だと思うわ」
「先輩、煽てるのをやめてください。あれのテーマは……」
「楽しい、でしょ?」
咲良先輩の言葉に、亮は開いた口が塞がらなかった。
なぜならば、彼女が答えはあの絵のテーマと合っていた。
「批判家の間では、中学生が描いて汚らしい、ガキの発想という批判だけど。少年少女をよく見れば、楽しそうに踊って、走っている。それを見れば、「楽しい」がテーマしかないわ。審査員の目は腐っているのよ」
咲良先輩の言葉に、亮は思わず息を吸い込む。
そしてうるうると涙が出そうになる。
彼女の答えに脈拍数が跳ね上がる。亮は全身で感じ取られる。
それは、亮がもっとも聞きたかったこの絵画のテーマだった。
あの絵に対して、「楽しそう」の感情を持ち、見てほしかった。みんなが裸で踊り、人種、宗教、性別を関係なく手を取り合って遊ぼうというメッセージを入れていた。
なのに、誰もその作品のメッセージを気づくことはなかった。
罵詈雑言しか返ってこない作品。虚しさと悔しさが心を食い破るもの。耐えられない毎日だった。
「ぅ!?」
亮は涙を必死に堪えるが、耐えられぜ、涙がこぼれる。
恨みを晴らしたように亮は自分の涙を制御することができなかった。
……あまりにも嬉しさに耐えられなかった。
あの作品は楽しさを含んだ一枚の絵を理解する人がこの身近にいる。
芸術家としてはこれ以上のない、祝福な時だ。
だって……
『芸術はコミュニケーションのツールの一つだ』
と、過去の偉人がその言葉を残していた。
もしも、芸術家がメッセージを絵画に入れられなかったら、その芸術家は本当の芸術家なのか?否。彼は芸術家ではない。ただの道化師だ。白いキャンバスに何を描くのか、芸術家をよりよく考えなければならないのだ。
それが文字を遣わずに、どうやって、人に伝わるのか?
真っ白の世界に、自分が思い浮かぶメッセージを描く。そして、第三者に伝える。
これが芸術だ……
その絵画はただの絵ではない、メッセージを含んでいる。
「や、やっと……届いたんだ!う……僕は……芸術を……創作して……いいんだ」
まるで神の許しを得たかのように、亮は床に座って、号泣した。
そんなわんわんと泣いている亮に、咲良先輩はあきれたようにため息を吐き、ふふふと長い声を上げながら、ぽんぽんと亮の頭を優しく叩く。
「ばかだね。こんなことで泣くなんて。神絵師には失格よ?」
「らって、らって……僕……一度も……成功したことがなくて……やっと……伝えられた……」
「あなたの絵が悪いのではない。審査員の目が腐っているだけよ」
「……え」
咲良先輩が励ましではない励ましを聞くと、亮はひくと涙を止めようと必死に堪えた。
その言葉を聞くのは3人目である。一人目は西園寺琢磨。現在は各国に飛び回り、芸術を披露している。二人目は同じ部に通っているミチル。親友で、才能の持ち主の若き芸術家。最後は才色兼備で大和撫子の魔女、咲良先輩だ。
この三人は同じ口を揃えて亮の作品を評価してくれる。
それは亮の絵画は失敗ではない証明だ
と、亮はあまりにも嬉しさに泣いた。
咲良先輩はというと、亮の頭を優しくぽんぽんと叩きながら微笑をしていた。
その笑顔は普段より、暖かく感じたのだ。
あれから十分。
「見苦しいところをお見せしてすみませんでした!」
「……いいのよ。わたしも面白いものを見れたのだから」
「う……」
悪戯な笑みを浮かぶ咲良先輩に、亮は真っ赤の顔を俯かせた。
汗を垂らしながら、亮は気まずそうにうつむき、咲良先輩の向かい側に座っていた。
「本題に入りましょう」
「……あ、はい」
咲良先輩は腕を組み、きっと目を端上げて尋ねる。
「もう一度訪ねるわ。西園寺亮……あなたはサークルに参加する?」
「僕は……」
……踏み出せない。
やはり、前には進めない。
あの言葉が脳裏から蘇ってくる。
『君の絵はつまらないのさ。人に感動する絵じゃない、心に響かない』
あの批判家の言葉が脳裏を蘇る。それは呪文のように、心を縛りつける。足が震えだす。才能がない自分に創作するのはできない。
(……僕は芸術の神に見捨てられたのだ)
だから、亮は頭を下げる。
「ごめんなさい。咲良先輩。僕は、まだ、前へ進めません」
「……そう。やっぱり植え付けられたトラウマは簡単に解消できるわけないわね」
まあ、仕方がないわよね。とため息混じりにそう言った。
亮は彼女たちには悪いと思っている。クラウスの仲間たちに色々と教えてもらい、仲間に入れられて、絵を褒めてくれる。心の底から彼らのことを感謝していた。
だが、問題は自分のヘタレ具合。前へ行く勇気がないだけだ。
この時はどうすればいい?どうやったら、自分は前に進めるのか。
「私は芸術を信じない。芸術家を信じる」
突然、咲良先輩の口から意味深な呪文が浮かびあった。
パッと亮は咲良先輩を見つめる。彼女は眉間を寄せていた。
そして、真剣な表情をして、こちらの方へと向けていた。
その言葉は、どこかで聞いたことがある。
西園寺琢磨が語る口癖の中の一つだ。
「先輩……その名言は?」
「私の言葉ではない。偉大な芸術家、デュシャンの言葉よ」
……デュシャン。それは現代芸術家の一人の男性。芸術界隈では革命を起こした人だ。彼は数々の芸術作品を創作し、世界に衝撃を与えた人だ。
例えば、彼が創作した作品の一部『泉』それは便器を使い、泉に比喩した作品だ。セラミック男性用の小便器を「R.Mutt」と年号を記載していた。「泉」はいずれも芸術ではないと否定された作品であった。しかし、年を重ねていくと、その作品はいかにも素晴らしく。芸術はなんであるか、という議論に持ちかける作品でもあった。
「知っているよね?彼は有名の芸術家。前半期では芸術をいくつも創作して、人々を驚かせた。なのに、急に引退して、チェスに専念した。けれど、彼は芸術のことを忘れてはいなかった。彼の人生の最後には極秘で作成された作品がある。それも、どのように機能するのかもわからない一品がね」
咲良先輩はそれにとどまらず、次にデュシャンのことについて語る。
「デュシャンはきっと、芸術作品を見ていない。彼が見ているのは心がある芸術家。芸術家こそ、作品を創造する者こそこの世界の変革をもたらす、と考えているのでしょうね」
「でも、僕は彼がそういう人であると思いません。だって、彼は他の名言を残していたじゃないですか」
「ああ、あれね。「芸術作品は作る者と見る者という二本の電極からなっていて、ちょうどこの両極間の作用によって火花が起こるように、何ものかを生み出す」ことね」
亮はあっけらかんと質問すると、咲良先輩は素直に答える。
「私はね。このことは別なことだと思っているのよ。なぜならば、その言葉には芸術家という言葉を使っていない。きっと、芸術という幅広いものに扱っている。そこには芸術家だけじゃなく、子供の落書きまで含まれている」
「どういう意味ですか?」
「私が思うには、彼が思う芸術作品は作る者と見る者の意思疎通。作品は単なる媒体でしかない。彼が芸術家を信じる、という言葉はきっと、芸術家は素晴らしい芸術を創作できる。媒体はどうであれ、そこには関係がない。なぜならば、媒体は単なるメッセージを伝える手段でしかない。媒体がどんなに美しくても、そう作者の根が腐ってい流ものだったら、それは芸術の美たる作品になるのかしら?私はそう思わないわ」
一瞬、亮は、彼女の言っている意味がわからなかった。
けど、よく考えると、彼女が伝えたいメッセージの意味がわかるようでもあった。
例えば、サイコパスが芸術作品、絵画を創作すると、どうなるのか?それはきっと、彼と同じ傾向な作品が創造される作品になる。どんなに綺麗な絵画でも、反吐が出そうな作品になっている。
過去にも亮は実際その作品を目で見たことがある。殺人鬼が描いた絵は、ものすごく気持ち悪かった。なぜ、そんなに鳥肌が立つ作品を創作できるのか、亮にはわからなかったのだ。
「話が脱線してしまったわね。要するに、私はあなたのことを信じているわ。あなたの作品がどうであれね」
「……」
亮は沈黙してしまった。
ここまで期待されていると、心のとこかでくすぐったい。例え、自分がサークルに加入しても、何もできないはずだ。
同人、萌え絵については研究していないため、どう描けばいいのかがわからない。落書きでしか描いたことがない。
加入しても、自分は二次創作を描けるのだろうか?
と、亮が考えているうちに、最終下校時間の鈴が鳴った。
その後、二人はこの空室を去り、駅前まで一緒に下校した。
咲良先輩はその後、勧誘とかはしなかったが、普通の雑談をした。
今期の話題のアニメやライトノベル。そのほか諸々。
気づけば、時刻は18時を回った。
駅の中で咲良先輩と別れた亮は、ほんの少し気が楽になったように帰宅した。
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