第10話 戸惑う選択
夜の8時頃を回った所だった。
食べ物はすっかりとなくなり、打ち上げは自然にお開きになった。サークルメンバーはバーを後にして、店の前で集合する。
ちなみに今回発生した費用は0円だ。クラウスが即売会で儲かった金で全員に奢ったのだ。
さすがはサークル代表。太っ腹だ。
と、亮がサークル代表へ感謝の思いをしていると、サークルのメンバーが店の前で集合する。
最後の挨拶はサークル代表、クラウスから一言で締まる。
「じゃあ!今日はここまでがお開き!みんな気を付けて帰るんだぞ!」
それを聞くと、サークルのメンバーは別れの言葉を告げ、各位は自分の帰路に向かっていった。
地下鉄で帰る人は大通りに向かって行く人。JR線で帰る人は電気街へと向かって歩いて行った。
店に残されたのは亮、咲良先輩、クラウス、サボテンだけだった。
「うっす。俺たちも帰るか」
「うん。帰ろう!お兄ちゃん」
「じゃあ、僕は地下鉄だから、大通りに行きます……」
亮は他の三人と別れようと、「今日はありがとうございました」とペコリと頭と下げてその場から去ろうとした時に、クラウスは呼び止めた。
「お前の家。北千住だろ?通り道だから、送っていくよ」
「え?」
「車、回してくるから、待ってな。サボテン、お前も来いよ」
亮が口を出す前に、クラウスは待ってろと言い放ち、駐車場へ駆け抜ける。サボテンは「もう、お兄ちゃんたら」と、少し不満そうな顔をして後を付いていった。
取り残された亮と咲良先輩はシーンとした空気になり、クラウスを待った。
この重い空気はなんなんだ。何かこの重い空気を打破するものはないのか?
と、亮は居心地が悪く感じていると、咲良先輩からその重い空気を一段重くするように、静かな怒りを秘めた声で訪ねてくる。
「ねえ、どうしてなの?」
「どうしてとは何のことですか?」
「とぼけないで。あの勧誘のこと、どうして断ったの?」
「……」
咲良先輩の問いに、亮は口を閉じてしまった。
そうだった。あの時に、クラウスの誘いを断ったのだ。折角のチャンスを棒に振ってしまったのだ。
けど、亮とは慎重に考えた結果なのだ。悩みに悩んだ答えであった。
咲良先輩は彼の苦痛を知らずに、答えを急がせた。
「答えないの?」
亮はぱっと顔を上げて、彼女の方を真っすぐと向ける。
真っ黒な双眸がじっとこちらを見つめていた。その瞳には怒りが秘めているのを感じ取れる。
だから、亮は包み隠さずにその質問に対して答える。
「……それは僕には才能がないからですよ」
「それどう言う意味」
「僕の絵は写真みたいだからです」
その誘いを断ったのは正しい。なぜならば、自分は人に感動する絵画しか創作できない。
この十年間。亮は芸術作品をコンクールに応募していた。しかし、結果は残念ながら一度も受賞したことがない。それはあの批判家が言った通り、自分は写真みたい絵画しか創作できないから。
才能がない。その言葉が胸を刺さる。
そんな奴が大手サークルの『エターナル』の絵師担当すれば、足纏いになる。サークルに汚名がついてしまう。
それは何があっても阻止したかったのだ。無能であることが怖かった。
「批判家は僕にそう言いました。僕は人に感動する絵を描けないって」
「そんなの……嘘に決まっているじゃない。批判家の言葉なんて信じなければいいわ。今は神絵師のクラウスに認められたのよ?」
「わかっています……だけど、前に進めないのです」
一番怖かったのは頭の理解ではなく、心の方だった。
頭ではクラウスという神絵師に認められて、嬉しくて仕方がなかった。
だが、同時に自分を貶す何かがあった。
あの批判家の声だ。
何より怖かたのは、自分の無能でこのサークルが壊れていくのが怖かった。
受賞できていない芸術家はこの世には要らない。
なぜならば、意味がない。
それは心を束縛するように、前へと進ませない、
がたがたと震えだし、亮は拳をしっかりと握り閉めた。爪が掌に埋め込んでいく。けど、こんな痛みがなければ恐怖を抑えることができなかった。
そんな異常を察したのか、咲良先輩は大きなため息を吐き捨てて腕を組んだ。
「……どうやら、貴方を追い詰めてしまった質問だったわね。ごめんなさい」
「いいんですよ。先輩は、何も悪くない。前に進めない僕が悪いです」
「あなたが、十年間苦しんだ苦痛を理解出来ない先輩でごめんなさい。そうよね、壊れた心を修復するにはそんなすぐには完治しないわよね」
「……咲良先輩?」
亮は咲良先輩に声を掛けようとしたその時、ピッピとクラクションの音が鳴り響く。振り向くと軽量車が大通りに止まっていた。
よく見るとん、クラウスが助手席から顔を覗かせていた。
「乗れよ!」
と、クラウスが叫ぶと、咲良先輩は「やれやれ。騒がしい連中だわね」など、と言い放ってから車の方へと向かって行く。
亮は彼女の後を追うように、急ぎ足になった。
さっきまでの咲良先輩の態度は何だったのか、気にはなったが、訊く勇気はなかった。車両の中にいた時もそのことに触れることなく、家に送り届けた。
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