第6話 悲劇の誕生

 5月中旬の金曜日の放課後。

 週末の金曜日であるためか、生徒たちは勉強という呪いの束縛から解放されて、さっさと教室から出ていく。

 亮といえば、皆と同じく、教室を後にするが、彼は図書室へと向かった。

 本日一日中、落ち着けられずに授業を受けていた。頭の中ではあのスケッチブックでいっぱいだった。

 教室を出る際には、ミチルとも遭遇したが、「ごめん、急用がある」と、素早く断った。

 廊下を駆け抜けて、図書室の3階に行こうと階段の段を踏むと、踊り場に誰かが道を阻んでいることに気付く。

 一体、誰なのか、と顔を見上げると、彼女は風に靡いた黒い髪を揺らし、腕を組み、ニタリと悪魔的な微笑みで見下ろしていた。

 まるで、彼女は亮がここにくることを想定したかのように、ここを待っていたのだ。

 そして、彼女、咲良先輩はある物を挙げるとこう質問をする。


「あなたのお探し物は、これかしら?」


 もの、とは亮のスケッチブックだ

 あの模様、形、間違いない。自分のだと。

 亮は青ざめた表情で彼女に懇願する。


「返してください!それは僕のです!」

「……いいわ。しかし、条件がある」

「条件は、なんですか?」

「……そうねえ。何にしようかな?」


 咲良先輩楽しそうにスケッチブックのページをペラペラと開くと、亮の表情はますます真っ青になっていく。

 その中には決して人には見られて欲しくない絵が集まっている。深夜アニメで放送したアニメを模倣して描いたもの落書き集がある。

 芸術とかけ離れた、深夜アニメ、日本サブカルチャー、オタク文化の絵、二次創作の絵が大量にある。自分の黒歴史ノートだ。

 そんなものを他に知られたら、どんな目をされるか、知らないと、亮は手の震えを抑えながら覚悟を決めた。

 震えた声で主導権を握る咲良先輩に恐る恐ると尋ねる。


「僕に、何をすればいいのですか?」

「……わたしのお遊びに付き合いなさい」

「はい?」


 咲良先輩が怪しげな回答をすると、亮は首を捻る。

 一体、お遊びとはなんのことか、気になった。

 もしかすると、自分を恥さらしのためにお遊びに付き合いされるのか?

 ともあれ、亮は彼女の言葉には逆らえない。ここは大人しく、彼女の言うことを聞こう。

 と、亮が覚悟を決めると咲良先輩は再び口を開く。


「日曜日朝9時。東京国際展示場駅で集合ね。わたしのお遊びが終わったら、このスケッチブックを返すわ」

「行けば、返してくれるのですか!?」

「ええ。わたしは嘘を言わない主義よ」


 そういわれると、亮はほっとするように胸を撫でおろす。

 彼女はこのスケッチブックを返してくれる。それだけで十分だ。

ただ、どうして場所が「東京国際展示場駅」なのかがわからない。そこは展覧会が開催される場所では?

 亮は顔を渋くしているとこと、咲良先輩はこのスケッチブックを自分のカバンにしまった。そして亮とすれ違うように階段を下りていく。


「でも、このスケッチブック素晴らしいわね。あなたの絵、好きよ」

「え……?」


 素っ頓狂な表情をする亮。


(……さっき、咲良先輩が自分の絵を褒めたのか?)

 

 あの落書きを褒めてくれた?

 自分が楽しくて描いた絵。

 誰にも見せられずに、描いた絵。

 罵られると思ったが、褒められる。そんなことをされたら、嬉しくて堪らないのだ。

 言語化できない嬉しさに、亮は涙いっぱいだった。


「あ、いた!亮!」


 そんないいムードになった時に、亮は背後から呼ばれていることに気付く。

 読んだ人はすれ違った人とは違い、彼女はオレンジ色を揺らせながら、青い瞳でこちらを見る。

 無意識に、亮は呼ばれたミチルと目を合わせる。

 すると、手を振って笑っていた彼女の顔はが強張る。


「亮……泣いているの?」

「え……」


 その言葉で亮は自分の失態に気づいた。


「咲良先輩。もしかして、亮をいじめませんでした?」

「いいえ。わたしはただ挨拶しただけよ」

「ミチル!違うだ!咲良先輩は何もしていない!」


 慌ててミチルを止める。

 ……しまった!嬉しすぎて、涙が出てしまった。


「え、えっと。めだ、目に埃が入っただけだ」


 両手でパタパタとふり、元気をアピールする。

 そんな様子にミチルはジト目を送り、咲良先輩を一瞥する。

 亮はにっこりと笑みを浮かべ、大丈夫だ、とアピールする。


「ふうん。そうなんだ」

「だから、何でもない!」


 やっと、諦めてくれたのか、ミチルはいつも通りの顔になり、にぱあと花を咲かせた。


「ごめんなさい。どうやら、私の勘違いでした」

「いいのよ。誰でも勘違いはあるのですから」


 咲良先輩は何事もなく歩いていく、丁度ミチルにすれ違った時に、彼女は小さい声でこう呟く。


「コミ2、次のイベント潰してやるわ」


 咲良先輩はその忠告を聞かず、目線を一瞬ミチルに向ける。そして、何もなかったようにその場から去った。

 亮は階段を降りて、ミチルの方に歩いていく。


「あれ?さっき、先輩に話しかけなかった?」

「んー?なにもないよ?」

「そうか、僕の勘違いか」


 亮は胸を撫で下ろす。

 二人が喧嘩することなく、穏便に終わってよかった。

 すると亮は、ミチルのことを思い出し、あ、と声を上げてからミチルに尋ねる。


「僕に用があるんだっけ?」

「あーうん。あるよー。でも、亮こそ用事はない?この後大丈夫?」

「僕のようはもう終わった。だから、大丈夫だよ」

「なら、よかった」


 ミチルはそう言いながら、へへへと笑みを浮かぶ。


「ねえ、わたしの新作を見てよ!昨日、出来たばかりなんだ」

「わかった。見てみるよ」

「やったー」


 と、ミチルは嬉しそうにする。

 そんな喜んでいるミチルを見ていると、亮もホッとする。

 そのまま二人は美術室へと向かったのだ。


「ジャン!これがわたしの新作。『教室』」

「……っ!?」


 一眼見て、亮は息を詰まらせた。

 ミチルの絵画はいつもと同じく素晴らしかった。写実絵画、教室を写真のように描いたのだ。彼女の絵画は素晴らしく、リアルよりリアル感を肌で感じる、言葉が足りないぐらい凄かった。

 絵画は現実よりすごく綺麗に感じる。それはミチルの技量なのだろう。

 亮は彼女の才能に嫉妬を覚える。

 だが、同時に自分が惨めに感じる。

 彼女がすごく技量を上げるために毎日、美術を真剣に向かい合っているのに、自分がヒソヒソと落書きをしている。

 自分が惨めで仕方がなく、亮は感じたのだ。


「……ぼく、やっぱり帰るよ」

「え……どうして」

「ごめん、少し疲れちゃった」


 亮は逃げるようにミチルから顔を背ける。

 そのまま扉の方へと歩く。

 丁度、扉がドアに当てたときだ。

 ミチルが誘い出す。


「あ、そうだ。今週の日曜日、前約束していた美術館に行かない?」

「今週の日曜日……」


 ふと、亮は彼女の方を向ける、

 そして、予定を思い出す。

 咲良先輩と約束した用事だ。

 ……午前9時にて、国際展示場駅前での集合。

 そうしなければ、そのスケッチブックを返してもらえない。

 ミチルとの約束はできない。


「……都合悪かった?」

「ごめん、僕その日は約束があるんだ」

 

 悔しいけど、亮は素直に断った。

 あのスケッチブックを取り戻さないといけない。自分の恥をこれ以上晒さないようにしないといけない。


「ふうん。誰と?」

「咲良先輩と……」

「そうか、残念だね」


 素直に答えると、ミチルは残念そうに、口にする。

 亮は罪悪感を感じ、どこかで埋め合わせを作りたい。

 最後に、亮は「じゃあ、ぼくは帰るね」と言い放ち、その場からさる。

 金曜日の廊下はいつもとは違い、静謐感が漂う廊下だ。

 そのまま廊下を出て、下駄箱で履き替える。

 校門を出ると、太陽がまだ光り輝いていた。

 夕方にはまだ時間がある。どこか、気晴らしにゲームセンターでも行こうかと思う亮は、繁華街へと向かった。

 そのゲームにハマり、帰りはいつもより少し遅くなってしまった。

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