第8話 遺骨に霊魂の依り代を…

 この世界の実情を知ってもらうには、人々と話しをする事が一番だろうとルトアは進言し、莉拝りはい心咲みさきは頷いた。


 そこで、ルトアが殿しんがりを務めて民家へ入り、ひとの有無と安全を確かめる。それを何度か繰り返せば、次の街へ行くことにした。


「少し、入り口で待っていろ。室内なかを確かめてくる」

「はい。お願いします、ルトアさん」 美咲は、笑顔を送った。


 レンガのような壁の上を見上げれば、窓が見えた。

この民家は2階建てのようだ。他の民家と比べると やや 大きかった。



 しばらく待っていると、道の向こう側から子どもが こちらへ 向かって歩いてくるのがわかった。かなり痩せてはいるが、6歳か7歳くらいだろう。右手に麻布で出来た袋をぶらぶらと揺らしながら。


 心咲は、その少年が気になって近寄っていった。

莉拝は、どこか寂し気な雰囲気を醸し出している少年を見て、思った。


(なんで、こんな所を子どもが歩いているんだ?)


 ふたりは、子どもと思って気をゆるし過ぎていた。


 ・子どもだから、悪意はないだろう

 ・子どもだから、襲われることはないだろう


 そして、

・子どもが困っているのなら、助けてあげなきゃ という慈愛があった。

 善意でもボランティアでもなく、それが慣習であり当然の行動だった。


 心咲は、少年と同じ目線になる為に腰を落ろした。

見るからに微笑ましい光景に、莉拝は心の荷が少し下りる感じがした。


「ぼく、こんなところで、どうしたのかな?」心咲は、は優しく質問した。


 少年は、無言で麻袋を差し出してくる。

「これ、くれるの?」 心咲は嬉しそうに受け取った。


 その顔に釣られたのか、少年も笑顔になる。

「なにかしら? 開けていい?」 好奇心に胸を躍らせた。


 少年は頷く。紐を解き、袋の口を開けた。



 そのとき、 ――バッン! と短い音が空を震わせた。


 

 麻袋が爆発し、何百もの針が 四方八方に 炸裂した。

それは、太さ2㎜、長さ10㎝ほどの 釘のような先端をした はりだった。


 その針の多くは、心咲と少年に突き刺さり、道や壁にも飛び散った。



 ――莉拝は、呆然と眺めた。目の前で起きたことが、信じられなかった。



 その音に驚いたルトアは、急ぎ民家から飛び出して来る。

「どうしたッ?!」 


 嫌な予感が、莉拝の無事を確認し杞憂に終わった。

 だが、莉拝が指差した 先を 見て、愕然とする。


 彼女の全身を無数の針が貫通し、服を血で染めあげていた。また、何本かは骨を貫通できずに突き刺さっていた。なによりも、1番酷かったのが顔面だ。耳を裂き、頬を裂き、頭蓋が針で埋まっていた。


「何があったッ!!」 問う、ルトア。


 答えられない莉拝に苛立ち、心咲へ駆け寄る。


 ルトアは急ぎ、その針を引き抜く。


 だが、最悪の状態が待っていた。

何本かがまぶたを貫き、脳にまで進入してしまっていたのだ。


「チッ」と小さく舌打ちをする。自分の判断が間違ったことを後悔する。


 男が発した『遊びゲーム』という言葉。

『人狩り』のことだったのか、と今更ながらに理解した。


「おい! 早く中に入れッ!!」

「でも、子どもがまだ……」


「即死だッ!」

「……………そんな………」


 顔の半分の肉が剥がれ、手足は吹き飛び、肉片が散らばっていた。


「…………なんで………」 こんな事が起こるんだ、とは続けられなかった。


 ルトアが、心咲を抱えて民家へ入って行く。

 莉拝も心咲を心配して、後に続いた。


 心咲を床に寝かせると、再び針を抜き取る作業をはじめる。


「おい、貴様。なぜ、不用意に子どもを近づけさせた。

 あれほど、注意しただろうが」


 ルトアの苛立ちが、伝わってくる。

莉拝は、何も言い返せずに、ただ こうべを 垂れるだけだった。


 ルトアは無視をされたと思い。さらに声を大きくする。


「こんな場所で、子どもがひとりで歩くわけがないだろうが」

「で、でもよ…。あの子、まだ子どもだったんだぜ。

 なのに、あんな事をするなんて……考えらんないだろ!」


 莉拝は、この世界のことを把握しているわけではなかった。

恐らく、ルトアが莉拝の腕を治すところを誰かに見られていたのであろう。

目的は、ルトアの『力』である可能性が高い。だが、あまりにも不注意である。


「この街が飢餓きがで苦しんでいることぐらい、すでに理解していると思っていたが」


 そういうと、ルトアは抜き取った針を莉拝の足元に投げる。


「覚えておけ。子供を使った犯罪はよくある事だ。恐らくは、家族を人質に取られたか、[麻薬] の味を覚えさせて、爆弾代わりに使われたのだろう」


「そんな……。だれが、そんな惨いことを……」

「いずれわかるだろう。我々が狙われいるのは、明白だからな」



「その、……。花牟は、助けられるのか?」

「やれるだけの事は、やってやる。だが、貴様の右腕を治したときに『神力しんりき』を多く使ってしまった。『神力しんりき』が回復まで24時間はかかるだろう。それまで、彼女の精神が持てばいいが―――」


「お、おい。どういうことだ? あんたの魔法で治せないのか?」

「魔法ではない。『神力しんりき』だ。天使は魔法を使えない」


「そんな……」

「それに、この針には神経毒が塗られているようだ」


 ルトアは針を抜いて、莉拝に見せる。


「いまは、全身に毒が回っているから 細胞が麻痺しているが、時期に激痛に変わるだろう。それに、不死の身体ゆえに回復が早い。身体の内部に埋まってしまった針を探し当てるのは、ひと苦労しそうだ」


 そう。心咲にとっては、爆発の威力が足らず、肋骨に突き刺さってしまっていたのだ。そして、厄介なのが―――。


「それだけではない。瞼を貫通して、脳にまで達している針がある。これは、頭蓋を貫通できずに中で曲がってしまっているようだ。『神力しんりき』を使って、引き抜くのは危険すぎる」


「それじゃあ。ずっと、刺さったままにするのかよッ?!」

「それも出来ない。そのままにすれば、脳に影響が出る。

 つまり、本来の [花牟 心咲せいかく]を取り戻して、生きることが出来ないということだ」


「いったい、どうすれば……」



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