私の存在証明

月丘

プロローグ

 薄寒い風が未だ吹く四月六日。

 君野詠美きみのえいみは入学式のために整えた髪を気にしながら歩く。春一番の風によって詠美の腰まで伸びた髪が靡く。黒い艶が太陽の光に反射する。道端の桜並木からも薄桃の花びらが舞う。朝に弱い詠美が苦労して分けた前髪が揺れる。春一番が吹く日から始まる詠美の新生活――。

 この桜並木を通り過ぎるとその舞台が見える。ところどころ塗装が剥げた煉瓦造りの校舎が詠美を迎える。校門の周りには新入生と在校生の生徒会の人たちが集まり、校舎の中が見通せない。詠美は真新しい縦長のリュックを前に持ち、事前に配られた名札を取り出す。プラスチック製のケースに自分の名前が書かれた紙が包まれている。

 昨夜。筆先が震え、拙くなってしまった筆跡で書かれた自分の名前。

『高等部一年 君野詠美』

 これから始まる高校生活に胸を躍らせ、名札を首にかける。

 人の多さに戸惑っていると、

「新入生ですか?入学おめでとう!講堂で式が行われるので集まってくださいね。10時開始なのでそれまではゆっくりしてください。」生徒会役員と思われる腕章をつけた人に声をかけられた。

「あ、はい。あ、ありがとうございます。」咄嗟に出た声は裏返っていて自分の声とは思えなかった。

 そんな詠美に生徒会役員の人は柔らかな微笑みを残して別の人に声をかけるために去っていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る