第5話(2)待ち伏せ

 亜門と瑠衣は建物の前に並んで立つ。亜門が呟く。


「普通科の他にもこれほど立派な体育館があるとはな……流石はマンモス学校だ」


「あちらが空いているし」


 そう言って瑠衣が体育館の隣の建物にスタスタと入っていく。


「ちょ、ちょっと待て……ったく、仕方が無いな」


 亜門はため息をついて瑠衣の後に続く。建物に入った瑠衣は周囲を見回す。


「ここは……?」


「道場だろう。柔道部が使うところか……!」


「!」


 複数の屈強な体格の男が亜門たちに襲い掛かる。


「ちっ! 先手を取ったつもりが迎えうちか!」


「うおお!」


「ふん……ぬおっ⁉」


 男たちの突進を完全にかわしたつもりだった亜門だが、拳が繰り出されたことに驚く。


「ちっ! 避けやがったか……」


「な、なんだ⁉」


「考える余裕は与えん!」


「くっ!」


「そらっ!」


「おっと!」


 男たちの繰り出してくる攻撃を亜門はなんとか回避する。


「ちぃっ! この色男、なかなかやりやがるぜ……」


「だが、追い詰めたぞ!」


「む……」


 亜門は道場の壁に背をつける。男たちは笑みを浮かべる。


「ふん、もう逃げ場はないぞ……」


 亜門は考えを巡らす。


(ちっ……しかし、なんだ、こいつらの体術は? 柔道ではないようだが……)


「動きから見て恐らく……『魂羽闘参歩コンバットサンボ』でござろう」


「なっ! 人の思考を勝手に読むな! ござるニン女! っていうか、どこにいる⁉」


「ここでござるよ!」


「⁉」


「い、いつの間に⁉」


 瑠衣が道場の天井に逆さまの体勢になってぶら下がっていることに亜門も男たちも度肝を抜かれる。


「お、お前、上から高みの見物を決め込むな! ぼうっとしてないで援護しろ!」


「ぼうっとしていたわけではござらん!」


「何⁉」


「屈強な男たちに力強くで抑え込まれる寸前の美男子に興味深々だったのでござる!」


「ふ、ふざけるな!」


「冗談でござる!」


「お前の場合、どこまでが冗談か分からん!」


「なにを悠長にしゃべっていやがる!」


「やっちまえ!」


「むっ!」


「『ぶっかけパウダー』!」


 瑠衣が魂白刀を振って、天井から道場全体に粉をまき散らす。


「うおっ!」


「こ、粉で視界が……」


「はっ!」


「ぐはっ⁉」


 亜門が魂旋刀を振るい、男たちの魂力を吸い取り、男たちは崩れ落ちる。


「お持ち還りだ……」


 亜門は刀を鞘に納めて呟く。瑠衣が床に着地してうんうんと頷く。


「美男子は粉まみれでも絵になるニン!」


「お前のこの技、なんとかならんのか……?」


 亜門は粉を払いながらぼやく。


「……ここはプールか」


「そうですね。体育科専用のプールです」


 仁の呟きに四季が頷く。


「ここを通った方が近道なんですね?」


「情報によればそのようですね」


「ならば早く行きましょう」


「そうは行くか!」


「どわっ!」


 脇から飛び出した競泳水着姿の男女たちに突き飛ばされ、仁たちはプールに落とされる。


「ふふっ! プールに落とせばこっちのものだ!」


「やってしまえ!」


「ぶはっ! ま、待ち伏せか⁉」


「どうやらその様ですね」


 水中から顔を出して叫ぶ仁とは対照的に四季は冷静に呟く。


「行くぞ! 『魂目こんめ』!」


「な、なんだ! うわっ⁉」


 仁は男に両手で叩かれる。続いて別の男に足をすくわれる。


「まだまだよ!」


「ぬおっ!」


 仁は女に体をひっくり返される。水中で動きが思うように出来ない仁は困惑する。


「ははっ! 手も足も出まい!」


「こ、これは⁉」


「どうやら水泳の個人メドレーのことを『コンメ』と略すそうですね。バタフライ、平泳ぎ、背泳ぎを模した攻撃を立て続けに喰らっています……」


「す、すると最後は⁉」


「お察しの通り、自由形でフィニッシュです……」


「くっ……ならばこちらは犬かきで!」


「落ち着いて下さい。有効な対応とは思えません……」


「竹村先輩、魂昔物語集でなんとかなりませんか⁉」


「生憎、水に濡れてしまったので……なんともなりません」


「ええっ⁉」


「なにやらべらべら喋っているようだが、これで終わりだ!」


 仁たちを包囲する男女が一斉にクロールの体勢に入る。仁が動揺する。


「ど、どうすれば……!」


「今は昔、駿河国に私市宗平という相撲人あり……」


「どわっ⁉」


 四季は自分たちに群がってきた男女をバッタバッタとプールサイドに投げ込む。


「川の中で襲ってきた鮫を軽々と投げ飛ばした相撲取りの話を思い出しました……案外なんとかなるものですね。外國君、とどめを」


「は、はい! お持ち還りだ!」


 急いでプールサイドに上がった仁が魂棒を振るって、相手の魂力を吸い取る。


「……仕掛けたつもりですが、待ち構えられていましたね。ならばあの厄介な方も……」


 ゆっくりとプールサイドに上がった四季が顎に手を当てて呟く。


「くっ……」


「ちっ……」


 グラウンドで超慈とステラが膝をつく。超慈が呟く。


「は、速い……」


「ははは! 遅えよ!」


 夕暮れのグラウンドに高らかな笑い声が響く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る