第1話(1)入学式の自己紹介

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 話はその日の午前中に戻る。入学式を終えた新入生たちが、自らが振り分けられたクラスに向かい、新たなクラスメイトたちに向かって自己紹介を行うという、どの学校でも定番な光景である。眼鏡の少年の出番が回ってくる。眼鏡の少年は人並みに緊張し、さらに前日あまり眠ることが出来なかったということもあり、妙なテンションになっていた。


「えっと……静岡からきました。優月超慈ゆつきちょうじです!」


「静岡?」


「普通科に越境って珍しいな……」


 ひそひそと噂話が聞こえてくる。超慈はこういうのは最初が肝心だとばかりにインパクトのあるコメントをしようと高校デビューでありがちな失敗の地雷を踏んでしまう。


「高校では『合コン三昧の実りある生活』を送りたいです! よろしくお願いします!」


 超慈は勢いよく頭を下げるが、拍手の音はまばらである。妙に思った超慈が顔を上げると、周囲(主に女子生徒)の冷たい視線に晒されていることに気づく。超慈は面喰ったが、とにかく席につく。その後も自己紹介は続くが、自らがやらかしたことに気づいた超慈はほとんどうわの空であった。気が付くと、周囲の生徒たちが移動し始めている、何事だろうか。教員の話を全く聞いていなかった超慈は慌てる。


「もう一回、体育館に行って、『部活動紹介』だってよ、面倒くせえよなあ?」


「え?」


 超慈の前に茶髪の坊主頭の少年が立っている。制服の白ワイシャツの下には柄付きのTシャツだ。校則を素直に守るタイプではないようである。坊主頭が笑う。


「いや~あそこは『彼女募集中です!』とかの方が無難だったと思うぜ?」


「む……」


 超慈は唇を尖らせる。坊主頭はポンポンと超慈の肩を叩く。


「まあ、欲求に素直なのは嫌いじゃないぜ、ドンマイ。まだまだ初日、全然取り返せるさ」


「……あ、ありがとう」


 単に自分をからかう為に声をかけてきたわけではないことが分かり、超慈は礼を言う。


「それじゃあ、行こうぜ、体育館」


「あ、ああ、えっと……」


外國仁とつくにじんだ、岐阜県からきた。つまり俺も越境組だ、よろしくな」


「あ、ああ、よろしく、外國くん」


 超慈は慌てて立ち上がり、坊主頭の差し出した手を握る。体格は似たようなものだが、がっしりとしていることが窺えた。坊主頭は笑う。


「仁で良いよ。俺も超慈って呼んで良いよな?」


「あ、ああ、構わないよ」


 仁の言葉に超慈が頷く。


「……邪魔だ、どけ、ナード」


「!」


 超慈の机の脇をやや明るい髪の色をしたマッシュルームカットの男が通り過ぎようとする。端正な顔立ちをした長身のマッシュルーム男は再び口を開く。


「聞こえなかったのか? そこをどけ、ナード」


「ナ、ナードってもしかして俺のことか?」


 超慈が尋ねる。マッシュルーム男が興味無さげに答える。


「他に誰がいる?」


「ナードって知っているぞ。アメリカのスクールカーストで言う『オタク』のことだろう? 誰がオタクだ、誰が!」


「ボサボサの頭に眼鏡、ピントのズレまくった受け狙いの自己紹介……これでオタクでないと言い張るのは無理があるな」


「なんだと……これでも俺は地元ではなあ、結構鳴らしたもんだぜ?」


「今度は虚勢を張るのか? ダサさの歯止めがかからんな」


「なにを⁉」


「おおっ! やめとけ、やめとけ!」


 マッシュルーム男に食ってかかろうとした超慈を仁が慌てて止めに入る。


「ふん……」


 マッシュルーム男がその場を去り、教室を後にする。超慈が憤然とする。


「な、なんだよ、あいつ⁉」


「あいつは礼沢亜門れいさわあもん。この愛知県で結構有名なお寺の子だな」


「知ってんのかよ?」


「中学時代から名古屋のファッション誌にはよく登場していたからな、あのスタイルとルックスだ。うちの中学でも人気だったよ」


「ちっ、人をオタク扱いしやがって……俺だって好きで眼鏡かけているわけじゃねえよ。この偏差値の高い『愛京大付属愛京高校あいきょうだいふぞくあいきょうこうこう』に受かる為に半年間、必死で勉強してきたんだ。そりゃあ視力も低下するってもんだろう!」


「ま、まあ、その辺りは人それぞれだと思うけど……コンタクトは付けないのか?」


「……用意はしてあるけど付けるのが怖い……」


「あ、そう……」


 超慈の思わぬ返答に仁が戸惑う。


「コンタクトさえ付ければ、イメチェン出来るかな?」


「どう思う?」


 仁は近くに立っていた金髪ギャルに声をかける。ギャルは驚きながらも答える。


「ま、まず、欲望むき出しの挨拶に皆引いているし!」


「その割に君は近くに来ているね?」


「た、たまたまだし! さっさと移動するニン!」


 ギャルはその場を去る。超慈が首を傾げる。


「……ニン?」


「あの娘は鬼龍瑠衣きりゅうるいちゃん……自己紹介でも~ござるとか言って、失笑を買っていた。俺の読みだといわゆる高校デビューってやつだな……超慈、高校デビュー失敗同士、案外気が合うかもしれねえぞ?」


「失敗認定早えよ……とにかく移動しようぜ」


 超慈たちは体育館に向かう。仁が尋ねる。


「超慈は部活決めてたりすんのか?」


「ああ、もちろん」


「え? は、早えな……」


「難関の試験を突破して、この高校に来たのは理由がある! 『合コン部』に入る為だ!」


 超慈の言葉に仁が思わず噴き出す。


「そ、それって、ネットの噂だろう?」


「む……」


 部活動紹介が始まり、終わりに差しかかったところ……。


「……続きまして『合コン部』の紹介です」


「ほら見ろ! あるじゃねえか!」


「マ、マジかよ……」


 超慈は待望の、仁は驚きの眼差しで壇上を見つめる。杖をついて歩く、紅髪のストレートヘアーで右目を隠した凛としたスレンダー美人がマイク前に立ち、話を始める。


「え~新入生諸君、ご入学おめでとう。合コン部部長の灰冠姫乃はいかぶりひめのだ。疲れていると思うから手短に説明させて頂く……」


「ま、まさか本当にあるとはな……しかも部長さん超美人じゃん、始まったな……」


 超慈は顔のにやつきを必死で抑える。部長はよく響く声で説明する。


「まず『合魂』とはお互いの魂を合わせ……」


「ん?」


「魂から生じる波動を導く! これこそが『合導魂波ごうどうこんぱ』だ!」


「ええっ⁉」


 美人部長からよく分からない言葉が飛び出し、超慈は驚く。


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