第31話 桔梗31
成功した吸血鬼の村。
日本のどこかにある、吸血鬼たちが住む地域。
成功が、そこの住人たちをみんな追い出した、もしくは吸血鬼にしてしまったという意味だとしたら、なんとも不穏な話に思える。
周囲に同族しかいない状況は生活しやすいはずだ。人目も気にしないで済む。
ただ、私が見た限りでは、現代の吸血鬼たちが、人の世から隠れてひっそりと生きているようには思えない。あまり人間と変わらないような気さえする。吸血鬼が集まって住むことのメリットは、大きいだろうか? 都会に住んでいたほうが食料を得やすいのに。
まあ、これは私の勝手な想像なので、吸血鬼たちにとっては、同族だけで住んだほうが安心するのかもしれない。
本物の吸血鬼とその眷属たちで一つの村を形成すれば、団結力も強くなるだろう。
歳を取らないことがバレないように、住んでいる場所は定期的に変えなければならないから、永住の地には憧れるのかもしれない。
そういえば、食事は人間以外の血液でも大丈夫なのだと伊織さんから聞いたことがあった。美味しさは段違いらしいが、それを気にしなければ、野生動物でまかなえる。
村に近づいた者を攫ってきて、その血液を分け合う、というホラー映画な行為をしていると、村の存在が発覚しかねないから、そのほうが安全だ。
どこかにあるという理想郷を目指すよりは、自分で作ったほうが早いだろうか。インフラをどうするかが問題だ。どこかの村なり町なりから住人を追い出すのか。
やはり不穏な話だ。
そう考えると、消えた迷子たちで吸血鬼村を作るというのは、荒唐無稽な気もしてくる。
夜のうちにアザミさんから連絡があった。
現在は
経緯については不明。
私が
対応したアザミさんによれば、二人とも目立ったキズはなし。だが彼らの場合、多少の傷ならすぐに治ってしまうから、受傷後、治癒した状態だった可能性はある。
永廻恭子の衣服の破れや汚れについての懸念はあったが、二人とも非常に落ち着いていて、受け答えもしっかりしていたそうだ。
すぐにでも話を聞きにいきたかったけれど、相手は未成年者だ。容疑者でもない。だから、朝になるまで待つことにした。事情が早くわかったところで、大きく事件が動くことはない。
迷子から吸血鬼になった理由はなんだろう。
まずは考えられるのは、そもそも吸血鬼になりたかった。
これは永廻恭子には当てはまらない。迷子になっていることすら気づいていなかったからだ。
けれどあの日、彼女が探しているという友人に遭遇して、なんらかのやりとりがあり、吸血鬼になることを望んだ可能性はある。
友人はそのサークルに関係しているようだし、もし吸血鬼村を作るのであれば、村で一緒に暮らさないかと彼女を誘うこともありそうだ。結局、永廻恭子は残ったのだから、違うだろうけれど。
それとも私はすっかり騙されていて、彼女も首謀者の一味なのだろうか。
次に考えられるのは、吸血鬼になることで使える能力が必要になった。
こちらのほうがあり得そうだ。
森咲トオルが冴島理玖の助けるために本物の吸血鬼になったように、彼女も誰かを、もしくは自分を助けるために道を進んだ。
神様が現れて戦闘になったのなら、加勢するためだったかもしれない。森咲トオルは最終的にあんな状態になっていたのだから、五分五分の戦いではなかっただろう。
彼女が吸血鬼となり戦闘に加わることで、神様を退けたのかも。
だとすると、やはりあのとき、公主の部屋に留まるべきだった。
人質状態だったとはいえ、差し迫った身の危険はなかったのだから。
もしあの部屋に神様がきてしまっていたとしても、公主と森咲トオルで応戦できていただろう。
もう一人戦闘要員が必要になっていたとしても私がいた。
私が代わってあげられたはずだ。
病院に着いたのはお昼過ぎだった。
一足先に伊織さんが、永廻恭子に会っていた。着替えの服と、あと彼女の状態を確認してくれたのだ。
間違いなく吸血鬼になっている、ということだった。
重い気持ちで病室へと向かう。
エレベーターをおりて、左右を確認すると、談話室に永廻恭子の姿が見えた。
大きな窓からの日差しが眩しい。
色の白さが目をひいた。
日の光で透けて、向こう側がうっすら見えそうだった。
こんなに色白だっただろうか。
入院着を着ている。華奢な肩が頼りなく見えた。
広い談話室の中で、ぽつんと座っている姿は所在なげで、取り残された子供のようだった。
事実彼女は子供だし、それに、取り残されたというのも間違ってはいない。彼女はこれから取り残されるのだ。家族や友人たちから。
彼女の時間は止まってしまったのだから。
周囲に吸血鬼たちがいる身として、一方的にそれを悲劇だということは憚られる。
それでも、やはりそれは寂しいことだと思った。
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