第6話 桔梗6
住所の場所へ移動しようとして、はたと気づいた。
昼間なのだから会えるはずはない。
今日の日没時間を調べると十八時過ぎだ。
まだ六時間も待たねばならない。
緊張している時間をできるだけ短くするために、すぐにでも向かいたかったが仕方がない。
私は昼食をゆっくりとり、その後は図書館に行って、メモに書いてある住所を地図で調べた。
周辺の建物や駅などの位置関係を大きな地図で見たかったのだ。
メモも用返却だし。
一度行った場所を忘れることはないから大丈夫だと思うけれど、情報というのは多いに越したことはない。
都心にあるグループホーム。
高級住宅街にある邸宅。
そして廃校。
ネットで写真も確認した。
見る限り位置関係に特別な意味はなさそうだ。
取り急ぎ説明だけされて放り出されてしまった感がある。
もう少し引き継ぎ的なものを期待していたが、アザミさんがこの任務を負っていたわけではないのかもしれない。
もしくは引き継げるほどの積み重ねがない、つまり新しい仕事という場合もあるだろう。
僕らのことを快く思っていない者もいるとアザミさんは言っていた。
前任者が消えたので私がその代わり、という状況でなければ良いのだが。
五時まで図書室で過ごしてから、まずはグループホームへと向かった。
施設を調べたところ、面会時間が七時までとなっていたからだ。
どうやら実際にグループホームとして運営されている施設らしい。
グループホームとは、中等度までの認知症と診断された高齢者が、介護サービスを受けながら少人数で共同生活する介護施設である。
いかれ帽子屋。
この吸血鬼だけは一般的な名前も併記してあった。
昼間動けないのだから、スタッフではない。この名前で入所しているのだ。
人の世に紛れてひっそりと生きる吸血鬼。そんなイメージからかけ離れている。
真正面から警察だと名乗って入るわけにもいかず、どう入るべきかアザミさんにお伺いを立てようと電話を取り出したところで声をかけられた。
振り返ると感じの良い青年が立っていた。
中世的な顔立ちだ。
私よりも年下だろう。
ラフな服装をしている。
「どうされました?」
不審者だと咎められるのではと思ったが、青年の表情はやわらかい。
「いや、あの面会に来たんですが、勝手がわからなくて……」
「僕もそうなんです。一緒に入りましょう。どなたのご家族なんですか?」
「家族ではないんですが……」
メモに書かれた名前を口にする。
青年は笑顔のまま動きをとめた。
雰囲気が変わった。
ミスだった?
はぐらかせば良かった?
「偶然ですね。僕の面会相手もその人なんですよ」
面会に来る家族が吸血鬼にいるはずもない。
彼は誰だろう?
誰の可能性がある?
会ってはいけない人だった?
この建物は大通りに面している。
大丈夫。何かあっても逃げられる。
視線だけで退路を確認する。
すぐにでも走れるように、姿勢を変える。
「あ、逃げようとしてますね」
青年は自然な動作で私の腕をそっと掴む。
「え?」
強く掴まれているわけでもないのに、振り払えない。
そして青年は、私を見て、息を吸い、そして噴き出すと、そのまま大笑いし始めた。
「いやぁ、すみません、あなたがあまりにもシリアスな顔するものだから」
笑いながらそう説明される。
「あ、いえ、こちらこそ、すみません」と私も意味なく謝った。
青年は伊織と名乗った。
二人で中に入ると、彼は受付の人と軽く話してからこちらに戻ってくる。
受付の人は笑顔だ。
彼は入所している祖父の面会に度々やってくる孫、ということになっているらしい。
きっとよくできた孫だと、好意的に思われているのだろう。
「俺は定期的にここにきて、まあ、世話みたいなことをしてるんです。食事とか」
人間と一緒に暮らすとなると、そこが一番のネックになる。人を襲うわけにもいかない。
「俺の残りを持ってきてるだけなんですけどね」
これは内緒ですよ、と伊織くんは冗談のように言う。
そう、彼もやはり吸血鬼なのだ。
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