第4話 桔梗4

 荷が重すぎやしないか。

 警察官になってまだ数年なのに。


 もちろん口には出さなかったが、おそらく表情にはあらわれていたようで、アザミさんは私を見つめて困った顔をした。


「あのときは、たまたま遭遇しただけで、しかも捕まえたわけでもありませんし。あの、今後は、ああいった者たちを捕まえるような任務なんでしょうか?」


「なんだ、きみはそんな心配をしていたの? 大丈夫だよ、おかしな部署とはいえ一応公安なんだから、派手な捕物帳はないよ」


「安心しました」


「そういった班がないとはいえないけどね。刑事部なんかが捕まえるまではしてくれる。我々の仕事があるとしたらその後だ」



「先程、半端な吸血鬼とおっしゃりましたが、吸血鬼にも種類が?」

「うん。三種類いる。いや、三段階って言ったほうが良いかな。まずは、第一段階、これは、吸血鬼になりかけている状態」


 アザミさんが指を一本伸ばす。そしてその指を見ながら「まだこの段階では人間といって良い」と言った。


「吸血欲があったりするが、特殊な能力があるわけでもない。しばらくすれば人間に戻る。そこから第二段階に進む者もいるけど」

「人間に戻れるんですね」

「そう。不思議だよね。聞いた話によると、段階を進めるかどうか、彼らは自分で選択するらしい」


 つまりは自ら望んで吸血鬼になるということか。


 アザミさんは二本目の指を伸ばしたり曲げたりする。


「そして第二段階。これはきみが会った吸血鬼がそう。この段階から血液を糧にするようになる。第二段階は日中でも歩き回れて、人間よりも運動能力が高いが、空は飛べない。変身もできない。この層が一番多いから吸血鬼という場合は、この段階の者をさす。彼ら自身はクロラと呼んだりしているかな」


「クロラ」

「空も飛べずに地面を這い回ってる奴らってことだろうね」


 洒落た言い回しである。でも、蔑称であるだろうから、使わないほうが良さそうだ。


「最後が第三段階。本物の吸血鬼。陽光を嫌い、空を飛び、様々な動物に変身し、強大な力を持つ。一般的な吸血鬼のイメージだね」

「陽光を嫌うってことは、浴びると砂になったりするんですよね?」

「詳しいね」

「だとすると、第二段階よりも弱くなってませんか?」


 これなら第二段階に留まるほうが生活する上では得だろう。


「そう。だから第二段階の吸血鬼が多いんだ。ただ、仲間は増やせない」

「ああ」

「他人を吸血鬼にするには、本物の吸血鬼になるしかない。だから、まあ、わりとロマンティックな理由で第三段階になる者もいるよ」


 ロマンティックな理由とは何だろうか。

 アザミさんは軽く照れ笑いをしているので、聞きにくい。


「不思議なシステムですね」

「うん。あ、ほら、たとえば吸血鬼というと、巨大な城に住んでいるイメージがあるでしょう?」


 昔読んだブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』では、古城に住んでいる設定だった気がする。


「そのお城、誰が維持してると思う?」

「え? いや、執事とかメイドとか、いるのでは……」


 小説ではいただろうか? 覚えていない。いたかもしれないが印象には残っていない。同じ吸血鬼である女性が三人くらい出てきたような気がする。

 ではその女性たちが掃除とか、もろもろしていたのだろうか。


 ドラキュラ伯爵自身が家事をしているよりは、ありそうな気はするけれど、そんなことさせられるくらいなら、城を飛び出して、その美貌で身の回りの世話をしてくれる人間を探したほうが良いのではないだろうか。せっかく吸血鬼になったのだから。


「本物の吸血鬼っていうのは力は強いけど死にやすい。寝込みを襲われたら終わりだからね。すると身近には信頼できる人物しかおけない。この不思議なシステムはそういうときにはぴったりハマる」


 本物の吸血鬼がいて、半端な吸血鬼が側近として城を切り盛りして、吸血鬼になりかけている人間が身の回りの世話をする。と、こういうことらしい。


「吸血鬼から血を授かることで、怪我が治ったりするから、人間にもメリットはあるし、何より親愛の情がお互いに芽生えるから、よっぽどのことがない限り裏切りはない。そうやって生活していた頃の名残なんじゃないかな」


 勝手な想像だけどね。アザミさんは最後にそう言った。


 信じそうになった。

 いや、アザミさんも騙そうとして話したわけではないだろうけど。


「この推測は正直仕事には関係ないから忘れてくれ」


 そう言われて、素直に頷くわけにもいかないので、とりあえず神妙な顔をした。


「主な仕事としてはね。うん、第一段階の者は保護対象だから、見つけ次第、人間に戻るまでのあいだ保護することになる。多いのは第二段階の吸血鬼による殺人、傷害、窃盗。これは通常の解決ができない場合は七課に話がくる」


 それから、どういった事柄でこちらに仕事が回ってくるのか軽くレクチャーを受けた。対応については、実際に仕事がきたときに、その都度指示があるようだ。


 そこでふと疑問が出てくる。


「なぜ公安部なのでしょうか?」


 公安部の仕事といえば情報収集と監視だと認識していた。

 刑事部の中の一部署のほうが、解決までスムーズではなかろうか。


「うん。今までの話は表向きの仕事だからさ。我々の本来の仕事は監視だからだよ。本物の吸血鬼のね」

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