迷子の回廊
黒井羊太
迷子の回廊
気付けばここにいた。何もない場所、誰も居ない場所。ただただ無機的な床と天井だけが広がる。
私は迷子になっていたのだろうか。迷い込んだ記憶もなければ、迷い込む為の道筋もない。前も後ろも、床と天井しかない。
一体どうしたら、と思考していると、ほんの一筋、匂いがする。くんくん。これは……焼き肉の香りだ。
どこから来ているのだろう。その匂いを辿って私は歩き出す。
着いた先では、盛大な焼き肉パーティが行われていた。じゅうじゅうといい音を出して焼けていく肉は、何とも美味しそうだ。それを周囲の彼らがわははと笑い声を上げながら平らげていく。
実に奇妙な光景だった。彼らは、骨しかなかったのだから。
「お、新入りか。こっちへ来い!」
彼らの一人に呼び出される。呼ばれるままに進むと、私の腹を捕まえて、そこからずるりと私の肉の全てを引っ張り出した。私はすっかり骨だけになってしまった。
「寒い」
「おうとも、寒いだろうさ。オレらも寒いからこうして肉を喰う。また新入りが来たらお前も食えるさ」
言いながら彼は私の肉を食べ始めた。彼らは骨だ、食べた端から体を通り抜けて落ちていく。
「不毛だ」
「おうとも、毛なんて無いぜ」
つるっぱげのしゃれこうべを撫で回しながらわっはっはと彼らは笑う。付き合ってられない。
私は骨のまま、彼らの群れの奥にあった梯子を登る事にした。
登った先は、また床と天井だった。
行く当てがない。そう思っていると、こつんこつんと音がした。
そちらの方へと向かっていくと、今度は骨が縦横無尽に飛び交っていた。
「うわ、何?」
「お! 新鮮な骨だ! 奪え!」
中空から声がして、風が流れる。ひゅう、と音が鳴り、私の骨はバラバラになった。
「俺んだ!」
「いや、あたしのよ!」
何も見えないけども、見にくいけども、きっとそこには醜い争いがあった。
「バカらしい。好きにして」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる見えない彼ら。誰も私の言葉なんて聞いていなかった。
私は私の体を失ったけども、ここではない場所へ行きたかった。丁度下の階のように、梯子が上へと伸びていたからそれに従って上の階へと進んでいく。
上の階には、またしても何もなかった。ただ、天井も無かった。
空から降り注ぐ光が、優しく私を包んでいく。
「お前の肉体も骨も、全て浄化された。さあ、生まれ変わるがいい」
天から声がして、生まれ変わりへの道筋が照らされた。
私は、それに従って前へと進んでいく。何もかもが、消えていく。
迷子の回廊 黒井羊太 @kurohitsuji
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