20.
「まずは”アセルニ・ジョーンズ警部”の外見的特徴を読んでごらんなさい。ワトソン博士は『四つの署名』にて”太った赤ら顔の男”と描写しているわ。さらには”膨らんだ腫れぼったい瞼の間から見える鋭い目は、非常に小さくキラキラと輝いていた”とも描写しているわ…――。
これって――”何かの動物に似てる”――と思わない?」
■20.八つの署名 -The Sign of Eight-
「あっ、それって――”ブルドッグ”――じゃないですか?」
あいり先輩の問い掛けに、めぐみが手を挙げて答える――と。
あいり先輩が、満面の笑みで「その通りよ!」とご機嫌に応える。
ふむ。たしかに俺も”アセルニ・ジョーンズ警部”と言えば――”ブルドッグ顔”――というイメージだな。
「それに対して『赤毛連盟』に登場する”ピーター・ジョーンズ警部”は、外見的特徴が一度も描写されていないわ。でもその代わりに、名探偵ホームズが”ピーター・ジョーンズ警部”の能力を、このように表現しているわ…――
”彼はブルドッグのように勇敢で、もし誰かを捕らえたら、ロブスターのハサミみたいにしぶとく離さない”――ってね?」
「――っ!!」
あいり先輩の主旨を理解して――俺のなかに衝撃が走る。
なるほど、あいり先輩はさすがに目のつけどころが良いな。
「たしかに”アセルニ・ジョーンズ警部”は――”ロブスターのような赤ら顔”の”ブルドッグ顔”――でしたっ。
そして、だからこそ名探偵ホームズは”ピーター・ジョーンズ警部”の能力を表現する際に、その外見的特徴に引っ張られて”ブルドッグ”や”ロブスター”という単語を引用してしまった……そういう考察ですか?」
「ふふーんその通りよ!」
俺の”答え合わせ”に対して、あいり先輩が腕組みしながら上機嫌に答える。
めぐみが隣の席から「すごいですっ」と拍手するので、あいり先輩のご機嫌は天井知らずだ。やれやれ……。
「これも気になるわね! ”ピーター・ジョーンズ警部”が『赤毛連盟』にて名探偵ホームズを褒める時、このような台詞を言ってるわ!――『一度や二度、”ショルトーの殺人とアグラの財宝事件”では、警察当局よりもいい線をいったことがありますしな』――ここで言ってる”ショルトーの殺人とアグラの財宝事件”って、インドのアグラで発見した財宝を隠蔽したショルトー少佐の息子バーソロミューが殺害されて、”アセルニ・ジョーンズ警部”が捜査することになった『四つの署名』事件のことじゃないかしら? これがただの偶然とは思えないわね!」
「あっ、そこは私も気になりましたっ、ワトスン先輩どう思いますか?」
あいり先輩の次なる考察を聞いて、めぐみが俺の方に話を振ってくる。ふむ。
「たしかに俺も、この”ショルトーの殺人とアグラの財宝事件”っていうのは『四つの署名』事件のことだと思うな。ただ、『赤毛連盟』はワトソン博士が執筆した四作品目の短編で、この作品より前に雑誌掲載された”ホームズシリーズ”作品は――『緋色の研究』『四つの署名』『ボヘミアの醜聞』――の三作品しかないんだ。
しかも『緋色の研究』は”グレグスン警部”たちに功績を横取りされているし、『ボヘミアの醜聞』はスキャンダラスな事件内容から表沙汰になる案件でもない。そうなると……当時のスコットランドヤードの警官が話題に出せる”ホームズの解決した難事件”と言えば、むしろ『四つの署名』事件ぐらいだったのかもしれない。
そう考えると、『赤毛連盟』の時に”ピーター・ジョーンズ警部”が『四つの署名』事件を話題に出したのは……本当にただの偶然だったのかもしれないぞ?」
「ちょっとワトスン君、わたしの”仮説”にケチつけないでくれるぅ!?」
「いつから”あいり先輩の仮説”になったんですか……」
めぐみの纏め上げたノートの内容を確認しながら、俺なりに考察を述べた後――あいり先輩にパシンッと
「ちなみにワトスン先輩、この仮説は先ほどの”スコットランドヤードの管轄地区”的にはどうなんでしょう?」
机の上に広げて置いてあったロンドン市内の地図を見ながら、めぐみが俺に問い掛けてくる。ふむふむ、そうだな……。
「たしか『赤毛連盟』でホームズ達は、依頼主である赤毛のジェイベズ・ウィルソン氏が営む小さな質屋を見るために――地下鉄『オールダーズゲイト駅-Aldersgate-』――で降りているな。
これは現在のロンドン地下鉄”バービガン駅”の旧駅名らしいから……『赤毛連盟』の事件現場は、現在のロンドン中心部”シティ・オブ・ロンドン”地区だったということになる」
「あらっ、さすが銀行強盗事件って感じね。ロンドン金融街のど真ん中じゃない!」
俺が『赤毛連盟』の収録された短編集をぱらぱら調べながら、ロンドン市内の地図を指差すと、あいり先輩とめぐみがそれを覗き込みながら「ほうほう」と頷き合っている。
「次に『四つの署名』事件だが…――これはロンドン南部の校外にある富裕層の高級別荘地”アッパー・ノーウッド-Upper Norwood-”に建てられた、退役軍人ショルトー少佐の隠居邸”ポンディシェリ・ロッジ”で事件が起きているな」
「ふむふむ。あれっ、地名は”アッパー・ノーウッド”なんですよね? ”ポンディシェリ”はどんな意味なんでしょうか?」
「あら、”ポンディシェリ”はインドの地名よ! 英国領インド陸軍にいたショルトー少佐の別荘だから、おそらく”インド風”ぐらいの意味合いで名付けたんじゃないかしら!」
あいり先輩の解説に、めぐみと俺が「おおぉ」と拍手を送ると、あいり先輩は腕組みしながら「ふふん」と鼻息を荒げる。
「それで、ワトスン君っ、”アッパー・ノーウッド”は何処なの?」
「たしかロンドン南部の”クロイドン地区”にある丘陵地帯のことを”ノーウッド”と言って、この辺りの標高が低い北側を”ロウワー・ノーウッド”、標高が高い南側を”アッパー・ノーウッド”と呼称するそうです。で、”ロウワー・ノーウッド”は現在の”ランベス区”の南端辺りにあって、”アッパー・ノーウッド”ってのは、現在のロンドン自治区”サザーク”地区の南部辺り……だと思います。」
俺がロンドン市内の地図を指差すと、めぐみとあいり先輩がジッとそれを眺める。
「ふむふむ。ロンドンを東西に流れる”テムズ川”を挟んで、時計塔”ビッグ・ベン”の対岸側――大観覧車”ロンドン・アイ”がある岸側の、もっと南側ですねっ」
「これだと『赤毛連盟』の舞台となった”シティ・オブ・ロンドン”地区とは”テムズ川”を挟んで真反対側、かなり距離も離れてるから……ひとりの”ジョーンズ警部”が担当する管轄区域としては無理があるわね!」
「まあ、もともと”ホームズ地理学”における――”登場したスコットランドヤードの警部”たちの担当管区の適合性”――に関しては不自然な点も多いと聞きます。おそらく、ホームズ達が暮らしたベーカー街の下宿先が”架空の番地”になっていたのと同様に、諸所から逆恨みされやすい”スコットランドヤード所属の警官”を守るため、あえて個人情報をボカシた可能性もありますよ」
「あっ、それってワトスン先輩が研究している『シェリングフォード実在説』に基づく、”ホームズシリーズの各登場人物にも実在のモデルがいた説”からの解釈ですか?」
「あらっ何それ、そっちも面白そうじゃない!」
いかんな。また話が脱線しそうだ。やれやれと溜め息しながら俺は言葉を続ける。
「まあとにかく、”スコットランドヤードの管轄区域”という見地に立って考察すると”ピーター・アセルニ・ジョーンズ同一人物説”には少しばかり不自然な点もありますが……外見的特徴や言葉使いが似ている点は非常に気になります。もちろん”ただの偶然”という可能性も否定できませんが……例えば、ふたりの”ジョーンズ警部”が親戚関係、それこそ――”ピーター&アセルニ・ジョーンズ兄弟説”――なんかは普通にありえるかもしれないな?」
「わっ、その考察も面白いですねっ」
「なるほど、たしかに”ジョーンズ兄弟説”でもこれまでの推測は成り立つわね!」
あいり先輩は腕組みした姿勢のまま「うんうん」と感心した様に頷く。
「とても興味深い”考察”だったわ! ところで、この”ふたりのジョーンズ警部”が…――めぐみちゃんの言ってた”おかしな警部さん”なの?」
あいり先輩の質問に対して、めぐみがふるふると顔を横に振る。
「えっと、”ジョーンズ警部”も少し関係あるんですけどっ……その”おかしな警部さん”は、もう少し後に出てきますっ」
そこまで説明すると――めぐみは机上のノートをぱらりと次頁へめくった。
「それでは続きまして、次に紹介するのが”あの教授”と直接対峙したことのある若き優秀な警官――”アレック・マクドナルド警部”――です!」
◇◆ ◇◆◇ ◆◇
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