19.<-Athelney Jones-><-Peter Jones->

 


■19.八つの署名 -The Sign of Eight-




「それでは、次に紹介するのが――”ジョーンズ警部”――です!」




 ◆◇◆


【4】アセルニ・ジョーンズ警部<-Athelney Jones->


◆『四つの署名』にのみ登場する。←???


◆ワトソン博士は『四つの署名』にて、事件現場にやって来た”アセルニ・ジョーンズ警部”のことを「だんだん近づいてきていた足音は、廊下にとどろいていた。そして、灰色のスーツを着た非常にでっぷりと恰幅のよい男が、重々しく部屋に踏み込んできた。彼は太った赤ら顔の男で、多血症のようだった。膨らんだ腫れぼったい瞼の間から見える鋭い目は、非常に小さくキラキラと輝いていた」と描写している。その外見は、まるで”ブルドッグ”みたい?


◆アセルニ・ジョーンズ警部は、民間の”私立探偵”に過ぎないホームズに対して、その腕前を認識しつつも認めたがらない。

 ふたりは『四つの署名』の事件現場にて再会すると、名探偵ホームズが「僕の事はもちろん覚えているかな、アセルニ・ジョーンズさん」と声を掛ける。するとアセルニ・ジョーンズ警部は、あえぐ様な声で「もちろん覚えてますよ!『理論家セオリスト-”the theorist”-』のシャーロック・ホームズさんじゃありませんか。覚えていますとも! ”ビショップゲイトの宝石事件”で、あなたが我々全員に原因と推察と影響について解説してくれた事は、絶対に忘れません。あなたのおかげで、警察が正しい手がかりをつかんだのは事実です。しかし、今ならホームズさんも、あれがどちらかといえば、上手く指示したというよりも幸運だったと認めるでしょうな」と、かなり失礼な物言いをしている。

 ちなみにその後も、ホームズが「あれは非常に単純な推理でしたよ」と答えれば、アセルニ・ジョーンズ警部は「まあ、まあ! 恥ずかしがらずに、率直に認めてくださいよ」と言い返し、目の前の殺人現場については「しかしこれは何ですかな? これはひどい!ひどい事件だ! 厳格な事実があるだけで――」と皮肉めいたことまで言い放っている。どうもこのふたりは不仲のようである。

 一方で、その発言後にアセルニ・ジョーンズ警部は「この男の死因は何だと思いますかな?」とホームズに質問しており、ホームズが「ああ、これは僕が理論を語る事件ではないようだ」と素っ気なく答えると、アセルニ・ジョーンズ警部は「いや、いや、そうかもしれんが、時にはあなたの言うことが、ズバリと当たることもありますからな」とふてぶてしくも助言を求めている。名探偵ホームズの推理力を認識しつつも認めたくない、そんなアセルニ・ジョーンズ警部の内面が感じとれる一幕である。

 ちなみに『四つの署名』の終盤では事件捜査が行き詰まり、アセルニ・ジョーンズ警部がベーカー街のホームズ宅を訪れた際には「彼はアッパー・ノーウッドで自信たっぷりに事件を引き継いだ、ぶっきらぼうで横柄な”常識の教授”とは別人だった。意気消沈した表情で、態度はおとなしく、申し訳なさそうなほどだった」としっかり意気消沈している。



 ◆◇◆



【5】ピーター・ジョーンズ警部<-Peter Jones->


◆『赤毛連盟』にのみ登場する。←???

◆ワトソン博士は、ピーター・ジョーンズ警部の外見について何も描写していない。


◆ピーター・ジョーンズ警部は、民間の”私立探偵”に過ぎないホームズに対して、その腕前を認識しつつも認めたがらない。

 『赤毛連盟』の終盤にて、銀行強盗を予知した名探偵ホームズは銀行の地下室で待ち伏せするために、銀行の頭取メリウェザー氏とピーター・ジョーンズ警部をベーカー街に呼び寄せる。この時、事情を知らないメリウェザー氏が「大騒ぎしたあげく、捕まえたのが野鳥一羽、という事にならないといいですな」と不機嫌そうに言うと、ピーター・ジョーンズ警部は「ホームズさんには全幅の信頼を置いて構いませんぞ」と偉そうにフォローしており、続けて「彼には独自のちょっとした捜査手法がありましてな。私に言わせていただければ、それは空論めいており、想像力がありすぎる感じですが、まあ探偵の素質は持っていますよ。一度や二度、””では、警察当局よりもいい線をいったことがありますしな」とかなり”上から目線”で褒めている。ツンデレ?


◆一方の名探偵ホームズは、ピーター・ジョーンズ警部について「彼は事件を捜査する警官としてはまったくなってないが、まあ悪い男じゃない。ひとつ長所があるとすれば、””のように勇敢で、もし誰かを捕らえたら、””のハサミみたいにしぶとく離さないことだ」と評価している。


 ◆◇◆



「あらっ、ワトソン博士の愛妻メアリー夫人が登場する『四つの署名』に、地下トンネルを掘って銀行強盗を企てる『赤毛連盟』じゃない! この話も私は大好きよ!」


 めぐみのノートに書かれた内容を覗き込みながら、あいり先輩が再び上機嫌で微笑む。

 たしかに、どちらも”ホームズシリーズ”を代表する傑作ではあるな。さらに言えば、ワトソン博士が執筆した”ホームズシリーズ”の中でも、第二作目となる『四つの署名』と、第四作目となる『赤毛連盟』は、まだ知名度のなかった”ホームズシリーズ”を人気作品に押し上げた”黎明期の立役者”でもある。おっと、それは置いといて…――


「で、どうしてこの――”ふたりのジョーンズ警部”――を一緒に紹介したんだ?」

 俺が疑問に思っていたことを質問すると、めぐみは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに微笑み返してくる。



「はいっ。それがですね、この”アセルニ・ジョーンズ警部”と”ピーター・ジョーンズ警部”という二人の警部さん――実は”ピーター・アセルニ・ジョーンズ警部”という複合名の”同一人物”だった説――があるんですよ!」



  ◇◆ ◇◆◇ ◆◇



「あらっ、なんだか面白そうな”仮説”じゃない!」

 めぐみが口にした――”ピーター・アセルニ・ジョーンズ同一人物説”を聞いて――あいり先輩がにんまり微笑みながら、顎に指先を添えて思案顔になる。ふむ。たしかに興味深い”考察”ではあるな。


「もちろん、英国だと”ジョーンズ”という名字は珍しくないので、たまたま同時期にスコットランドヤード所属の”ジョーンズ警部”が複数名いたとしても、全然おかしい事ではありません。ただ、このふたりの”ジョーンズ警部”は――ホームズ達に対する尊大な態度や、名探偵ホームズを『理論家セオリスト-”the theorist”-』や『少々理論的すぎて-”too theoretical”-』といった”似たような単語”で評していることから、両者には共通点が多いとして…――ふたりの”ジョーンズ警部”は、同一人物なんじゃないか?、と推測されてるみたいです!」


「なるほどな。ふたりとも”同じような単語”を使って、名探偵ホームズを揶揄しているのか……」

 めぐみの補足説明を聞いて、俺が感心していると――しばし黙考していたあいり先輩が「ふっふっふっ」と不敵な笑みを浮かべ始める。やめれ、この残念美人が。


「……なにか気づいたんですか、あいり先輩?」

 しょうがないから俺が質問を投げかける。と、あいり先輩が嬉しそうにビシッとこちらを指差してくる。やめれ。


「その通りよ、ワトスン君! まずは”アセルニ・ジョーンズ警部”の外見的特徴を読んでごらんなさい。ワトソン博士は『四つの署名』にて”太った赤ら顔の男”と描写しているわ。さらには”膨らんだ腫れぼったい瞼の間から見える鋭い目は、非常に小さくキラキラと輝いていた”とも描写しているわ…――。

 これって――””――と思わない?」



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