16.
ここで少しだけ”
先史以降の
中世以降、原初の警察活動を地域住民が担っていく中、封建領主の雇う”私兵”が自治領の防衛と合わせて、自領内の治安維持を担うようになる。十二世紀末には”治安判事”という法執行制度も設けられたが――推理作家ジュリアン・シモンズ著の犯罪小説論評本『ブラッディ・マーダー -探偵小説から犯罪小説への歴史-』によれば、
以上の歴史的経緯から、市民側は”警察”が”政治”と結託して中央集権的に強大になり、警察組織が”市民を圧制する側”になることを嫌う傾向が強く…――
だが、そんな中で”転機”は訪れる――。
十八世紀末、
この警察隊は、政府支出の公金を受け取ることで”公僕”の肩書を与えられ、より”公正さ”を求められ、かつ専門的に警察活動する事により――市民の”信頼”を得ると同時に、同地区の犯罪件数を大幅に減少させた。その功績は
これこそが――”
◇
そして、時は一八二九年――
その警察組織は、当時の本部庁舎が面した街路名から――”スコットランドヤード”――と呼ばれた。
一八四二年には『ロンドン警視庁』に刑事部門の”捜査局”が新設され…――前述した”ボウ・ストリート
さて、ちなみに彼ら”ボウ・ストリート
公務中でなければ、個人的な捜査依頼も”報酬付き”で受けて良いとされていた。
そしてその後の”首都警察法”においても、警察官は合法的かつ善良な目的であれば、個人の私的な理由によって雇われる事を認められていたという…――実際にホームズ作品の短編『ボスコム谷の惨劇』では、父親殺害の容疑を掛けられた青年マッカーシーの嫌疑を晴らすために、幼馴染のターナー嬢が”スコットランドヤードのレストレイド警部”を――”-retained Lestrade-”――つまりは”#顧問料__・__#を支払って事件捜査の依頼”をしているのだ。これを俺が初めて読んだ時は”レストレイド警部が買収されてる!?”と驚いたもんだ……。
このあたりは時代背景を理解していないと、現代読者の常識では理解しがたいであろう。
現代の日本では――”公的警察と私立探偵”――そこには法的な立場や実力に決定的な違いが存在する。
ところが、公的警察が生まれたばかりの時代となれば、前述のとおり警察官自身が報酬付きで個人的な私的捜査を請け負ったり、逆に警察が捜査の過程で民間人を使ったりするような事があり、 両者の境界線は必ずしも明確ではなかったらしい。
そしてこれは俺の個人的な見解だが、おそらく当時の”警察官”とは――”犯罪捜査を専門とする裏稼業の傭兵”――のような位置づけだったのだろう。
そしてだからこそ――”名探偵シャーロック・ホームズ”――は生まれたのだ。
名探偵ホームズは、個人から犯罪捜査の依頼を受けて報酬を稼いでいる自身の事を――”世界でも唯一の『私立諮問探偵-Consulting Detective-』である”――と自称している。しかして作中本編の名探偵ホームズは、変装するわ、銃をぶっ放すわ、悪党と殴り合うわ…――まさに”犯罪捜査を専門とする裏稼業の傭兵”と言うべき
むしろ”ボウ・ストリート
そのように考えると――
レストレイド警部をはじめとする『ロンドン警視庁-スコットランドヤード-』の警部たちが、名探偵ホームズに対して敵対心を見せる場面が多いのも納得感がある。なぜなら彼らにとって『私立諮問探偵-Consulting Detective-』であるホームズは”同業者”であり”商売敵”なのだ。煙たがるのも当然である。
推理小説における警察は、捜査のプロが一目置く存在だと位置づけることで優秀さを証明する”探偵の引き立て役”であり、探偵役に突っかかるのも当然の流れ…――そう思って読み飛ばしていた小さな描写も、時代背景を丁寧に読み解けば”新たな発見”が見えてくる。これぞ”シャーロキアン”の醍醐味であり、だからこそ”シャーロキアン”はやめられない。おっと今のは余談である。
さて、名探偵ホームズが『緋色の研究』事件を解決して、本格的に探偵事業を始めたのは一八八一年の頃――。
そしてその七年前、犯罪の取り締まり強化として『ロンドン警視庁-スコットランドヤード-』が”犯罪捜査課”を設立したのは一八七四年の事だった。奇しくも同じ時代に生きた”事件捜査の専門家”たち…――ならばその出逢いは、偶然ではなく必然だったのかもしれない。
ホームズ作品に登場した――
ロンドン警視庁”犯罪捜査課”に所属する――”八人の警部たち”――と
名探偵ホームズの出逢いは…――。
■16.八つの署名 -The Sign of Eight-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます