15.八つの署名 -The Sign of Eight-
寒さも厳しくなり、年の瀬も押し迫ってきた頃――
ふと俺は文学部研究棟の窓から、外の景色を眺めてみる。厚い雲に覆われた空を見れば、雲をちぎったかのような雪がちらほら舞い降りている。数年ぶりに都内で積雪が観測されたのは数日前。今も俺の視界では、赤煉瓦の校舎がほんのり雪化粧を続けていた。
ああ、まったくもう今日も寒いなぁ…――。
俺は窓から視線を戻すと、椅子に座ったまま背筋をぐっと伸ばしほぐす。
俺が座っている机の対面には、俺が所属する森谷
なぜ俺たちゼミ生が、今日も今日とて
小さな研究室にも関わらず、ぎゅっと詰めて並べられた
まあそんな森谷教授の家庭事情も、あの
むっ、今思ったのだが……ひょっとして森谷教授の奥様に”蔵書の大学保管”を勧めたのは、教授の奥様とも交流がある……ほむら先生なのでは?
そんな事を思いながら、ちらりと教授席の方をちらりと盗み見る――そこには研究留学で不在となっている森谷教授の代理を務めている助教・ほむら先生が、いかにも高級な革張りの椅子にゆったり座りながら読み物をしている。とその時だ――ほむら先生と視線が重なる。そして俺の思考を読み取ったかの様に、ほらむ先生がうっすら微笑みを浮かべる。それはまるで――”おや気づいたのかい?”――と言っているようだった。俺は思わず背筋がぞくりと震える。
いやいや、まさかそんな事はあるまい。
今日だって、俺たちが研究室に入りたいと相談したら、こころよく研究室を開けてくれたのだ。俺の気のせいだろう。そうじゃなくても、何だか怖くて聞けないぜ。だってやりかねない。ほむら先生なら……。
俺はそんな事をぼんやり思いながら頭を左右に振ると、ぼちぼち論文作成に戻ろうかと凝り固まった肩を回しほぐす――とその時だった。
「あれ、これって……んぅ?」
俺の向かい側に座っていた後輩のめぐみが、机に広げた書籍やノートに視線を何度か往復させた後――小首を
この研究室では皆が調べものをしているため、基本はお喋り禁止だ――が、そんなマジメに守らなきゃいけないルールでもない。めぐみの「声かけたいけど、どうしようかなぁ…」という動きを見て、あいり先輩と俺は視線を合わせると――くすくすと思わず微笑んでしまう。
「ちょっと休憩しましょうか。わたしお菓子持って来てるのよ!」
めぐみの隣席に座っていたあいり先輩が、にっかり微笑みながら休憩タイムを宣言する。
その一言で、しんと静まり返っていた研究室の空気もゆるりと弛緩する。
「――で、めぐみは何が気になったんだ?」
俺はあいり先輩から貰ったお菓子を摘みながら、同じくお菓子を幸せそうに食べている後輩のめぐみに聞いてみる。めぐみは丸い瞳をハッと見開くと、めぐみの手元にあったノートをズイッと机の中央に押し出してくる。
「えっとですね、わたし今期の論文テーマを『スコットランドヤードの歴史的見地から考察するホームズ達の活動内容』にしたんです。それで、まずは作品に登場した、名探偵ホームズ達と面識のある『スコットランドヤード』所属の警部さん達を洗い出そうとしたのですが…っ…――」
口元にお菓子のカスをつけたまま、真剣に語り始めるめぐみの様子が微笑ましくて。俺とあいり先輩は視線を合わせると小さく苦笑する。
だが、めぐみの語り始めた”謎”に――俺たちはすぐ引き込まれる事になる。
「それが、その…っ…作品に登場した『スコットランドヤード』所属の――”八人の警部”さん達の中に、ひとりだけ”おかしな警部”さん――が混じってるんです……!!」
■15.八つの署名 -The Sign of Eight-
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