06.


■06.シャーロキアン達の儀式 -The Sherlockian Ritual-



   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇



「さて-”Well”-、ワトスン君はこれをどう思う?―”my boy, what do you make of this lot?”―」

 ほむら先生は、不思議そうな顔をする俺に向けて微笑みながら尋ねた。


 俺は“誰かの落とし物”をいろんな角度から観察しながら答えた。

「ううむ。正直に言うと、俺は本物の“ペルシャ風スリッパ”を見たことがありませんからねぇ……。

 ただ、英国グラナダテレビが製作した実写ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』に登場した”小道具”とは、よく似ていると思います。日本人が想像する”室内用スリッパ(つっかけ履き)”とは違って、バレリーナが履く”トゥーシューズ”のように踵部分が覆われていて、尖がっている爪先部分は軽く上に反っている……。

 まるで”道化師-ピエロ-”の履き物ですね。

 俺が今まで想像してきた“ペルシャ風スリッパ”の特徴と一致します」


 俺の言葉を聞きながら、ほむら先生はフムフムッと同意するように頷いてくれた。

 ちなみに、英国グラナダテレビ版『シャーロック・ホームズの冒険』は、数多くある映像作品の中でも最高傑作と誉れ高い。俳優ジェレミー・ブレット達の好演も光るが、部屋の小道具ひとつに至るまで、かなりの原作設定が忠実に再現されており、製作陣の誠意と愛情が伝わってくる作品なのだ。過去には日本語吹き替え版がNHKで放送された事もあるので、興味を持たれた方は是非ご視聴いただきたい。

 また、本場英国ロンドンのベイカー街にある『シャーロック・ホームズ博物館』や、兵庫県神戸市の”北野異人館街”にある『英国館』では、ホームズ達が下宿していた”ベーカー街の部屋”を忠実に再現して展示しており、こちらも個人的に超オススメだ。以上、余談である。いやむしろ宣伝である。



 さてさて…――

 俺はもう少しだけ――“ペルシャ風スリッパ”――をいろんな角度から観察してみる。


「……ふむ。おそらく“持ち主”は成人の女性、または年頃が中学生ぐらいの子供ですかね?」


「ほう、どうしてそう思うのかな?―”Why so?”―」ほむら先生が質問する。


「このタイプの”履き物”は、踵部分が覆われているから…――“持ち主”の足裏サイズが推測できるかな、と。

 見たところ、この”履き物”は足裏サイズにして――”約二十三センチメートル程”――になりますから、おそらくこの“持ち主”が、成人男性である可能性はかなり低いかと思いました。

 あ、いや待てよ……。新品でもないのに日常的に履き潰した”くたびれ”感が見られないな……。

 購入後、すぐに片方を失くしてしまい、履かなくなったのか?

 あるいは……最初から”使”を想定して購入したモノだとか…――」


 ほむら先生が言うように…――

 もしもこれが最初から――名探偵ホームズの“ペルシャ風スリッパ”――を再現するために、誰かが”趣味”で購入した品物だとしたら…――足裏サイズは“持ち主”を推理する”手がかり”にはならないのかもしれない。


 だが逆に言えば、この”忘れ物”には少しだけ履いた形跡もあるんだよなぁ……。

 本当はそのことを証左に――「熱狂的なシャーロキアンが、名探偵ホームズの奇癖である“ペルシャ風スリッパ”を再現した装飾品オブジェ」――という可能性を除外しても良いのだが……。いや、人間は好奇心の塊だからね。装飾品オブジェとして購入したシロモノであっても、日本では物珍しい“ペルシャ風スリッパ”となれば、少しぐらい履くかもしれないな。俺ならきっと間違いなく一度は履くだろう。


 これだと“シャーロキアンの落とし物”である可能性は否定できないか……。

 首を傾げる俺の様子を、ほむら先生が楽しそうに眺めている。ぐぬぬ。


 俺は気を取り直すと、今度は“ペルシャ風スリッパ”の爪先部分に詰め込まれている“布袋”を指先で突っついてみた。

 ”カサリ…ッ”――と小さく音がする。

 俺は“ペルシャ風スリッパ”を逆さにすると、爪先のつっかけ部分から“布袋”を取り出した。手のひらで包むように持つと、再び”カサッ”と音が鳴った。袋の中身は――”乾燥した葉っぱ”だろうか?

 パステルな淡い水色の“布袋”には、口の部分がリボンでキツく結ばれていて…――中身を覗き見ることはできない。鼻を近づけて少し匂いを嗅ぐと、独特な良い香りがした。これが“刻み煙草”の香りなのだろうか?

 ううむ、“刻み煙草”の匂いを嗅いだことがないから正直わからん。

 ただ、感じの匂いに思える…――たぶんな。


 俺は、やれやれと諦めたように溜息をこぼす。

「わかりました。とりあえずこれが名探偵ホームズの奇癖のひとつ…――刻み煙草を爪先部分に詰め込んだ“ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”を模した…――“シャーロキアンの落とし物”だと仮定しましょう。

 次の謎は、なぜそんなシロモノがこんな大学の構内に落ちていたのか……ですね。

 例えば、R大学の学生か職員のなかに”シャーロキアン”がいて、”荷物入れ”とか”携帯電話”とかに…――“ペルシャ風スリッパ”を吊り下げて持ち歩いていたら……偶然、あそこを通った時に落としてしまったとか?」


 俺がそう言うやいなや…――

 ほむら先生にひとしきり笑われてしまった。そりゃそうだわな……。


 俺は、あらためて“ペルシャ風スリッパ”が落ちていた”礼拝堂-チャペル-”会館の軒下を見やる。

 よくよく見ると、落ちていた場所はちょうど”礼拝堂-チャペル-”会館の”出窓”の真下になるようだ。あそこはたしか…――”聖職者-チャプレン-”達の事務所の窓だったと記憶している。


「ひょっとしてこの“シャーロキアンの落とし物”は…――”礼拝堂-チャペル-”会館で働いている”聖職者-チャプレン-”の物ではないでしょうか」


「ほほう!」ほむら先生が興味深げに紫煙をくすらせる。


「俺の推理はこうです…――

 ここ『R大学』の”聖職者-チャプレン-”の中には、熱狂的な”シャーロキアン”の人物がいて、その人物が――刻み煙草を爪先部分に詰め込んだ”ペルシャ風スリッパ-Persian Slipper-”――を模して製作したんです。ところが、原作中の名探偵ホームズは“ペルシャ風スリッパ”を暖炉装飾のマントルピースに吊るしていたのに、この”礼拝堂-チャペル-”会館には暖炉がなかった…――いや実際の詳しい間取りは知りませんが、少なくとも屋根に煙突がありませんから多分そうでしょう。

 で、その人物はせっかく“ペルシャ風スリッパ”を製作したに、暖炉を置き場所にすることができなかったため…――とりあえず“ペーパーウェイト”として、この”礼拝堂-チャペル-”会館の二階・事務所内で使うことにした……」


 俺は“ペルシャ風スリッパ”が落ちていた場所の真上にある”礼拝堂-チャペル-”会館の”窓”を指差した。

 その窓辺には、何やら書類の山が見えている。


「その人物が在籍する事務所が、あの”窓”が見せる二階の部屋です。そしてその人物は、あの窓際に置いていた”書類の山”が風で飛ばされないように、“ペルシャ風スリッパ”を書類の重し――”ペーパーウェイト”――として使ったんです。ちょうど手頃ですからね。

 そして何かの拍子に、あの二階の”窓”から…――“ペルシャ風スリッパ”が軒下に落ちてしまったのではないでしょうか」


 ほむら先生は、俺の”推理”を味わうように聴くと、フフッと楽しそうに微笑んだ。

「うむ、なかなかに面白かったよ。けどね、どうも私の推理だと……それは“シャーロキアンの落とし物”ではないようだ」



   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る