城下戦 (2)
白井に、ほんの少し憐憫の情が沸いた。だが、彼に取ってはそれが命取りとなった。
才次郎は周りの兵に構わずに、まっすぐ白井の脇を刺した。白井が斃れた。
隊長の死に怒り狂う長州兵らは、それでも「子供だ」という隊長の言葉が頭から離れず、才次郎を生け捕ろうとした。だが、もはや鬼のように刀身を振るう才次郎は、手に負えない。
止むを得ず、長州兵は才次郎に銃弾を放ち、やっと斃した。
***
やっとのことで新丁まで戻ってきた徳田鉄吉は、自宅近くにいた。喜び勇んで家を出たものの、ふと家が恋しくなったのかもしれない。
ぼんやりとした頭で彷徨っていると、向こうから西軍の兵がやってくるのが見えた。
はっとして、物陰に身を隠す。先立って、西軍の兵は二度も見逃してくれた。三度目はあるだろうか。
そんなことをちらりと思ったが、頭を振った。
それでも、二本松の武士の子か。
亡き父上の分まで、忠勤に励まなければなりません。出陣前の母の言葉が、蘇る。
鉄吉は生垣を飛び出して、兵に斬り掛かっていった。
「うわっ!」
兵が慌てて、避けようとする。さらに斬りかかろうとした鉄吉の背後から、別の兵が襲いかかり、鉄吉は絶命した。
鉄吉の遺体は、城下戦から数日して発見された。誰が掛けてくれたものなのか、その顔には白布が掛けられていたと言う。
そこから幾らも離れていないところからは、松の根元に遊佐辰弥の体が横たわっていた。辰弥の背には、袈裟懸けに斬られた跡があった。
また、遊佐辰弥の遺体から一〇メートル程離れたところで、やはり大壇口で戦っていた木村丈太郎の遺体が後日、発見された。城下の砲撃戦に巻き込まれて吹き飛ばされたらしい。それでも死にもの狂いで切り結んだのか、腐り掛けていた遺体の右手には、脂の滲んだ大刀がしっかり握られていた。
***
二ノ丁では、大桶勝十郎が敬学館の近くで斃れていた。そして、剛介たちが会津へ向かうために、滝沢街道入口での邂逅をした頃、大壇口から逃れてきた高橋辰治は、二ノ丁の浅見邸内を流れる小川にかかる、石橋の下に隠れていた。
大壇口で顔面に重傷を負った辰治は、どうやって大壇口から逃れてきたのかすら、記憶になかった。ただ、せめて死ぬにしても、一目城を見てから死のうと思っただけだった。
もう、道を歩いているのは西軍の兵ばかりである。
ここに至って、身を隠していても仕方がない。
元より、助かろうとは思っていなかった。
ふと見ると、屋敷の前を、三人の西軍兵が通りかかろうとしている。
辰治はよろめきながら刀を振りかざした。
「うわ、まだ鼠が隠れていやがったか」
兵の一人が煩わしそうに抜刀した。辰治は、力を入れて抗うことも叶わず、たちまち斬り伏せられてしまった。
***
同じ頃、城下にある称念寺は、包帯所(野戦病院)として西軍の物になっていた。そこに、一人の少年が収容されていた。
大隣寺で二発の銃弾を浴びた、篤次郎である。
大小を帯びているとは言え、まだほんの子供である。憐れに思ったのか、土佐兵は熱心に篤次郎の看護をしていた。
「健気なものよ」
ある隊長が、そっと眦を拭った。国元には、この少年と同じ年頃の我が子がいる。敵とはいえ、このようにいたいけな少年を傷つけてしまったことに、苦々しさも感じ始めていた。
「……銃を……早く、銃を持って来い」
少年は、まだ夢の中でも戦っているのだろうか。先程から、ずっとうわ言を呟いている。それがまた、痛々しかった。
「交代しましょう」
部下の一人が、そっと申し出た。彼も、この少年に憐憫の情を感じ始めているのだろう。隊長は、首を横に振った。
「この子供が無事であったなら、ぜひとも養子にしてやりたいものだ」
上官の言葉に、部下は目を見張った。どうも、本気のようである。だが、気持ちは分からないでもなかった。目鼻立ちのくっきりとした、気の強そうな顔をしている。元気であれば、きっと紅顔の美少年であろう。
不意に、少年が目を開いた。
「気が付いたか」
隊長は、思わずその手を握ってやった。だが、篤次郎の目には、もはや何も見えていなかった。
「……悔しい……情けない」
声は、弱々しい。
「しっかりしろ」
隊長の声も、聞こえていない様子である。
「……母上」
それだけ呟くと、隊長が握りしめてやった手が、だらりと落ちた。慌てて脈を取ると、既に少年の拍動は止まっていた。
隊長はしばし呆然としていたが、やがて着物を整えてやろうとして、襟を裏返すと、何か書いてあるのが見えた。
岡山篤次郎十三歳。
「十三だと……?」
大壇口で、さんざん我々を苦しめた者たちが、このような少年たちばかりだったとは。
思いもかけない事実に、隊長は悄然とうなだれた。
「隊長……」
側にいる部下も、涙を拭っている。
「……この者に、せめて黄泉への餞(はなむけ)を贈ってやろう」
隊長は、咄嗟に一種したためた。
君がため二心なき武士の
命は捨てよ名は残るらん
反感状(かえりじょう)と呼ばれる、敵への称賛の歌である。
「後日、ぜひこれを岡山篤次郎少年の身内に届けてやってくれ」
隊長は、側にいた地元の老婆に反感状を託した。老婆も、涙を浮かべた。
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