しっぺい(2)
その日、剛介と虎治、そして水野は少し足を伸ばして郭外へ足を運んだ。二本松は郭内は士族の居住する町、
一軒の茶屋に入ると、三人は奥座敷へ通された。
「凄いな、若先生は」
注文のぜんざいが運ばれてくるまでの間、茶を啜りながら虎治は興奮したように口火を切った。
「うん。
剛介も虎治に同意した。青山は、銃太郎とあまり年が変わらない。日頃は談笑している様子も見かけることがあり、銃太郎の友人とも呼べる立場だった。たとえ知己であっても、誤った真似をすれば遠慮なく諫言を呈する。銃太郎の度量の大きさが、あの一件でよくわかった。
それに、剛介等が遥か年上の青山に歯向かったのは確かだから、経緯はどうあれ、あれは剛介たちが叱責されても、本来は文句を言える立場ではなかったのである。
「みんなでしっぺいを当てられるかと思ったんだけれど」
「それじゃあ、孫三郎や七郎がかわいそうだろう」
虎治が言った。
「そうだな」
水野も虎治の言葉に頷く。
「きっと、若先生も分かっていたんだよ。青山様が鉄砲の撃ち方がいつもよりもなっていないということは」
「お前、よく見ているなあ」
虎治が呆れたように言った。だが、確かにいつもの青山らしくなかった。
「だって、考えてもみろよ。本当に撃ち方がちゃんとしていたなら、弾が落ちているはずがないじゃないか。それに、青山様のところにあった人形にはほとんど焦げた跡がなかった。ということは、ヘロヘロ弾しか飛ばせなかったということだ」
さらりと水野は解説してくれた。
「なるほどな。若先生はそれを知っていたということか」
剛介は唸った。
「若先生の凄いのはそれだけじゃない。青山様の言い分もきちんと聞いて、俺らを諭して完全に青山様の面目が潰れないように、ご配慮されてただろう?今の俺たちにできるのは、父上や兄上達の後方にいることくらいだからな」
確かにそうだ。敬学館の本科に進んだとしても、まだ番入り(兵役につくこと)までは四年もある。今の剛介たちにできるのは、殿や民を守るために武芸に励み、学問を学ぶことくらいだった。青山が剛介達を見下すのも、ある意味では止むを得なかったとも言える。もっとも、年少者への八つ当たりはいただけないが。
「俺、戦で指揮を受けるのならば若先生がいいなあ」
虎治がうっとりと述べた。
「お待ちどうさま」
番頭が、ぜんざいを三膳運んできた。興奮冷めやらず、剛介はぜんざいを勢いよく啜り、熱く甘い汁が喉を滴り落ちていった。
それにしても、と剛介は思う。
急に子弟に砲術を学べとは、一体何が起こっているのだろう。幕府が大政を奉還したというのも、どうにも実感がなかった。王政復古の大号令も、京都にいらっしゃる帝を中心に、これから回っていく、くらいの認識しかなかった。
会津が、鳥羽伏見で敗れたというのは聞いているが、所詮、遠い地での出来事である。それが二本松に何の関係があるというのか。
「なあ。我々が砲術を学ぶのは、何のためなんだろう」
剛介は、素直に疑問を口にした。
「うーん」
賢しい水野も、首を傾げた。彼も、どうも何の為に砲術を学ばなければならないのか、その目的がよく分かっていないようである。
「それは、あれだろう。戦に備えて我々も戦えるように、という事だよな」
ずずっ、と虎治が汁を啜った。
「それが問題だよな。そもそも、どこと戦をするんだよ」
「うーん。薩長かなあ?」
順当に考えればそうだろうけれど、と水野が言う。
「そもそも、勤王っていうのがよく分からないよな」
虎治がとん、と椀を置いた。
「元々徳川様は帝から命を受けて、幕府を開かれていたわけだろう?で、その政の権利を帝にお返しした。つまり、徳川家の家臣たる藩公も、帝に従わなければならない。それが、今流行りの勤王思想っていうやつだよな」
剛介は、考え考え、両名に確認を求めた。二人が同意するかのように、頷く。
「で、会津肥後守様は、先の孝明帝から篤く信頼されていた。それも間違いはないよな」
「そうだな」
水野も、異議はないらしい。
「じゃあ、やはり会津が奸賊と言われるのはおかしいよ」
「それを、俺たちに言うなよ」
虎治は、途方に暮れたように言った。確かに、虎治や水野に聞いてみたところで、知識は自分とそう変わらないのだけれど。
どうも、今日の青山の不機嫌の理由を探ってみると、必ずしも藩が一丸となっていない現状に、苛立っていたのではないか。
「それより、剛介。その残っている分、いらないなら寄越せ」
虎治が素早く剛介の分の椀に手を伸ばした。
「あ、止せ」
慌てて、剛介は自分の方に椀を引き寄せた。虎治の奴、本当に目敏いな。
「まあ、我々が難しいことを考えても仕方がないさ。それより、早く先生から撃ち方を教わりたいよ」
水野も、もう食べ終わりそうだ。
あまり遅くなると、母上から叱られる。
剛介も、虎治から取り返した残り分を、素早く流し込んだ。
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