直違の紋に誓って

篠川翠

第一章 二本松の種子

新春(1)

 武谷剛介たけやごうすけが初めて戦場に赴いたのは、慶応四年、十四の年だった。

 二本松藩の武士の子弟は、十一になると手習所に通い、そこで三年の修練を積んでから藩校の敬学館けいがくかんで四書五経を始めとする儒学など、各種の学問について本格的に学ぶのが習わしである。

 剛介の父の半左衛門はんざえもんは、敬学館の書道師範であった。日頃は「武谷先生」として門弟から慕われているが、決して文弱の徒ではない。

 知行は七十石と石高は低かったものの、その祖をたどると、あの柴田勝家に仕えていたという。家には勝家手ずから与えたという正宗の銘刀も伝えられており、剣術でも陰流の奥義を極め、兵法にも明るい。弓馬もこなし、親しみやすい人柄は誰からも愛された。現在は、勘定奉行の役割を任されている。

 一方、剛介はまだ身長が五尺にも満たない小兵である。やっと母の背に追いついたところであり、少々幼さがあるのは、致し方のないところであった。


「剛介。我が藩でも、そなたらは砲術を学ぶことに相成った」

 帰宅後、半左衛門がまず伝えたのが、その一報だった。

「砲術……でございますか?」

 日頃父に逆らうことはない剛介だが、わが耳を疑った。砲術とは、つまり剛介の好きな剣術ではなく、鉄砲を習うことを意味した。

「今更、火縄銃という時代でもありますまいに」

 脇から、兄のいたるが口を挟んだ。武谷家は、仮にも士分の家柄である。その子弟が鉄砲など雑兵の扱う道具を習うのか、と鼻白んでいるのは、明らかだった。

「いや、そうではないらしい」

 半左衛門は、首を横に振った。

「剛介らが学ぶのは、新式の銃だということだ」

「ほう、そうするとあのミニエーとかいう、先込めの銃でございますな」

 達が頷いた。

「だろうな」

 半左衛門も我が意を得たり、という体で達を見た。

「それだけではない。砲の撃ち方も伝授してくださるとのことだ」

「ほほう」

 なるほど、剛介たちは兄が習わなかった最新の知識を学べるということらしい。どちらかというと、武術よりも学問を好む兄が半左衛門の言葉に反応するのも当然だった。

「ですが、父上。剛介の身の丈はまだ五尺にも足りておりませぬ。そのようななりで、あの大きいミニエー銃が扱えますかね?」

 達は、ちらっとからかうような視線を剛介に向けた。

「兄上!」

 剛介は顔を真っ赤にした。

「きっと、扱えるようになってみせます!」

「まあまあ」

 母の紫久しくが、剛介をなだめるように笑った。もっとも、達の心配も最もなことで、ミニエー銃は銃身が大きい。小型のものでも四寸余りの長さがあり、しかも先込めなので屹立して、銃口から弾を込めなければならない。小柄な剛介に果たしてそのような真似ができるであろうか。達は思わずその場面を想像したのだろう。

「さあ、お汁が冷めますよ」

 紫久が食事を促した。竃からは、冬菜の干したものと、これまた干した大根の入った味噌汁の香りが漂ってきていた。

「そうだな。まずは夕餉に致すか」

 半左衛門が、紫久に命じて家族の膳を整えさせた。膳に乗ったほかほかの粟入りの飯と、芋の子を煮たものを目にした途端、剛介の腹がグウと鳴り、剛介は再び顔を赤らめた。


「そういえば」

 食事後の茶を啜りながら、剛介は父に訊ねた。

「砲術を学ぶことになったというと……」

 誰を師に選べばいいのか、剛介はそれが気になった。

「ああ。木村様のご子息が新しく門弟を募り、教えて下さるらしい」

「木村様が……」

 剛介は首をすくめた。木村貫治かんじは稽古が非常に厳しく、怖いと、日頃剛介が通う日夏ひなつ道場の仲間の間でも、囁かれていた。

「ご子息の銃太郎様の評判は、聞いたことがあるだろう」

「はい」

 弘化三年生まれの兄より一つ年上の銃太郎は、藩の砲術大会において見事な成績を収めたことで名高かった。その評判は、いつぞや兄が興奮して話していたから、剛介もよく覚えている。

「先頃まで江戸の江川塾に学ばれ、そこでも大層優秀な成績を残されていたそうな。このたび御広間番を仰せつかり、四人扶持も拝領したと言うから、御家老の方々も期待されておるのだろう」




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