マティーニに酔わせて
<CAST>
先輩(男。23歳。マウント取りがち):
ナレーション:
桜木 優(23歳。バーテンダー):
ボーカル女性(20代):
<台本>
*バー『Something』
先輩:
「でさー、俺、大学院行くことにしたんだよ」
日菜子:
「うわぁ、すごいですね!」
先輩:
「
日菜子:
「はい、普通に事務系のとことか調べ始めてるところなんですけど……」
先輩:
「まだ二年生なのにエライじゃん、もう就活考えてて」
日菜子:
「いいえ、姉の就職がなかなか決まらなくて焦ってたのを見てたから、自分の時は早めに動かないとなぁって思っただけです」
ナレーション:
カウンターの中には、四〇代であろうちょい悪オヤジ風な外見だが気さくなマスターと、黒いエプロンをした若い青年がいる。
男が二人分注文したジントニックを作ったのは、彼だ。
先輩:
「そういえば、バーテンダーさん、若いね」
ナレーション:
ライムの香るジントニックを
優:
「二十三になります」
先輩:
「へー、俺と同い年か。あ、俺、一浪してるからね」
優:
「そうでしたか。僕は大学中退ですから、大学院まで行かれるなんてすごいですね」
先輩:
「中退してんの? どこの大学?」
優:
「都内の音大です」
先輩:
「え、音大行っといてバーテンダーやってるの?」
優:
「はい」
ナレーション:
身長が高く、人好きのする笑顔の若いバーテンダーを、二人の大学生は感心したように見つめ、好感を持った。
新宿にあるさほど広くはないバー『Something』では、ライブも入る。
狭いスペースに配置されたドラムとウッドベースに中年の男たちがスタンバイし、黒エプロンを外した先ほどの若いバーテンダーも、ピアノの椅子に腰掛ける。
軽快なジャズの曲で始まり、二曲目は、ボーカルの女性とピアノにスポットライトが当てられ、澄んだ高い歌声とピアノだけのしっとりとしたバラードが演奏された。
三曲目ではピアノ奏者は交代して、バーテンダーがカウンターに戻ると、再び軽快な曲が演奏された。
日菜子:
「バーテンダーさん、お上手でしたね!」
先輩:
「ホントホント! さすが音大出身だな!」
優:
「いえいえ、まだジャズも勉強中ですので」
ナレーション:
日菜子の隣に、ステージを終えたボーカルだった女性が座った。
ボーカル女性:
「優くん、お疲れ! ジントニックもらえる? ああ、私のは
ナレーション:
ショートヘアに好感の持てるメイク、大人っぽく歌う姿とは打って変わり、さっぱりした性格であるように二人には映った。
二人と目が合うと、彼女はにっこりと
そのうち日菜子が席を外すと、大学生の男は切り出した。
先輩:
「えっと、桜木クンって言ったっけ? さっきそう紹介されてたよね?」
優:
「はい、桜木優と申します」
先輩:
「戻ってきて早速で悪いんだけどさ、マティーニ作ってくれる? 俺と、彼女にも」
優:
「承知しました」
先輩:
「それでさ、わかるよな?」
ナレーション:
不可解な表情になる優に、男は小声で告げた。
先輩:
「彼女のにはアルコール多めにしといてよ。
わかるだろ? な? 同い年のよしみでさ」
ナレーション:
化粧を直した日菜子が、戻った。
先輩:
「そう言えば、日菜ちゃん、マティーニってまだ飲んだことなかったでしょ?」
日菜子:
「はい。名前は聞いたことありますけどなんか強そうで、男の人が飲むイメージあるし」
先輩:
「だよねー? カクテルの王様って言われててさ、確かレシピも多いんだよ。だよな? 桜木クン」
優:
「そうですね。マティーニはそれだけで本が出来てしまうくらいレシピがあります。268種類はあると」
先輩:
「えっ、そんなに⁉︎」
ナレーション:
大学生の男の顔は一瞬こわばったが、すぐに笑顔を取り
優:
「男性的と思われるカクテルかも知れませんが、女性でもお好きな方はいらっしゃいますよ」
先輩:
「じゃあさ、彼女と俺にマティーニ作ってくれる?」
ナレーション:
男が
優は、ジンとドライ・ベルモットの瓶を取り出した。
ミキシンググラスと呼ばれるガラス製のどっしりとしたグラスを二つ用意し、氷だけを入れたカクテルグラスをカウンターに二つ並べた。
先輩:
「あれは、グラスを冷やす為に入れておく氷なんだぜ。それでな、マティーニってシェイカーは使わないんだ。だけど、あえて使うレシピもあってさ……」
ナレーション:
男は
チラッとボーカル女性が見たようだったが、男も日菜子も気が付いていない。
優:
「マティーニになります」
ナレーション:
優は、二人の前に、ピンに刺したオリーブの実を沈めた、うっすらと白く
グラスを掲げて「乾杯」というと、男は彼女がグラスに口をつけるのを待った。
そうっと慎重に一口、口にした日菜子は、目を見開いた。
日菜子:
「美味しい……!」
先輩:
「それなら良かったぜ。マティーニは作り手にもよるし、酒に慣れないうちに飲むと
日菜子:
「強いお酒だって聞いてたから私には無理だと思って、正直、味見だけのつもりでしたけど、確かに強いけど、これなら香りが良くて美味しいから飲めますね!」
ナレーション:
日菜子は男と優を交互に見ながら、瞳を
ニヤニヤとそれを見ていた男が、自分もマティーニに口を付ける。
先輩:
「あ、ああ、……確かに美味いな」
ナレーション:
男は自分の手元のグラスをのぞきこみ、「マティーニってこんなにキツかったっけ?」と確かめるようにもう一口含むが、なんでもない顔を
優は隣に置いた水も合間に飲むよう
男は「水なんかなくても俺は大丈夫だぜ」と言わんばかりの
日菜子:
「カクテルの中にあるこのオリーブとかチェリーとかって、食べてもいいのかいつも迷うんですけど」
優:
「食べていいんですよ、いつでも。食べたくなければ残しておいてくれてもいいですし、お好みで」
日菜子:
「じゃあ、もうちょっとお酒の方を味わってから食べてみます」
優:(にこやかに)
「どうぞ」
ナレーション:
オリーブをかじった日菜子は、少し顔をしかめたが残りも食べ、カクテルも飲み干した。
日菜子:
「あの、美味しかったので、もう一杯いただけます?」
先輩:
「えっ!? 日菜ちゃん、全部飲めたの?」
日菜子:(笑顔)
「はい。美味しかったから」
先輩:(慌ててグラスを空ける)
「お、俺も、お代わり」
ナレーション:
優が笑顔で応え、瓶の
*しばらくして
日菜子:
「先輩、先輩?」
ナレーション:
カウンターにうつぶせる男の肩を揺らすが、男は眠ったままだ。
日菜子:
「マティーニに酔ったんでしょうか? 私は大丈夫だったのに」
優:
「日菜子さんは、ちゃんと合間に水を飲まれてたので。
強いお酒を飲む時は、恥ずかしがらずに
ボーカル女性:
「女子の前でカッコつけるからよ」
ナレーション:
ジントニックからマティーニに変わっているボーカル女性を、日菜子が振り返った。
ボーカル女性:
「自分が飲めるところをカッコつけてあなたに見せたかったのか、もしくは、あなたとは違うマティーニを飲んでいたか」
日菜子:
「違うマティーニ?」
ボーカル女性:
「優くん、ジンの
優:
「日菜子さんにはジンとドライ・ベルモットが3
彼には5:1の現在主流の配合でお出ししました。正確にはドライ・マティーニになりますけど」
ナレーション:
日菜子が首を傾げると、ショートヘアのボーカル女性が脚を組み、カウンターに
ボーカル女性:
「あなたが席を立った時、彼は、あなたの方のカクテルはアルコールを強くするよう頼んでたのよ。
日菜子:
「あ……、わ、私、先輩とはそんなつもりなくて……!」
ボーカル女性:
「気を付けてね」
日菜子:
「は、はい」
ナレーション:
にっこり笑うボーカル女性を見てから、日菜子は感謝するような視線を優に向けた。
優:
「ああ、彼のことは心配しないで。後で起こしてタクシー呼びますから、どうぞ先にお帰りください」
日菜子:
「ありがとうございました。また来ます」
優:
「いつでもお待ちしてます」
ナレーション:
バーテンダーの笑顔を見つめているうちに、日菜子の頬はほんのりと赤らんだ。
※参考までに(読まなくてもOK)
【マティーニ】25度以上
ドライジン 3/4
ドライベルモット 1/4
オリーブ 1個
ピール用レモンの皮1片
ミキシンググラスにドライジンとドライベルモットを入れ、氷を入れて静かに混ぜてからカクテルグラスにそそぐ。
カクテルピンに刺したオリーブをグラスに沈め、ピール用レモンの皮を折り畳んで香りを飛ばして付ける。
ドライジンとドライベルモットの比率を5:1にするとドライ・マティーニになる。
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