第15話 守護って天使様!



 空間がゆがむほどのエネルギーをまとった二人が、激突する。

 ――その直前。


「はい、そこまで。まったく、ワタクシの管轄で何をしているかと思えば……!」


 バシっ、と変な音がして世界から色が消えた。

 悪魔化した三峰先生も鹿間もモノクロに染まっており、空中に飛び出した状態で止まっていた。

 明らかに不自然な状況下、カツカツと音を立てながら学食へと入ってきたのは、金髪をシニヨンにまとめ、フレームレスの眼鏡を掛けた女性だった。

 起伏のないボディラインにカッチリ着こなしたスーツが相まって、仕事はできるけど冷徹、といった印象である。

 女性は石像みたいに動かない二人の間を悠然ゆうぜんと抜け、俺とレリエルの元へと歩み寄ってきた。懐から名刺入めいしいれを取り出し、俺に差し出す。


「聖6級天使、サキエルと申します。初めまして、ですわね白神優斗さん。どうぞ、サキとお呼びください」

「エッ、俺のこと……」

「もちろん存じておりますわ。日本を含めたアジア東部はワタクシの管轄ですので、万が一に備えて必要な情報は目を通しておくようにしてますわ」

「……すげぇ……仕事デキる人って感じだ」

「天使でしたら、このくらい普通ですわ。もちろん、ワタクシはそれなりに努力している方ではありますけれども」


 サキさんの言葉に、思わずレリエルに視線を向ける。俺の守護天使を自称するぽんこつは食べ終えたパフェの器をぺろっと舐めた姿勢のまま固まっていた。


「なっ、何で天使のあなたが時空間停止に巻き込まれているんですの!?」


 どうやらサキエルさんにも想定外の出来事だったらしく、


「これでワタクシよりも階級が上とか信じられませんわ……」


 ボヤきながら白い輝きを発射し、レリエルを解放していた。


「いやービックリしました!」

「ビックリなのはこちらの方です! 私よりも階級が上のレリエル様がなんでこのようなことになってるんですか!」

「いやぁ、実はかくかくしかじかありまして」


 にへへ、と笑うレリエルがサキさんにこれまでの経緯を説明する。

 途中で結構な捏造ねつぞうが入ったので俺が訂正を入れたけれども。

 どうしてもレリエルに守護して欲しいなんて泣いた覚えはないし、股間爆発を神の試練とかって前向きに捉えた記憶もないです。

 あとこの呪いは俺が覚醒しそうになって仕方なく掛けたんじゃなくてレリエルがテキトーやった結果だからな!?


 サキさんによると、『地域を守る天使』と『悪魔の封印を司る天使』では根本的な仕事の内容が違うらしい。さらに言えば、悪魔の封印を司る天使は権限が大きく、サキさんよりも上位に当たる。

 それ故に今までは黙って見ていたけれどもレヴィアタンが覚醒したことでサキさんの管轄に大きな問題が起きることが予想され、仕方なく介入してきたらしい。


「一三枚の書類と四つの会議を経て承認され、特別権限で時空間停止まで許可されたのです。ですからいくらレリエル様が私より上位とはいえ、問答無用で消し飛ばしたりできませんからね」


 いや、あの。

 天使の上下関係ってキツすぎませんか?

 これサキさんが根回ししてなかったら消し飛ばせてたってことだよね?


「いやだなぁ、そんなことしませんよぅ。できれば優斗さんの呪――祝福を解くためのお手伝いはしてほしいですけども」

「んんん……レリエル様からの要請とあらば手伝いたいのは山々なのですが、ほら、業務も溜まっておりますし査定が――」

「報告書にサキさんの活躍も記載させてもらいますよ」

「――何でもお申し付けくださいッ!」


 ……この人も残念なのか。

 もしかして天使ってぽんこつしかいないんだろうか、と二人を眺めているとサキさんが何処かに電話連絡を入れた。

 嬉々とした表情だったサキさんは少しずつ表情を曇らせていく。


「レリエル様……今回の件、報告していなかったんですの……?」

「「あっ」」


 サキさんに口止めするの忘れた。


「直属の上司がビックリしていて、すぐ確認するそうですわよ?」

「ううっ……! げ、減俸……!」

「不測の事態が起きたら報告・連絡・相談! これが業務の基本ですのよ!」


 まったく、と呟いたサキさんが襟元を正し、俺に向き直る。


「今さっき、上司から特別権限をいただきましたので本案件にワタクシも関わらせていただきます。よろしくお願い致しますね?」

「えっ!? あ、はい」

「うふふふふ緊張なさらずとも大丈夫ですわ。私の出世――ごほん、天使の義務として全身全霊をもって事態解決に当たらせていただきますので」


 ……オッケー、今ハッキリした。

 方向性が違うだけでこの人もレリエルと同じタイプだ。

 せめて仕事というか、この呪いを解くための方策とかがしっかりしていることを祈ろう。


「さて、帰りましょうか」

「エッ!? 鹿間と先生は!?」

「先ほどの連絡で処理班も手配しました。お二人の記憶を消した後、レヴィアタンの魂のみを封印し、スキルによる影響を排出します。偽の記憶も植え付けておくので今日のことは覚えていないはずです。次に会うときは、二人とも正常な状態に戻っていますわ」


 仕事がデキる……!

 しかもこれ、俺の【魅惑のフェロモン】もリセットしてくれるらしいので願ったりかなったりの状態だ。

 横で「減俸……」とへこんでいるぽんこつダメ天使とはえらい違いである。


「ここにいても退屈な作業を眺めているだけになるので、帰りましょう」

「ありがとうございます……!」


 降って湧いた幸運に思わず涙が零れそうになる。


「優斗さん……さぞやお辛かったことでしょう。これからはワタクシがついていますからね!」

「はいっ!」


 差し伸べられた手を握り返し、――俺の股間は爆発した。






 何はともあれ、鹿間と三峰先生の股間デストロイコンボから抜け出すことができた。

 絶望的だと思っていたけれども、諦めなければ意外と何とかなるもんである。

 俺はレリエルにサキさんをともなって意気揚々いきようよう帰路きろく。

 ちなみにすでに時間停止は解除されているので、いつも通りの放課後である。三峰先生は封印その他でしばらく動けないので、鹿間を含めて補習に来たクラスメイト達には偽の記憶を植え付けてある。


 ちなみに、後で話を合わせるために内容を教えてもらったけれども、『通勤中に身をていして助けてくれた金髪ハーフのイケメンが実はインターポールの刑事だった! 自分のせいで怪我をしてしまった彼を助けるため、仕事を休んで国際的な指名手配犯を追いつめる』という二時間もののB級アクション映画みたいな記憶でした。

 ちなみにクライマックスでは三峰先生が捕まって絶体絶命のピンチに陥るけれど、イケメン刑事が実はハーフ吸血鬼で全てをぶっ飛ばして火星に帰るらしい。


 トンデモ展開を挟んで最終的に失恋するんか、と目をいたけれども、偽情報で結ばれちゃったら後が困るから、とのことだった。

 そりゃそうだ。これで結ばれたらハーフ吸血鬼でインターポールの刑事やってる彼氏が出来ちゃうもんね。

 改めて並べてみると属性の闇鍋やみなべである。

 まぁ、ひと夏のアバンチュールということで納得してもらおう。良かったですね三峰先生、補習だけで夏が終わらなくて。


 閑話休題それはそれとして


 帰るために電車に乗った俺たちを待ち受けていたのは、爆裂地獄である。


 ガタンっ。

「きゃぁ!」

 サキさんがバランスを崩したり。


「あれ、サキエルさん何やってるんです?」

「詳細報告をメールで――」

「だっ、駄目です!」

 レリエルのせいでサキさんが俺に突っ込んできたり。


「良いですか。あの女性が優斗さんに触れますので――」

「えっ? 結構遠くにいますわよ?」

「このあと移動してきてここがこう、」

「馬鹿ッ! マジで触んなっ!?」

 レリエルが実際に触ってきたり。





「つ、着いた……!」

「やりましたね優斗さん……!」


 俺たちが最寄り駅に戻って来た時には、精神的にボロボロだった。


「? 結局、爆発はしてませんわよね?」

「いいえ、死に戻りしまくってます」

「サキエルさんも優斗さんの守護天使やりましょうよー。死に戻りの内容をフィードバックできないと本当に難しいですよ? ただでさえ優斗さんは隙あらば女の子にタッチしまくりの股間爆発させまくりマンですから」

「俺のせいみたく言うんじゃねぇッ!」


 ――かくして。

 俺の守護天使が二人に増えたのであった。

 そして、家に着くまでもう一波乱あることを、この時の俺たちはまだ知らない。




  


 Result――94Combo!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る