セイシ虚しく全滅遊戯
只人、悉ク朽チテ逝ク
「しって…………る?」
花火も終わり、ホテルに戻った。揺葉はそもそもこのホテルには泊まっていないが女子特権により一先ず合流した。無関係な冬癒が寝るまでは適当に時間を潰して過ごしていたが部屋に帰っても遊ぶという空気にはならず、気になるのはその発言の真意である。
向坂柳馬が知っているのは不自然ではない。彼は鳳鳳とやらの友人であり、数多の危険な場所へ赴いてきたのだろうから、知っていたとしてもケチはつけられない。そもそもの知識量が違うのにどうして俺の方からやいのやいの言えるだろう。プロに素人が難癖をつけるなんて恥ずかしいではないか。
だがそれが夜枝になると話が違う。
「お前、そんなに…………詳しかったか?」
「………………」
夜枝もまた、詳しくない。向坂さんなんて奇人を除いたら一番詳しいのは水鏡家の錫花で、そこにはケチのつけようがなかった。『神話』の世界は彼女が居なければ間違いなく死んでいたし、呪いの構造や所在についても、彼女が居なければ糸口すら見つからなかった。
霧里夜枝は成り行きで参加したから、詳しいのは不自然だ。元々詳しいならもっと早くに言うべきだった。
「夜枝」
「………………」
「何で黙るんだよ」
「…………」
「おい!」
「新宮硝次君、多分彼女は話さないんじゃなくて話せないんだよ」
「は……?」
先生が知った風な口をきいて夜枝の肩をそれとなく持つなんて。一応伝えておくと夜枝自体に意識がないとか気絶しているという事はない。目線は横やりを入れて来た先生の方を向いており、それは何処か―――助け舟を非難さえしているみたいに細められている。
「話せないってどういう事ですか?」
「おまじない……呪いの初歩だよ。消しゴムのカバー裏に好きな人の名前を書いて一年バレなかったらとか卒業までバレなかったら願いが叶う……みたいなアレ。君に一つ聞きたいんだけど、彼女が君と出会ったのはいつだい?」
「……」
思い出すという行為がそもそも必要じゃない。霧里夜枝と出会ったのは直近一年以内で、もっと言えばこの訳の分からない呪いが始まってからだ。ただし、錫花を差し向けたのが彼女なら夜枝はそれ以前から俺を知っていた。勿論知っていると出会っているには大きな違いがあって、俺を知っているだけならそれは何も特別な話じゃない。あの隼人の親友だ。どうあっても利害の睨み合いになる事から俺以外の誰もこの立ち位置にはつけなかった。そういう意味では有名人であり、一年後輩が何処かでその存在を知るにはタイミングは幾らでもあった。
「……俺とちゃんと話をしたのはこの呪いが始まってからですね。夜枝が一方的に知ってるなら分かりません」
「ふむ…………実は君が向こうに居る間少し話をしたんだよ。彼女はいつ君を好きになったんだろうってね。ああいや……その、元々仮説を持ってたんだ。ひょっとすると君を本当に好きだという女子には呪いは及ばないんじゃないかって」
「…………」
三人にはまだ話していないが、その仮説は正しい。俺達の事情なんてまるで知らない向坂さんからも同じ言葉が飛び出したのだ。渦中に飛び込んでそう思っていたのならある意味裏が取れたとも言える。
「それで?」
「彼女は君を好きになったのは、君が小学生の頃だ。当然君は覚えていないとも言っていたよ。やっぱりそれは正しかったね」
「…………いつだ? 今まで出会った奴全員覚えてる訳じゃないけど、初めて会った時のコイツのヤバさと言ったら筋金入りだったんで会ってたら覚えてるような」
「アンタは『無害』だったんだから覚えてる訳ないでしょ」
根拠もなしに自信持つんじゃないわよ、と親友が俺の背中を拳で小突いた。心外なコメントと言いたいが、言った相手が相手なので反論しにくい。自分の次に俺を知っているという意味で。
揺葉は見透かしたような夜枝を見下ろしている。腰に手を当てて前傾し、不自然に大人しい後輩を見つめていた。
「どんな話にもある程度ついていけるけど拘りはない。取柄もないから誰から嫌われる事もある程度好かれる事もなくて、隼人君と違って男女のしがらみにも縁がなかったから誰にでも手を差し伸べられる。隼人君が女の子助けたらその子いじめられちゃうかもだったしね。まあアンタはそんな打算なかったんだろうけど、打算がなくて普段通り誰かを助けたなら覚えてるなんてあり得ない」
「い、言うじゃん」
「私の方が覚えてるわよ。出来るだけ硝次君と一緒に居たもんね。この子かどうかだったかまでは覚えてないけど、私の存在を知らなくてアンタの事だけ知ってるって事は……秘密基地の時の子かなって」
「秘密基地……親友との思い出なら、流石の新宮さんも?」
「それは覚えてる。あれの事だよな」
話のきっかけは忘れたが外に秘密基地があるのっていいよなという話になった事がある。揺葉はロマンの分かる奴で、俺が言い出すよりも早くじゃあ良い場所を探そうという話になった。
ただ秘密基地と言ってもそんな本気で引き籠れるような場所ではなく、単に二人ないしは三人で遊べる場所が欲しかったというだけだ。それを大袈裟に誇張したらそういう表現になる。だから下手すると自分も戻ってこられなさそうなら山奥はなしで。当時は虫も嫌いだったから尚あり得なかった。かといってその辺にある様な空き地は秘密基地と呼ぶには開放的過ぎる。
ああじゃないこうじゃないと吟味しながら色々な場所を巡った。そんな風に歩いていたらふと―――見つけたのだ。生垣の足元に開いた小さなトンネルを。子供の頃だからどうにか入れたってくらいの隙間。住居侵入だとか不法侵入だとか、当時の俺達はそんなものを気にする知識もなく無邪気な子供だった。この先がどんな風になっているんだろうとワクワクして入ったのだ。
「………………ちょっと待ってくれ。入った後の事が思い出せない」
「はあ?」
「あのトンネル入る所までは思い出せるんだよ。でもそこから先が思い出せない。お前がスカートだから先に行きたくないって言ってた下りも覚えてる。もしかしてその時出会ってたのか?」
「そこは違う。出た後の話よ」
「出た後……?」
………………………
「新宮さん?」
………………………
「何も……思い出せない」
「また!?」
「今度は違う! 何もなかっただろって意味だ! お前と普通に帰った記憶しかないぞ!? 疑うなら全部言うぞ! 喉が渇いたねって話になってジャンケンでどっちが買いに行くかって話になったんだ! で、俺が勝ったからお前が買いに行ったけど、近くに自販機がないから探すまでは一緒にやったっていう流れ! 合ってるだろ!?」
「滅茶苦茶合ってる。合ってるけど、その後は?」
「…………普通にお前と一緒に帰った」
「は?」
「いや、お前と一緒に」
「は?」
「記憶にないんだよ! なんかしたっけ!? マジでなんも覚えてないんだって!」
「いや、もうこの際彼女について覚えていてもいなくてもどうでもいいよ」
親友との口論が白熱する中で、また先生が横やりを入れてきた。この人は横やりを入れるのが大好きに違いない。絶対にどうでも良くないだろう。夜枝と何処で出会ったかかが重要なのに。
「話の発端を忘れてるよね。『オタケビ姫』だ。霧里夜枝ちゃんが知ってた、秘密基地の時に出会った。そして今、君はトンネル入ってからが思い出せないと言った。ならもう、十分じゃないか」
「そこには、居たんだよ。お姫様が」
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