鈴白煤詩錫の花

「はー何で俺がこんな事しなきゃいけないんだろ。意外と疲れるんだよな」

「お疲れ様♪ センパイッ! 飲み物近くで買ってきたのでどうですか?」

「おー泳いでもないのに喉が渇くと思ったんだ。夏って凄いよな」

「テントの中の方が日陰で涼しいかもしれませんね! 入りますか?」

「や、錫花達の目印にならないとまずいから陰にだけさせてもらう。お前達は入ってろよ。どうせまだ泳がないなら日焼け止めでも塗った方がいいんじゃないか?」

「それはもう十分塗りましたよ。でも幾らお肌の為だからって見た目を損なうくらい塗るのもどうかと思っちゃいます。隣座らせてもらいますね♪」

「お、おう」

 仮にも水着姿の後輩に密着されるように座られるとドギマギしてしまう。『無害』故、俺にこの手の耐性は存在しない。隼人なら幾らでも気にしないでいられたのだろうが、この辺りは単純に経験差がでている。

「照れてるんですか? センパイとしての威厳とかないんですねっ、可愛いです♪」

「や、やめろよな……」

 太腿に手を置かれたかと思うと、腹筋を撫でるように触る夜枝は心なしか恍惚としており、俺が多少追い払っても気にせず手を伸ばしてくる。本気で嫌がれば止めてくれると信じたいがどうだろう。まず本気で嫌がっていない自分が居るから何とも言い切れない。

「冬癒ちゃんが居る限りは、何もしませんよ?」

「……安全な火遊びに興じる奴の方が趣味が悪いらしいぞ」

「うふッ!」

「やっぱりずっと前から思ってたけど、お兄ちゃん夜枝さんの事結構好きだよね」

「―――その前の時だったら否定したけど、今はあんまりそれが出来ないな」

「え!? ひょっとしてキスとか……しちゃった?」

 せっかく逃げ道が残っていたのに俺と夜枝の会話に混ざりたいらしい妹が残っていた側面を塞いでしまった。そんなに仲良くしたいなら女子同士で話してくれると個人的には凄く助かる。

「キス……どうでしたっけ? ねえ、センパイ」

「…………見ての通りこいつは虚言しか言わないからあまり信じるなよ。お前は正直者であってくれ。さすれば素敵な男性が彼氏になってくれるでしょう」

「あー…………それは、どうだろ」

「へ?」

「お兄ちゃんがタイプとは言わないけど、お兄ちゃんみたいな男の人だったらノリも合うしいいかな~なんて思うんだよね。でも居ないから……私のクラス、大人しい子の方がモテるんだよね。男子がさ。私はそういうの無理だから。でへへ」

 俺から矛先を逸らす目的で妹に話を振ったらかなり真面目な恋愛話が生まれてしまった。夜枝に視線で助けを求めると、彼女は俺の足から身を乗り出して、冬癒の顔を覗き込んだ。

「冬癒ちゃん。そうしたらね、良い事教えてあげる♪ 同い年から探そうと思うから難しいんだよ。だから少し年上の子とか探すと……もしかしたら見つかるかも! 私にとってのセンパイみたいに!」

「夜枝さんとお兄ちゃんの馴れ初めって何なんですか?」

「それは……トイレ……」

「あ、それ違いますよ?」

「何が違うんだよ。言い辛いけど、どう考えてもあれだろ」



「私がセンパイを知ってるのはもっと前からですよ」



 言ってて思い出したが、俺は自分から夜枝と錫花の関係性について言及していたではないか。彼女に俺を救出する指示を出せるなら元々俺の事は知っていないとならない。自分でもうっかりしていた。

「じゃあ、いつからだ?」

「うーん。この流れなら仕方ないかな。それはですね―――」



「お待たせしました」



 タイミングという意味ならこれ以上なく最悪。または最良。鈴を転がしたような綺麗な声に似つかわしくもない、凶悪な肉体。それは齢十四におよそ似つかわしくないグラマラスな身体―――主に豊満なバストと磨き抜かれたくびれを指す事もあれば、首から上を不完全に覆い隠すガスマスクの事だって指す。

 控えめに言って注目を集める。何もかも景色が一致しない。強いて理由をあげるとするなら錫花が美人過ぎるからではなく、あまりにも不審者然としているから。

 夜枝とは対照的に錫花は白いビキニを着用しており、胸の大きさから布面積は比較にならないが、それでも尚零れ落ちんばかりに谷間が深く刻まれ、歩くだけで明確に揺れている。前面にレースのあしらわれた水着はまるで夏の花嫁衣裳。そう思わせるのは下半身を覆う透け透けのパレオが理由だろう。

「…………………」

 多くの人間はあまりにも不審者すぎるガスマスクに気を取られて気付いていない。顔を隠された事に慣れた俺だけが、錫花の ̶ド̶ス̶ケ̶ベ̶っぷりに息を呑まれていた。

 まず胸を支えている部分だが、よくよくレースを透かして見ると胸元に穴が空いており、谷間がモロに顔を覗かせていた(胸のホクロが見えている)。冬癒が居るからまだ平静を装っているつもりだが、隼人と違って俺は聖人でもないし、あらゆる誘惑に抗う煩悩忘れし男ではない。それを知る機会があまりなかったというだけで、いつぞや想像の中で錫花のお尻を鷲掴みした様に、どちらかというと煩悩塗れだ。

 ではパンツの方はというとこれも問題で、パレオが奥ゆかしいエロスを出しているのかと思いきや、レースのあしらわれた腰回りはよく見ると紐だ。太腿の付け根にある膨らみは結び目だろうか。あれを解いたらパンツも脱げるなんて事はあり得ないとしても、いやいやそんな事はどうでもいい。

 


̶エ̶ロ̶過̶ぎ̶て̶何̶も̶考̶え̶ら̶れ̶な̶い̶ 。



 まずビキニからしてそうなのだが、身体の凹凸があってこそ映えるデザイン故、着る女性はスタイルに自信を持っていると言っても良い。錫花は特に絶大な自信があるとしか思えない。実際それに違わぬ成熟ぶりだ。

「…………す、すず、すずずずずずずっずずずっずずずず」

「新宮さん」

 ガスマスクの片面を曇らせており、相変わらず顔の露出度は目の周りが少し見えるだけ。それでも雰囲気は圧倒的に違う。思わず立ち上がってしまった俺に近づくと、意図してか偶然か、谷間に手を置きながら、上目遣いに首を傾げた。

「似合ってますか?」

「……………………………す。すっげえ。可愛いと、思う」

 鼻息が荒いのはまずい。だがどうしても興奮が抑えきれない。男なんてこんなものだ、隼人と違ってモテていないから、こういう時にクールな反応をしてやれない。震える手で肩を掴むと、あまりの滑らかさに思わず手を離してしまった。

「……そう言ってもらえて、嬉しいです。このマスクは特注なので、ガスマスクに見えると思いますが実際そんな機能はありません」

「錫ちゃん、呼吸苦しそうに聞こえるけどそうでもないんだ?」

「普段の仮面の時もこれくらいです。気にしていません」



「じゃあ息が荒いのは、センパイに褒めてもらったから? きゃー錫ちゃんってばえっち!」



「ち、ちが! 霧里先輩っ」

 

「うわー取り乱してる! やっぱりそうなんだー!! センパイ、やりましたね♡ 二人の女の子からモテモテですよ!」

「錫花ちゃん可愛い! 私には到底出来ないや!」

「そんな……冬癒も素敵だよ。元気な感じが、凄くぴったり」

「…………そ、そうだ。あああ、そうだ。そうそうそうそう! せ、先生は!? 結局水着に着替えたかどうかも知りたいんだけど……」

「あ、湖岸先生はその…………」

 錫花は海の家の方を指さして、頭を振った。



「ナンパされて、連れて行かれました」





 よくよく考えると、それはおかしな話ではない。

 錫花は俺にドストライクだったが傍から見ると不審者で、夜枝は真っ先に俺の所に来た。冬癒は年が幼すぎる。必然、誰が一番ナンパされやすいかと言われたら先生になる。

 白衣で誤魔化されてるけど、あの人スタイル良いし。

 ちょっと髪型と服装を整えるだけで見違えるのではないか。

「―――え。って事は水着着たのか?」

「着ました」



 見に行かないと!

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