仮面を隔てた営み
酒を飲んでおかしくなってしまったのかもしれない。
俺は、好意を持たれる事に嫌悪感を持つようになっていた。呪いに掛かってからというもの、好きと言ってくれる奴は信用出来ない。『無害』な俺にそんな感情を持つ奴は呪いで頭がおかしくなったに違いないと。実際そうだし。
「…………す、錫花」
直前で契った。
口づけをした。
俺の知りあってきた人間の中で水鏡錫花という女性は特別悪意がなく、純粋で。邪な事を言えばスタイルも良かった。それでもこれまでは年齢という一線でのみ耐えてきたが、『カシマさま』と戦った影響からか、俺には彼女が大人の女性にしか見えない。
未成熟と呼ぶにはあまりに豊かな胸と、曲線美の極まった身体。たとえ顔が見えなくても、男としての情欲が煽られるのは当然の道理だった。
気が付けば、位置を入れ替えて錫花をベッドに押し倒している。
彼女が逃げられないように身体で抑えつけて、仮面越しに顔を密着させていた。
「い、一度しか言わないからよく聞けよ」
「…………はい」
「『カシマさま』のせいでおかしくなったみたいなん、だ。その、そういう事言われたら、もう我慢出来そうにない。言わない方が、いい。さっきからずっと、頭の中ではお前を滅茶苦茶にしてる。最低、かもしれないけど」
「…………望む、ところなんですけど」
「それを言うな! 頼む、拒絶してくれ! 理性が消えていくみたいなんだ! こんなちっちゃい中学生を押し倒してる罪悪感で踏みとどまってるだけなのに、これ以上言われたらどうにもならん!」
「―――責任取って一緒に居てくれるなら、何も言いません。お金の事は気にしないでいいですから」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!」
錫花が俺の身体をほんの少し遠ざける。
言行不一致の挙動に理解が追い付けないでいると、彼女は両手を横に広げて、一切の抵抗を放棄した。
「抱いてください」
「うおおおおおおああああああああああああああああああああああああああ!」
とにかくこの感情を発散させないといけない。そうでないと俺は間違いを犯し、以降犯し続ける事になるだろう。いつか正気に戻った時には全てが遅い。この期に及んで間違いを選べないのは『無害』たる男の矜持だ。
だからせめていつもやっている様に、その胸に顔を埋めた。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!」
ぐりぐりと顔を動かして、どうにでもなれという勢いだ。下着の硬さが自分の顔の位置を教えてくれる。とんでもない行為をしているのだと自覚させてくれる。これしかない。こうでもしないと発散出来ない。おかしくなる。最初の一回だからこそ駄目なのだ。
一度でも錫花に手を出したら、二度目も三度目も変わらないからと虜になるだろう。それはそれで呪いだ。きっと止まらない。仮に彼女を妊娠させる事になっても、今まで溜まりに溜まった分が爆発して、収まらない。
―――拒絶してくれたら、止まるけど。
この様子だと錫花は拒絶してくれないので、こういう事になる。優しすぎるのも考え物だと思う。
「……………そのままで聞いてほしいんですけど。死なないで下さい。一連の事件が全て終わったら、水鏡の家に来てください。私達の為に、部屋を用意してくれるそうですよ」
「………………? 意味が、分からないんだが」
「一週間くらい泊まっていって欲しいです。二人きりの時間、欲しい。もてなすので、お願いします」
「……わかった。いいよ。俺が、生きてたらな」
他愛もない話をしてくれたお陰で少し冷静になれた。胸から顔を上げると、錫花も少しだけ上体を起こして、耳元で囁いてきた。
「もっと、夢中になって欲しいです。新宮さん」
「何だか騒がしかったけど、大丈夫?」
「いやあ、ちょっと。俺がおかしくなっただけで。神話の影響だと思いますよははは」
錫花と二人でリビングに戻って来た。ハチャメチャな情動は何とか収まってくれたが、先生と夜枝から見えない位置にあるからと言って、頭の中ではこっそり彼女のスカートに手を入れお尻を揉んでいる自分が居た。どうかしていると思う。
―――言い訳の、つもりだったんだが?
『カシマさま』だの神話だの、その場を凌ぐ言い訳として使っている自覚はあるが、本当にそんな気がしてきた。いつもの俺はこんな妄想しない。揺葉と電話エッチした時はその限りではなかったが、あれはそもそもそういう名目だった。
「もう身体は怠くないんですか?」
携帯を覗きながら夜枝が呟く。これが錫花と一線を越えかけてからそういう気だるさが消えたなんて、言えたらどんなに良かっただろう。ていうか本当におかしい。俺はどうしてしまったんだ。
「大丈夫。大丈夫」
とにかく女子の横に居ると間違いが起こりそうで怖かったので、机を囲むにしても距離が欲しかった―――が、椅子の数と配置からして、何処を選んでも誰かしらは隣に来るようになっていた。
夜枝は相当乗って来そうなので、消去法で先生の隣に座る。白衣は洗濯機にでも入れたのだろう、インナー姿の先生はいつにも増して魅力的に見える。机の上にはパソコンが置いてあった。
「二人が上で休んでる間に、一度落ち着くべきかと思ってね。あれを見る事にしたんだ」
「あれですか?」
「
「……アイツは病院に?」
「居るようだよ。『姉ちゃんがわんわん泣いてて鬱陶しい』とか姉弟仲が良くて羨ましいね」
無いものねだりも、ここまで来ると痛ましい。全てを失った先生にとって羨ましくない物が存在するのだろうか。
「三嶺先輩、双子の弟が居たんですね。さっき聞きました。まさか弟の方が女装してるから今まで生活出来てたなんて知りませんでした。何でそんな事してるんですかね?」
「俺に聞かれても困る。むしろ気になるのは水都姫―――姉の方だよ。何でアイツは影響受けてないんだ? ヤミウラナイは不成立で、でも俺には呪いがかかってて? 周りの女子は痴女化して頭おかしくなってたのにアイツはおどおどしてるだけだったぞ。別に普通だ」
一般的にそれは挙動不審だが、そもそもの挙動がバグり散らかしている他の女子と比べたら普通だ。様子がおかしいという言葉も、周りの女子がやたら肉体関係を求めてきてストーカーして、他の男子を躊躇なく殺害出来るような状況にあるので、間違い。びくびくおどおどしてるだけで不審なんて酷い話だ。
「その事については少し前から私の中で有力な仮説があるんだけど……USBを見たのだってその答えが乗ってるかもと期待したんだ。でも中身は違った」
パソコンの画面をクリックして、動画が再生される。画面が真っ黒いままなので動画というより、殆ど音声のみだが。
『ねえ、聞きたいんだけど。隼人。い、い、いいかな?』
『あん? おー水都姫か。そういや、お前は一回も告白して来なかったな。じゃあ用件は違うか。何だ?』
『しょ、硝次の事。どう思ってる、の? いつも貴方の踏み台にされて、いいように、女子にさ。されてる訳じゃん。傍から見たら、仲良しには見えるかもしれないけど』
『……あー。それ聞いてきたの、お前が初めてだわ。一応聞きたいんだが、アイツに頼まれた訳じゃないな? ま、違うだろうけど。その辺割と傷つきやすいからな硝次は。積極的に女子と絡んだりはしねえか』
『……ど、どうなの?』
『どうも何も、いつも迷惑かけて申し訳ないなって思ってんよ。俺はどうせ告白を受ける気が無い。それなのに何であんなにチャレンジするかね?』
『―――と、まあここまでは建前みたいなもんだ』
『建前?』
『硝次は俺の親友だ。それは間違いない。アイツより善い奴は知らねえ。まあ善いだけじゃモテないって事だろうな。でも善い奴だから熱烈に愛されるって事もある。こんな、雑な愛され方じゃなくてな』
『―――俺はアイツに、死ぬ程嫉妬してんだよ。意識したら絶交しちまいそうになる。でもそれすら駄目だ。一言じゃちょっと難しいな。親友やってんのは単にアイツが好きだからってのもあるし、唯一無二の合理的……ってのも変だな。俺の気持ち的には理に適ったメリットがあるんだ。絶交したらそれも捨てる事になる。だから出来ない』
『……よく、分かんないんだけど。お友達料金貰ってるみたいな話?」
「んな事したら絶交してるのと同じだな。アイツ、自分を『無害』って言うけど馬鹿らしいぜ正直。俺がモテすぎてて、お前がさっき言ったみたいに利用され続けるからなんだろうけどさ。自分に対する好意に気づかねえんだわ。だから嫉妬してるんだよ。俺がどんだけ言う事聞いても尽くしても、ちっともこっち向いてくれない奴が居てさ、そいつが硝次にはきゅんきゅんしてんだ。キツイだろ、こういうの』
『そ、そ。…………………それ、言って、いいの? 私なんかに』
『いいよいいよ。もうすぐこのもやもやしたのも終わりだ。アイツがモテるようになったら、全部変わる。立場逆転結構。それでようやく、気持ちよく親友やれるよ』
俺を呼び捨てしているので聞いているのは水季君だろうが、そこはどうでもいい。
そこには、央瀬隼人の本音があった。
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