Tuner Bullet
最早無白
戦慄には旋律を
自室で資料に目を通していた私は、重いノック音で世界に引き戻された。
「どうぞ、何かあったのですか?」
「アルナイル少尉、大変です! 外で爆発が!」
部屋へ駆け込んできたのは、おそらく一年目であろう兵士だった。
「ば、爆発!? どこです?」
窓から外を確認すると、南門の辺りから煙が立ち上っていた。爆発音は聴こえなかったから、火の不始末なのだろうか? いや、不発弾が暴発した可能性もある。
とにかく、こればかりは現場に行ってみて確かめるしかないな。
「すぐに向かいます。できればで構いませんので、私の同期……二十三期A班にも、状況を報告してください」
写真はすぐに用意できなかったので、紙に同期達の名前を記し、彼に手渡す。これで分かってくれればいいが……。
「分かりました! 二十三期A班ですね!」
――意外と大丈夫そうだ。会ったのは初めてだったが、なんとも頼もしい部下で嬉しい限りだな。少なくとも私なんかよりよっぽど立派だ。
「さて……」
スタンドから帽子とコートを、机からは
あぁ、資料……。まだ確認し終わってない箇所があるが、今回ばかりは後回しだ。
「おい、なんなんだよアレ!」
「見たことないぞ……!」
南門には野次馬が群がっており、未曾有の状況に対して恐怖を抱いていた。
「おっ、来ましたねー少尉さん!」
「もう。階級で呼ばれるの、結構恥ずかしいんだから……」
私が現場に着いた時には、同期達は既に戦闘の準備を整えていた。
眼前には街を飲み込めるほどに巨大な、得体の知れない生物が蠢いている。体色は緑に近い青であり、丸みを帯びたフォルムをしている。
「そんなことより、あのいい男誰よ!? どこで知り合った?」
「そんなことって……。ついさっき、あの人が騒ぎを知らせてくれたの。クラリスが知らないってことは、B班の子じゃないんだ」
クラリス・ベイド。拳銃を扱う私とは対照的に、彼女は
実力は私よりも数段上なのだが、どうやら昇進には興味がないようで、後進の育成に力を入れている……というのは建前で、結婚相手を探しているとかなんとか。
「アルナイルは正義バカだからなぁ。見習うべき点ではあるが、また無理はするなよ?」
「大丈夫、アンジェラ達が守ってくれるって信じてるから」
アンジェラ・ダンフン。構えている
非常に仲間思いな一面もあり、二十三期A班ではリーダー的存在だった。後輩にも愛情を注いでおり、二十九期生C班の出来は、クラリス率いるB班とツートップである。
「ところであのデカいのを倒しゃ、さすがに給料上がるよな?」
「上がるけど……レオナがお金ないのは、ギャンブルですぐ使うからでしょ?」
レオナ・ロカチカ。低身長ながら、大砲を振り回すほどのパワーの持ち主。実力、戦果共にこの中では最も優れているのだが、お金の絡まない任務には一切参加しないため、階級自体は一等兵止まりである。
ギャンブルに興じており、そのせいで何度か生活費を貸すハメに……。さすがに面と向かって『返せ』とは言いづらいので、内緒で給与の何割かを天引きしている。悪く思うな。
「ていうか、なんでウチらなわけ? 少尉ってそこまで人望ないん?」
「あんまり……。良く思わない人がほとんどだよ、
訓練時代に学んだものは、無意味だということを嫌でも分からされた。自分の信じていた『正義』はことごとく打ち砕かれていった。
「なるほどなぁ。後輩も見ているし、わたし達だけで頑張りますか!」
「アタシの射撃で、アレも後輩ちゃんの心も射貫くんだからー!」
「ウチが倒したら六割もろてええ?」
三者三様の意気込み。目的こそバラバラだが、今はこの三人がいるだけで心強い。
「……行くよ!」
一斉に駆ける。私は生物の懐に潜り込み、腹部に拳銃を突き立て発砲する。銃弾は生物の体を貫いたが、すぐ元に戻ってしまい、流血もなかった。
「体が再生した!?」
三人の弾も同様に、体は貫くもののすぐ再生を許してしまった。幸い生物の動きは止められたので、このまま弾を撃ち続けていく。
「アンジェラ!」
「分かってる!」
アンジェラはアサルトを一心不乱に放つ。拳銃では分が悪いので、後方に下がりつつ足を狙い、動きを止めることに専念する。
「二人とも、穴やったらデカいの空けた方がええやろ!」
レオナの一声で、生物から一旦距離をとる。
「これで……昇給やぁぁぁぁ!」
大砲が生物の腹部に大きな風穴を空ける。再生するとはいえ、それなりに時間がかかるはずだ。動きも止まっているし、被害は最小限で済みそうだ。
「はーい、ここは危ないからイケメン以外はさっさと避難してねー!」
こんな危機的状況でもクラリスの男好きは健在だ。遠方からの射撃は、同時に住民の避難誘導もできるため、彼女はまさに痒い所に手が届く存在である。
「ありがとうクラリス! カッコつけたいのは分かったから、イケメンの人も避難させて!」
「ちぇー。まあ好みの子はもういなかったからいいけどー」
後方を確認する。よし、住民は全員避難しきったようだ。あとは生物を撃退するのみだが、銃弾が効かないとなると、一体どうすれば……?
「全兵士に告ぐ! 直ちに南門へ向かい、未確認生物と応戦中である、兵士四人の援護をせよ!」
サイレンの轟音とともに、上層部からのうるさい指示が耳に入ってくる。
「何が全兵士や。自分らは動かんっちゅうに……ん?」
蜘蛛の子を散らすように、生物はその場を離れ、住処であろう森へと帰っていった。
「とにかく、助かったな」
「うん……」
――生物の襲撃から数日後。私達四人は中将室に召集されていた。
「まずは……此度の戦闘、ご苦労であった」
中将は誇らしげな表情で私達を労う。
「ありがとうございます。しかし、あそこであの生物が逃げていなければ……運が良かっただけです」
「それでもいい。
三人は『自分は前線に赴いていないのに』なんて目をして中将を睨んでいる。気持ちは痛いほど分かるが、軍としてはこれでいい。
階級なんてものは、親の七光りさえあればいくらでも昇格できるため、体力や技術などは一切関係ない。いわばただの飾りである。しかしオリエンに生きる住民にとっては、その飾りこそが兵士の善し悪しの判断材料なのだ。
階級の高い者が強いのではなく、階級の高い者を強く見せる。
生物と応戦した四人の階級は、少尉、軍曹が二人、そして一等兵。
「本題に移ろう。生物はサイレンの音を聞いた途端、森へと逃げ帰っていった。つまり、生物の弱点は『音』なのかもしれない」
「音、ですかー?」
「じゃあアレが出たら、この前みたくサイレンを鳴らせばええってことですね!」
「待てレオナ。都度都度で軍のサイレンを鳴らすと、住民を不安にさせてしまう」
「ダンフン軍曹の言う通りだ。住民の心の安寧を守ることも軍の責務、生物の脅威に怯える生活など送らせてはならない」
言いたいことは分かるが、住民に気付かれずにあんな巨大な生物と応戦するなんて無理だ。大きな音を出す必要がある時点で、隠せるはずがない。
「そこでだ。アルナイル少尉、ベイド軍曹、ダンフン軍曹、ロカチカ一等兵。君達には、住民に向けたライブパフォーマンスをしてもらう」
「「「「ら、ライブパフォーマンス!?」」」」
――どうして。私はこの街を護るために軍に入隊し、自分なりの正義を貫いてきた……はずなのに。
「刺激が強すぎて全員悩殺しちゃうわねー!」
「う~ん、やっぱりわたしには似合わないなぁ」
「これやりゃあ、さすがにボーナス増えるやろ! ウチはやるで!」
「は、恥ずかしい……」
どうして私達は、こんなフリフリした衣装を着てステージに立たなければならないんだろう……。写真も何枚も撮られたし、家族や地元の友達にバレたらと思うと、胃がキリキリしてきた。
「うむ、似合っているな……これなら人気も出るだろう」
初ライブを直前に控えた私達を、中将は激励にやって来た。首にタオルをかけ、両手にはサイリウムを構えている。中将、意外とノリノリだ……。
「セ、セクハラですかー!?」
胸元を隠しながら、クラリスは冗談半分に返答をする。ちなみに衣装に胸元の露出は一切ない。
「また痛い所を突いてくるな……ではなくて! このパフォーマンスは街の命運を握っている、とにかく真剣に歌うんだ!」
「「「「はい!」」」」
街中にはかなりの数のポスターを掲示したし、まさか誰も来ていないなんてことはないだろうが……やはり初めてのライブとあって怖いな。
しかしこれも住民のための立派な業務の一つ。恥ずかしさや恐れは、手を抜く理由にはならない。不安と使命を胸に、いざステージへ!
「だ、誰もいない……」
「マジかー。まあ一発目だし仕方ないかー」
「待て、ステージで見えなかったが女の子が一人いる」
「「「どこ!?」」」
私達は慌てて下側を確認する。アンジェラが指さす方向には、確かに小さな女の子が立っていた。
「おう。ウチらの歌聴きに来てくれたんか?」
「うん。おねえさんたちのうたききたい」
「そっかそっかぁ。ならウチら頑張るから聞いたってや!」
へぇ、レオナは子どもとの接し方が上手いな。酸いも甘いも共に経験してきた同期間でも、まだまだ知らない一面があるものだな。
「よし、歌うで!」
「「「お、おう~……」」」
すっかりやる気に満ちたレオナに引っ張られる形で、私達は初ライブをやりきった。全三曲を歌詞も振りも間違えずにできたので、とりあえずはよしとしよう。
広場には女の子の拍手だけが鳴り響く。音色は折れかけていた心に、すっと沁み渡っていった。
「初めてのパフォーマンス、大変ご苦労だった。まだまだ厳しい道のりであるが、来週以降はもっと客足を付けられるよう、軍からもバックアップしていくつもりだ。業務の間に新曲の制作もしていこうと思う」
「あ、ありがとうございます……」
あの曲、中将が作詞したのか。大切な業務とはいえ、どこか力の入れ方を間違っているような気がする。
「ロカチカ一等兵、君は特に優秀だったな。こういうの、意外と好きなのか?」
「なわけないですよ。あの子を満足させられなかったら、次から誰も来んくなるじゃないですか。成果を出さんことには取り分も増えん、そんだけです」
あのやる気の裏には、そんな打算的な考えが張り巡らされていたのか。あくまでお金のためというのが、実にレオナらしい。
「そ、そうか……。とにかく次のパフォーマンスに向けて、各自備えていてくれ」
「……はい。お疲れ様でした」
中将が去った後、私達は次の作戦会議を兼ねてレストランへ向かった。
「お待たせしました、オムライスが四つです」
「「「「いただきます」」」」
頼むメニューは四人揃ってオムライス。訓練時代からずっと変わらない。正直ライブ活動には不安しかないので、三人の意見も欲しいところである。
「毎週のように歌って踊るとなると、結構大変だね。細かな振りも覚えなきゃいけないし」
「エリカはまず表情からでしょー? バッキバキだったわよ」
「確かに……集中してて気づけなかった。お客さんを喜ばせるのも仕事の内、ってことかぁ」
「ライブをしながら、客や生物の動向も確認する必要がある。思った以上にやることは多いな……」
「一発目に誰もおらんよかマシやで。とりあえず、ウチらはやれることやるだけや」
「……そうだね。みんなは業務の後とか、時間空いてたりする?」
全員で集まって合わせておきたいが、業務と並行してライブの調整もするのは難しいか……。一週間ペースというのも、スケジュールの過密さに拍車をかけている。
「そうだなー。アタシ達は同じ時間に終わるから、エリカ次第だねー。やっぱ少尉さんは忙しい?」
「うん、結構バタバタしてる。確認しなきゃいけない資料が多くて……」
生物が襲来した時も資料に追われていたし、報告書も当然階級が一番上の私が担当した。ライブ活動の責任者も、立場上は私ということになっている。つらい……。
「なら、アンタの部屋でやるか? 資料ならウチらでも目通せるわ」
「
「アルナイルはだらしない所があるからな。掃除も兼ねて合わせようか」
「わかった。あと、そんなに部屋汚くないから!」
それからというもの、私達は業務と合わせ練習を繰り返していった。依然として、ライブにはあの女の子以外現れることはなく……四人とも心が折れかけていた。
「お待たせしました、オムライスが四つです」
またいつものレストランで作戦会議。『日曜の夜にやってくる四人組』として、店員の間で噂になっているらしい。
「今日もあの子しかおらんかったやんけ。さすがに萎えるわ」
「軍も宣伝してくれているが、なかなか結果には繋がらないな……」
店内には私達の曲が流れている。これがずっとと考えると、バックアップは逆効果かもしれない。
「どうしよー? エリカ、上に掛け合ってみてよ」
「あの中将なら話はつけられそうだけど……あの人のせいでこうなってるんだもんね……」
「確かにそうだな。しかし生物に対し大きな音を出す上で、なぜわたし達がライブをするんだろう? 歌うのは他の人でもいいだろうに」
おそらくステージから門の向こう側が見やすいからなのだろうが、それにしても私達のような兵士が歌って踊るのは……腕前は素人同然だし。
「まあ、ウチら以外があんなデカブツ見たらビビり散らかすやろうし。その辺の事情コミコミなんやろ。なんにせよ、ウチは金入って来るならやるで」
「わたしも兵士としての誇りがある。たとえ業務内容が歌だったとしても、それが誇りであることには変わらない。後輩にいい所も見せなきゃいけないしな」
「アタシだって! こんなに目立てるならイケメンの一人や二人かっさらってからじゃないと、辞めるに辞められないわ!」
「……私も。この街と住民を護るためなら、尽くせる正義は尽くしたい。よし、これからも気を引き締めて頑張っていこう!」
二十三期A班。階級も目的もまるでバラバラだが、一度団結すれば、こなせない任務などない。いつだってこの四人で死地を乗り越えてきたのだから。
そう決意を固めた瞬間、ベージュのコートを着た男が私達の側を通っていく。机には……やはり置き手紙がある。
「そ、それは……!」
「うん、やっぱり生物が近づいてるって。夜になれば音が流れないと踏んだのかな……とにかく急ごう!」
「ええ!」「ああ!」「っしゃ!」
レストランを後にし、中将室へ向かう。
「中将!」
「ああ。音の周期を把握し、手薄なこの時間に襲撃しにかかるとは。予想よりも遥かに知能が高いな。今は、十九時か……申し訳ないが、もう一度いけるか?」
――そんなもの、決まっている。
「いけます!」
「よし。二十三期A班、配置につけ!」
「「「「はい!」」」」
何時間かぶりの衣装に身を包み、私達は
「二回公演ならいつもの倍くれてもええよなぁ!?」
「後輩のみんな、ちゃんとわたしの勇姿を見ててくれ!」
「あぁ、アタシは夜の街に輝く一等星! モテること間違いなしねー!」
「もうみんなバラバラすぎ……やっぱ変わんないね」
いつもの時間でも人が少ないっていうのに、まさかのゲリラライブ。誰も来ていなくたっていい。それでも私達は……。
街を護るため――
モテモテになるため――
自分の誇りのため――
金ごっつ稼ぐため――
目標に向かって、精一杯の
「……えっ」
眼前に広がっていたのは、暗闇にきらきらと咲くサイリウムの花畑だった。
「おねえちゃん、がんばれー!」
――あの女の子の声だ。どこにいるかは分からないけど、確実にそこにいる。ずっと見てくれていたあの子が……。
自分を信じてくれる人がいる。大丈夫、私達が護るからね。
「みんな、いくよ~!」
――後にも先にも、アレが最高のライブだったと思う。
何年経っても、昨日のことのように思い出せる。
夜なのにとてもキラキラしていて、まるで夢みたいだったな……。
「では次の方、どうぞ」
「はい。第四十期生、声楽部隊志望――」
Tuner Bullet 最早無白 @MohayaMushiro
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