第五十一話・並び立つ
「龍仁いるか?」
「おぅ、どうした南藤」
まだ龍仁だけしか居ない放課後の二輪車倶楽部部室。
「他はまだ来てないのか」
「誰も来てねえぞ」
「そうか……龍仁、どうだ?」
「突然どうだ?って、何なんだよ」
「何って、四人の事だよ」
「あ、あぁ……それな……」
天井を見上げながら腕組みする龍仁。
「少しは考えてやってるのか?」
「考えるってもよぉ……何考えたらいいんだよ」
「前言ってたろ? 鼓動が早くなるってさ。あれからどうなんだ?」
「あれか。まぁ、たまにあるな」
「おっ! 誰に対してそうなったんだ?」
「……みんなだ……」
「みんな? 四人全員にか?」
「そうだよ……」
「そっかぁ〜。まだ、横一直線って感じなんだな」
二人がため息をついたところで部室の扉が開いた。
「どうしたのだ? 二人で暗い顔して」
「おぅ、七海か。何でもねえよ」
「何でもなくは無いけどな」
「南藤……その話は二人の時だけにしてくれ」
「わかったよ」
「男二人でヒソヒソ話とは……わたしたちに言えない事を……」
「さ、西園寺! ま、待て!」
「変な話じゃないから、ファイティングポーズ解いてくれ」
「じ、仁がそう言うなら……」
龍仁が放った不意の笑顔に照れる西園寺。
そんな西園寺の後ろの扉が開き、高崎と東雲が入ってくる。
「七海さん、顔が真っ赤ですけど、何かありましたか?」
「そ、そうか? 今日は暑いからではないか?」
「真冬だよ〜? 今日は寒いよ〜」
「まあ、原因は何となく分かりますけどね」
高崎と東雲が西園寺の顔を覗き込む。
その視線から逃れるように、ソファーに座ってバイク雑誌を読み出す西園寺。
そこへ次の人物が現れる。
「みんな居る〜? 特に佐々川くん居る〜?」
「先生ブレませんねぇ。あれぇ? 真由美ちゃんと麗奈ちゃんはぁ、まだ来てないのぉ?」
「あぁ、まだ来てねえぞ」
「そっかぁ。ちょっと遅れてるのかなぁ」
「何? 麗奈さんと彩木さんがどうかしたの?」
「どうもしないですよぉ」
榊原先生が不思議そうに首を傾けていると、部室の外でクラクションが鳴った。
「誰か来たのか? 南藤、何か聞いてるか?」
「いや、知らないな。先生じゃないのか?」
「私は知らないわよ。とにかく出てみるわよ」
榊原先生が部室の扉を開ける。
開け放たれた扉の向こうに、バイクに跨り腕組みをするライダーが二人。
「ど、どちら様かしら……?」
榊原先生が問いかけると、二人のライダーがヘルメットに手をかける。
ヘルメットを脱いだ二人の顔は、全員が知っている顔だった。
「麗奈?!」
「ま、まゆ?!」
バイクに跨っていたのは、ドヤ顔の麗奈と真由美だった。
「二人とも……いつの間に免許取ったのよ?! 先生驚きすぎてビックリしたわよ」
「驚きすぎてビックリって……先生は面白い日本語使うのですね」
「恵美ちゃ〜ん、そこはそっとしといてあげようよ〜」
「美春は知ってたのか?」
「うん。二人に内緒にしといてって言われてたからぁ。ごめんねぇ」
「龍ちゃんたちをビックリさせたかったのよ」
「サプライズなのです」
驚きから復活した二輪車倶楽部の面々が二人の周りに集まる。
「なかなか面白えチョイスだな。なあ、南藤」
「だな。
「大きくないし、軽いし、このシンプルなとこに惹かれたのです」
「真由美は何でそれなんだ?」
「雑誌で見た時に、他には無いスタイルに惚れた! あと、名前がいいよね!」
「小刀か?」
「ううん。ナイフだよ」
「パッと見じゃ分かんねえもんだな」
「小刀? ナイフ? まゆ、何の話だ?」
「刀は排気量で通称があるんだって。小刀は四百、ナイフは二百五十のことだよ」
「そうなのか。まゆは物知りだな」
「好きなものって調べちゃうでしょ。どんな事でも知りたくなっちゃうしね」
女子が盛り上がっている場所から、男子三名が離れる。
「南藤は免許取らねえのか?」
「いま通ってるとこだよ。二月中には取れるさ」
「健児は?」
「恵美ちゃんとツーリング行きたいから〜近いうちに取るつもりだよ〜」
「そっか。どんどん二輪車倶楽部って名前に追いついてくな」
「少しずつ形になっていくってのは良いものだな」
「ああ。良いもんだ」
何かを思いついた龍仁が女子の方へ呼びかけた。
「せっかくだから、少し一緒に走らねえか?」
「走る走る!」
「もちろんなのです」
「あ、わ、わたしも一緒に走ろう!」
「先生も走るわよ!」
「理英先生も免許取ったのか?」
「いえ、私は車で走ります……」
南藤、美春、高崎、東雲、この四人は部室に残ることにした。
龍仁たち五人は、展望台へ向けて出発した。
「これで龍兄と一緒に走れるのは、ナナちゃんだけじゃないのです!」
「今度から、いつでも龍ちゃんと走りに行ける!」
「仁と二人きりの時間が減ってしまうな……」
「私には顧問としての役割があるのよ。それには車が必要なの。だからバイクには乗れない。でも大丈夫……きっと佐々川くんは見ていてくれるわ!」
四人それぞれ思っていることは違っているが、その想いの向かう場所は同じだった。
全ては龍仁の気持ちを抱きしめるため。そして、龍仁に抱きしめてもらうため。
「どうだ? 楽しかったか?」
駐車場で、ヘルメットを脱ぎながら龍仁が話しかける。
「うん! すっごく楽しいよー!」
「ちょっと怖かったけど、龍兄と走れて楽しかったのです!」
「なら良かった。せっかくだし、ちょっと展望台まで行こうぜ」
展望台に着いた五人は、誰言うでもなく、海に向かって並んでいた。
「これで並んだね」
「ナナちゃんの独壇場では無くなったのです」
「確かに並んだようだ。だが、わたしには積み重ねたものがあるからな」
「それなら先生にもあるわよ!」
いまだ四人に対して応えられる事がない龍仁。
何となく居心地が悪くなり、自販機までジュースを買いに行く。
そして、五本のジュースを買って戻ってくる。
「ほら、飲もうぜ」
「龍ちゃん、ありがと!」
「麗奈はオレンジ!」
「おぅ、オレンジはこれだ。理英先生はコーヒーで良かったな?」
「あら、覚えててくれたのね!」
「じ、仁、わたしのは……」
「これだろ? ココア」
泣きながらココアを受け取る西園寺。
そのココアを見た真由美が、キラキラした目で話し出す。
「そう言えば、そろそろアレだね」
「アレ? アレって何なのです?」
「先生は分かっちゃいましたよ。と言うより、すでに始動してるわよ」
「さすがですね。まあ、準備が早ければいいと言うものでもないですよ」
「まゆ、何の話だ?」
「麗奈にも分かったのです」
「分からない……まゆ、教えてくれないか?」
「フェアに行きたいので教えてあげましょう! この時期の一大イベントと言えば!」
「言えば?」
「バレンタインよ!」
「はっ! そ、そうか……バレンタインか!」
「先生はもう準備に入ってるのよ。もちろん手作りよ!」
「遅れをとってしまったのです……」
「わたしも手作り! 今までは既製品だったから、今年は気合入れてきますよ!」
「先生のみならず、まゆにも遅れを取っている……わたしも気合入れねばな!」
この時期に訪れる一大イベント。それはバレンタイン。
すでに相手がいる者たちにはキラメキのお祭りであるが、そうでない者たちには混沌を生み出すイベントである。
誰かチョコをくれるだろうか? わたしのチョコを受け取ってくれるだろうか?
渡したい者と渡されたい者での違いはあれど、人によってバレンタインは、お祭りではなく戦場となる。
ここ二輪車倶楽部では、お祭り組は四人。戦場に赴くのは五人である。
乙女たちのよるバレンタイン。その戦いの火蓋は、切って落とされたのである。
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