第五話・消えゆく光
ある日の昼休憩。この日は中庭でランチタイム。
「ねえねえ! 殿さま祭どうするのです?」
毎年、六月に行われる祭りがある。かなり規模の大きな祭りで、大名行列に扮した一同が街を練り歩き、街の中心部が歩行者天国となり、その周辺で様々なイベントが行われる。
「やっぱり最終日の夜がいいよね」
「麗奈は~最終日の花火が大好きなのです!」
祭りは三日間行われ、最終日の盛大な花火大会で締め括られる。
「今年もみんなで行くか。七海も来いよな」
「い、いいのか?」
西園寺が目をキラキラさせている。
「いいに決まってるだろ」
「そうか! 実は、今まで祭りと言うものに行ったことがないんだ」
皆が一斉に西園寺の方を向く。
「哀れむような目で見ないでくれ……」
西園寺はたまらず下を向く。
「でもぉ、なんでぇ今まで行かなかったのぉ」
「中学卒業までイベントなどは禁止。それが我が家の決まりだったんだ」
「祭りだけじゃなくてか?」
「あぁ、あらゆるイベントが禁止だった」
「じゃあ今年から解禁だな。西園寺に思う存分祭りを味わってもらおう!」
「ナナちゃん! 一緒にお祭り行くのです! 思いきり楽しむのです!」
「そうだ! 女子は浴衣で行こうよ」
「それはいいわねぇ」
「ゆ、浴衣か……それらしいものは見た事があるのだが……」
西園寺の顔が曇る。
「母に確認してみてもいいか?」
言うが早いか電話をかける西園寺。
「母上、少しお聞きしたいことがあります。その、私の浴衣と言うものはございますか?」
西園寺の顔から喜びの光が見える。電話を切り笑顔でみんなの方を見る。
「ナナちゃん。どうだったです?」
「こんなこともあろうかと、毎年作っていたそうだ」
「やったね! みんな浴衣でお祭りだね」
「あぁ、とても楽しみだ」
「よかったねぇ、西園寺さぁん」
「女子は大盛り上がりだな」
「俺たちはどうする?」
「そうだな。今年は甚平で行くか」
「ガラの悪い虎の刺繍のやつだろ」
龍仁がニヤっと笑う。
「ガラ悪くねえよ!」
みんな笑顔で祭りについて語り合った。
そして祭りの日がやってきた。
「やっぱり〜お祭りは楽しいな~」
右手に綿菓子、左手にりんご飴、頭にはお面でお祭りスタイルのこの男は
彼も小学校からの付き合いである。純粋で良い奴ではあるが、おバカさんだ。
「わたしはお前が居るだけで楽しさ半減」
「そんな~お祭りの日くらい優しくしてよ~」
「チッ、視界に入るな!」
ある理由により、高崎には徹底的に冷たい麗奈であった。
「麗奈、祭りの日くらい勘弁してやれよ」
その時、龍仁たちに向かって手を振る姿が見えた。
「おぉーい! こっちこっち!」
南藤の金髪は夜でも目立つ。待ち合わせの目印に丁度いい。
「まゆちゃん、ピンクの浴衣可愛いです~」
「ありがと。でも、れなちゃんの方が可愛いよ」
嬉しそうにデレデレする麗奈。
「美春ちゃん、紫の浴衣素敵です~」
「ありがとねぇ。麗奈ちゃんの黄色い浴衣似合ってるねぇ」
くるくるしながら喜ぶ麗奈。
「ナナちゃん、赤似合う~綺麗なのです~」
「そ、そうか? 馬子にも衣装と言うからな」
「確かに綺麗だな。七海、似合ってるぞ」
「あ、ありがとう」
身に纏う赤い浴衣よりも顔が赤くなる。
「南藤」
「なんだ?」
「それ、やっぱガラ悪いぞ」
「ガラ悪くねえよ! 男らしくていいだろうが!」
「わかったわかった」
笑いながら歩き出す龍仁。
「そんなにガラ悪いかな……」
ブツブツ言いながら龍仁に続く。
射的に金魚すくい、焼きそばにたこ焼き、様々な屋台が立ち並ぶ。
西園寺には夢の国である。
「れな、これは何をするものだ?」
「まゆ! 見てくれ! こんなに取れたぞ!」
心の底から楽しんでいる西園寺をみて、龍仁と南藤が言葉を交わす。
「西園寺変わったよな。『馴れ合うつもりはありません』なんて言ってたのが嘘みたいだな」
「そうだな」
「これも龍仁先生のおかげかな」
「だから先生やめろってば」
少し考え込む龍仁。
「変わったってのは違うかもな」
「違うのか?」
「いまのが本当の七海なんじゃねえかな」
「そう言うことか。だとしたら、そうしたのはお前だ」
「俺は何にもしてねえよ」
「無自覚にやってるのが凄いわ」
花火開始まで三十分との場内アナウンスが流れる。
「そろそろ会場に向かおうぜ」
「みんな呼びに行くとしますか」
二人はみんなの元へ向かった。
「おーい! そろそろ会場行こうぜ」
「花火の時間なのですー!」
「そうね。場所取らなきゃね」
「すまない。ちょっと行ってきていいか? 後で合流する」
「どこ行くんだよ? はぐれても知らんぞ」
「い、いや、どこと言われてもだな……」
モジモジしながら言い渋る西園寺。
「龍ちゃん、察しなさい」
「ん? 何か分からんが分かった。迷子になったら電話しろよ」
「わ、分かった」
小走りに龍仁たちから離れる西園寺。
「じゃ、先に行って場所取っといてやるか」
人の波にのまれながら、龍仁たちは会場へ向かった。
「さて、急がなくてはな」
トイレから出てきた西園寺がつぶやく。
「おい、西園寺じゃねえか。久しぶりだな」
振り返ると、いかにもチンピラと言う風体の男たちがいた。
「誰かと思えば負け犬どもではないか」
「相変わらずだな~西園寺~」
「貴様らに用はない。失礼する」
「こっちには大ありなんだよ!」
西園寺が男を睨み付ける。
「用があるなら早く言え。貴様らに使う時間が勿体ない」
「あんときゃ世話になったな~。おかげでエライ目にあったわ~」
「自業自得だ」
「ここで会ったがってやつだ。ちょっとそこまで付き合えや」
「断る。予定があるのでな」
「デートですか~。いや、お前に彼氏なんか居るわきゃねえか」
「貴様らに言う必要はない」
男を睨みつける西園寺。
「ほお〜誰か待たせてんのか。じゃあ、このままついてっちゃおうかな~」
「なんだと?」
「昔お世話になりました~ってご挨拶しなきゃな~」
「やめろ……」
「それが嫌なら付き合ってもらおうか」
「くっ、下衆が……」
西園寺は男たちに続き、人気のない場所へ向かっていった。
会場で西園寺を待つ龍仁たち。
「七海、遅いな」
「ちょっと遅いね」
「どこ行ったんだ?」
「本当にそう言うとこニブイよね。おトイレよ」
「そうか。迷ってるのかも知れんから見てくるわ」
龍仁が立ち上がる。
「龍ちゃん。余計なこと言っちゃだめだよ」
「はいはい」
「どこ行ったんだ」
トイレまで辿り着いたが、ここまで西園寺の姿を見かけなかった。
「すいません。赤い浴衣でポニーテールの女の子見ませんでしたか?」
人の流れを整理していた警備員に聞いてみる。
「あぁ、その娘なら見たよ。目立ってたからね」
「どこ向かったか分かりますか?」
「何やら男たちと言い争ってたんだが、その後あっちへ歩いて行ったよ」
「ありがとうございました!」
礼を言いながら警備員が指差した方へ走り出す。
「嫌な予感しかしねえな」
無事でいてくれ。そう願いながら必死に走る。
「三人ごときで私に敵うと思っているのか」
「はぁ~はっはっは! 残念だったな西園寺。おい出てこい!」
暗闇から十人くらいの男たちが現れる。
「祭りにゃ仲間が集まってんだよ。さっき招集かけといたんだわ〜」
「相変わらず姑息な手を使うのだな」
「ボコボコにした後で~その綺麗な浴衣引き裂いてやるよ〜」
「やれるもんならやってみろ」
浴衣で動きに制限がある上、相手は十人以上。圧倒的に西園寺が不利である。
「やっちまえ!」
その声を合図に男たちが襲いかかる。
三人くらいは何とか退けたが、浴衣ゆえに動きに精彩がない。
浴衣の袖を掴まれ、後ろから羽交い締めにされる。
「くそっ! 離せっ!」
必死に振りほどこうとするが、無駄な努力に終わる。
「どうしてくれようか~西園寺~」
万事休す。もはや西園寺に為す術はない。
「まずは、その綺麗な顔からボコボコにしてやるよ!」
男が拳を振り上げた。
「何やってんだゴルァ――!」
その声の方へ顔を向けると、息を切らした龍仁が立っていた。
「さ、佐々川……」
「大丈夫か七海! いま助ける!」
怒りの表情をうかべた龍仁が、殺気を放ちながら向かっていく。
その声は、静かでありながら迫力があった。
「七海を離せ」
「うるせえ!」
一人の男が後ろから龍仁に殴りかかった。
龍仁が右足を一歩後ろに運んだ瞬間、裏拳が男の顔面にヒットする。
「近寄るやつは容赦しねえ」
何人かが龍仁へ襲いかかったが、一瞬で倒れていく。
西園寺の前まで龍仁が近づいた。
「七海を離せ」
龍仁の迫力に男たちが後ずさる。
「佐々川……」
「ケガはないか」
「……大丈夫だ」
「みんな待ってる。戻るぞ」
そう言って振り返った龍仁の目に映ったのは、バットだった。
鈍い音がして龍仁が倒れる。
「佐々川っ!」
龍仁に駆け寄る西園寺。
「ふざけやがって。二人まとめてボコボコにしてやらー!」
とっさに龍仁に覆い被さる西園寺。
「逆だろ」
龍仁が西園寺を抱えるようにして体を回転させる。
「何やってんだ佐々川!」
「心配すんな……大丈夫だから……」
男たちが容赦なく龍仁へ打撃を加える。
「やめろ! やめてくれ!」
西園寺の悲痛な叫び声が響く。
永遠に続くかと思われた時間がようやく終わりを告げる。
「今日はこの辺にしといてやるわ」
高笑いしながら男たちは去っていった。
「佐々川! 返事しろ!」
西園寺に抱き抱えられた龍仁がうっすらと目を開く。
「無事か……七海……」
「私は大丈夫だ。無事じゃないのはお前だろ!」
「確かにな……さすがに……ちょっとキツいな……」
「なぜこんな無茶をした!」
「ばぁか……友達守るのに……理由なんか必要ねえよ……」
その時、花火が打ち上げられた。
「花火……始まっちまったな……」
「佐々川……」
「でも……七海が無事で……よかっ……た……」
そう言いながら七海に向かって手を伸ばす。
次の瞬間、その手は力なく地面に落ちていく。
「佐々川?」
龍仁はピクリとも反応しない。
「佐々川! 佐々川!」
お願いだ……彼を奪わないでくれ……私の光を奪わないでくれ……。
「佐々川! しっかりしろ! いま助けを呼ぶからな!」
慌てて携帯を探す西園寺。携帯が見当たらない。
「どこだ……どこだ!」
目の前にある光景が、西園寺の思考力を奪う。涙が次々と流れ落ちてくる。
その時、龍仁の携帯が鳴る。
大急ぎで龍仁の携帯に出る西園寺。
「龍ちゃん何してるの? 花火終わっちゃうよ」
「まゆ!」
「あれ? 七海ちゃんだ」
「佐々川を助けてくれ! このままじゃ佐々川が!」
「七海ちゃん落ち着いて! どこにいるの?」
場所を伝えると携帯を切った。そして、龍仁をひざの上に抱えながら呼びかけ続ける。
「佐々川! 佐々川! 頼むから目を開けてくれ!」
西園寺の涙が、雨のように龍仁の顔を濡らす。
龍仁たちを探していた真由美たちと救護班。
西園寺の尋常ではない声で、場所の特定は思ったより早かった。
「すぐに救急車要請して!」
救護班の指示で救急車が呼ばれる。
取り乱した七海を、南藤たちが落ち着かせようとしている。
到着した救急車に龍仁と一緒に麗奈が乗り込む。
サイレンの音が遠ざかっていく。
静寂を取り戻したその場所に、泣き叫ぶ声だけが響き渡っていた。
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