合流

 ◆


「ねぇ~ッ!ちょっとアンタ!黙ってないで何か話しなさいよ!それとも何!?冒険者風情と話す口は無いって事かしら?無口な男がモテるなんて時代はとっくに終わってるのよ?」


 タイランが無言男に絡む。

 ランサックの事は無視し続ける事が出来た無言男も、タイランの濃厚な何かを無視し続ける事は出来なかった様で、嫌々という雰囲気を全身から放射しながらようやく口を開いた。


「…私は女だから問題はないな。カプラだ。勇者に先立ち、露を払い、魔王へ導け…ルピス陛下よりそう命を受けている。それと私は会話が好きじゃないんだ。必要がない限りは放っておいてくれ」


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 果ての大陸の何処に魔王がいるのか?

 まさか一軒家で暮らしているわけはあるまい。

 過去の人魔大戦の記録から、魔王が居城を持っている事までは分かっている。

 しかしそれは現在でもそうなのか?

 そうだとしたらそれは尋常の城なのだろうか?

 悪辣極まる致死の罠が張り巡らされているのではないか?


 そういった懸念がある以上、戦いしか能がない様な連中を集めるわけにはいかないというのは犬でも分かる事で、帝国も王国もいわゆる斥候仕事ができるものを招集していた。

 ランサックも似たような事が出来なくもないが、彼よりはるかに専門的な仕事が出来る者…それがカプラである。


 彼女は冒険者ではなく、“王家の影”と呼ばれるアリクス王国の諜報部隊の一員だ。アリクス王国に限った話ではないが、こういった特殊部隊を有する国はいくらでもある。


 カプラはルピスからこの任務を命じられた時、一切の忌避感情を抱くことなく二つ返事で従った。

 言うまでもなくこの任務は命懸けで、無事に帰ってこられる可能性は低いだろう。しかしそれでもカプラは喜んで命を受けた。

 有事の際にアリクス王国の貴族やその従者の者達は、とかく自身の命を軽視するきらいがある。

 こればかりは国民性というやつで、合理的な説明は出来ない。


 ただ、敢えて言うならば“先祖帰り”だろうか。

 現在イム大陸に住まう者達のルーツを辿ればその辺りは説明ができない事もない。



(こいつらに比べたらクロウやザザの方がまだマシだな…)


 ランサックは軽くため息をつきながら一行の先行きを憂いた。


 ともかくも、馬車は進んでいく。

 破滅へ向けてか希望へ向けてかは定かではないが。


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「あらぁ?あの馬車は王宮のものかしら。ルイゼちゃんが先行しているって話よね。あァ~!あの綺麗な人影!すらっとうらやましい!まさしくルイゼちゃんね、となると私たちが一番乗りかしら?それにしても綺麗なお月様ねぇ、こんな時でなければあのお空の極上の宝石を肴に葡萄酒でも呑みたいのだけれど~ッ!ちょっと~!皆~!カプちゃん~、ランくん~ついたわよ~!」


 馬車の窓から身を乗り出したタイランがよく通る声で言う。

 だがランサックはタイランに言われるまでもなく、目的地へと到着したことが分かっていた。

 なぜなら自身の精神世界に花がふぶき、急速に暗雲が割け、煌々と輝く太陽が姿を見せたからだ。


「ルイゼだ。彼女が待っている。俺にはわかる」


 彼女に惚れ切っているランサックには、ルイゼが近くにいるとそれとすぐ分かる。

 術でも能力でもなんでもない、これこそが愛の力だとランサックは真面目に考えていた。


「ランサック、貴方は気持ちが悪いな」


 ランサックの表情を見たカプラが吐き捨てる様に言う。


「確かにたるんでるわね。魔王討伐を舐めてるのかしら?」


 タイランもまた蔑むような視線でランサックを見た。

 タイランは男が好きだが、女が好きな男は好きではない。

 しかしランサックの精神はこゆるぎもしない。

 ルイゼ以外の誰かどう思われようとも、それは彼にとって些細な事だからだ。


 ◆


「ひとまずは無事に合流地点にたどり着けた様で安心しました。風の流れを視るに、もう一台の方も無事にたどり着くでしょう。…地脈に流れる魔力の活性化…この具合を視るに…まあ間に合うでしょうね。ランサック、しっかり友好を深めましたか?お久しぶりですね、泰然。カプラさんも」


 案の定ランサックたちを出迎えたのはルイゼであった。

 王宮の役人と思われる者達が数名、彼女に付き従っている。

 彼らの多くはどこか悲壮感を感じさせる雰囲気をで、中には涙のあとが見られる者もいた。


 カプラは軽く周囲を見渡し、すぐに事情を察する。


「六大卿は…」


 カプラが呟くと、役人の一人が“各々方は皆立派にお勤めを果たされた”と答えた。


「貴族としては立派でしたよ」


 役人たちの後を引き取るようにルイゼが答えた。

 その素っ気のない言い方は何も知らない者が聞けば薄情に聞こえるが、声色に滲む僅かな寂寥が雄弁に彼女の想いを物語っていた。

 一同の表情が鎮痛なものとなる。


「そう、貴族としては立派でした。しかし、弟子としては…ね。仮に逃げても追わせるつもりはなかったのですが。いえ、彼らが逃げたりしない事を誰よりも良く知るのは私ですね。彼らが捧げた命は魔術の触媒として昇華し、使わせていただきました。既に西域との通路は繋いであります。あとはその起動。月が真上に来たその時、門を開きます」


 地脈の走査、そして王国の星見達により、大体いつ頃魔軍の軍勢が転移してくるかは把握できている。天と地の魔力の律動から転移を予測する、という手法はここ最近編み出された手法であった。


 転移の大魔術は星の位置も術式の成立の重大な要素で、強引な術式起動はたとえルイゼといえども贖いきれない程の魔力を有する。ゆえの待機というわけだ。


 ・

 ・

 ・


「…それにしてもルイゼ、ようやく恩を返せるかと思うとあたし、滾ってきちゃうわ、ウフフ」


「泰然、あなたのその義理堅い所は大好きですよ。とても心強いです、泰然…いえ、“不死者”タイラン」


 タイランの言葉にルイゼが笑みを返して言うと、タイランはいやあねぇとケラケラ笑った。


 ◆


 泰然ことタイランは中域出身だ。

 そんな彼女がなぜ現在アリクス王国にいるのかといえば、彼女が抱える認知の問題による。


 タイランの肉体的な性別は男性だが、その性自認は女性であり、そして中域では同性愛が禁止されている…わけではないが、一部の法律や社会の価値観により、同性愛が不適切であるとされてきた。


 中域は長い歴史の中で、家族や子孫繁栄が重要な価値観とされてきた。そのため異性愛が一般的であることが強く求められてきたという背景がある。また、中域は西域や東域、極東のように群雄が割拠しているわけではなく、単一の国家が広大な領土を支配している。国家制度は帝政をとっており、帝室は同性愛を退廃的と見なしている。このような社会的背景から、中域においては同性愛者に対する偏見や差別が存在し、同性愛に対する理解や受容が進んでいない。


 タイランはそんな祖国を抜け出した。

 しかし大森林を抜け、最初にたどり着いたアシャラ都市国家連合でも、レグナム西域帝国でも、やはりタイランへの蔑視は大なり小なり存在したのだ。


 丸坊主の男がシナをつくって女言葉を話していれば、当然ながらそれは不気味な光景なので仕方がない事だが。

 タイランの心が蔑視に堪えられなかった…というより、自身の姿を見て不快感を露わにする人々に申し訳が無くなってしまって逃げ出さざるを得なかったのだ。


 彼女は優しい女性?であった。


 そんな彼女にとってアリクス王国は天国であっただろう。

 なにせアリクス王国は力を至上とする戦闘国家である。

 案の定タイランも“え、あの人は男だけど心は女なの?ふーん、で、強さは?金等級相当?いいね!”とあっというまに社会に居場所を作る事が出来た。


 まあ怪訝な顔をする者もいたが、そもそもアリクス王国の金等級は皆問題児ばかりである。


 とはいえ、身一つで外国へいってすぐに生活基盤を整えられるかといえばこれは無理な話で、タイランも当初は難儀をしていた。そんな彼を冒険者ギルドで拾い、身分と仕事を与えたのがルイゼである。タイランはそれを恩義に思い、さらに自身を拒絶することなく受け入れてくれたアリクス王国にも同様の恩義を抱いている。彼女が魔王討伐の任を受けたのはそれが理由であった。


 ちなみに、心は女だというのならば外見も女に近づける努力をすべき…そうタイランに言った者もいるが、それは叶わない相談であった。


 彼女の見事な肉体には毛穴というものがぱっと見で見当たらず、その肌は女性を思わせる滑らかさなのだが、これは彼女の狂った所業が原因であった。


 彼女は“気”…生命エネルギーを扱う武闘家であるが、魔力と違い、気はただ生きているだけで全身から放射されてしまう。

 それはどこから放射されるかといえば穴だ。

 全身の毛穴から放出される。


 ある時これに気付いたタイランは頭から油をかぶり、火をつけた。全身を焼けただれさせ毛穴を塞ごうというパワープレイである。

 普通はそのまま死ぬのがオチだが、タイランは違った。

 思惑通りにタイランの全身は焼け爛れたが、彼女の体内から滲む気の力が彼を内側から完璧に治癒した。


 気は魔力のように自身の意思や願望を外界に顕現化させるといった神秘の力は持たないが、自身の肉体に直接作用する…例えば拳を硬くしたいだとか怪我を早く治したいだとか、そういう作用は魔力のそれよりも直接的に働く。


 タイランは武の才能もあり、実力もあり、なによりも狂気があった。そんな彼女の狂った所業は彼女の全身の毛穴を縮小させ、結果として日常生活で放出される気の量が制限され、外へ漏れなかった気が彼女の肉体を循環するようになった。


 その結果が彼女の見事な肉体美であり、その肉体強度は金等級でも随一。タイランは綺麗なお姉さんであるのと同時に、希代の武闘家なのであった。


 ・

 ・

 ・


「あら!あの馬車じゃないかしら?無事だったみたいで良かったわ。私、勇者様に逢うのが夢だったのよ。ねえ、ルイゼ、私のお肌どうかしら?荒れてないかしら?」


「大丈夫ですよ、月の光を受けて美しく輝いています」


 タイランは坊主なのでルイゼの返答はやや危ない所だが、幸いにも彼女は気付かず、ならいいわ、と2つ3つ頷いた。


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 ・


 やがてクロウ達を乗せた馬車が合流地点にたどり着いた。

 闇に紛れやすい様に黒塗りにされた馬車は月光に良く映える。


 馬車から下りてきたのはザザ、ファビオラ、そして…




 ◆


「ザザ、フラガラッハ嬢、道中ご苦労様でした。そしてクロウ。いえ、勇者クロウ。調子はどうですか?」


 馬車から降りたクロウは凪いでいた。

 魔王討伐への気負いは見られない。

 少なくとも外見上は。


 深くまで視れば気付く者はいるかもしれない。

 彼の精神世界で煮え滾る漆黒の泥濘の様な怒りに。


 クロウは今我慢をしているのだ。

 今この瞬間にも魔族たちは王都を襲っているであろう光景を想像して、シルファをはじめ、彼と親しい者達が傷つき斃れていく姿を想像すると胸が引き裂かれそうになる。

 そんな思いを完全に押し殺してクロウは今ここに立っていた。



 ──“大の為に小を捨てるという精神的苦痛を堪える事で勇者として磨かれる”という思い込み


 ──魔王を斃す事で世界は救われ、恐らくはその戦いで力尽きた自分を世界中の人が惜しみ、未来永劫讃えてくれるだろうという承認欲求…なお、これには自殺願望も含まれている


 ──斬り殺してきた者達の魂を束縛し、必要に応じてこれらを使役し、主であるクロウの盾とするというコーリングの聖剣としての守護の加護。なお、魔剣としての加護は厄を呼び寄せるというもので、これによりクロウは絶え間ない鍛錬を可能とする


 試練は人を強くするという。

 クロウにとっては生きてる事そのものが試練なのだから、強くならない筈がない。


 ・

 ・

 ・


「…勇者として、やるべき事をやります」


 クロウの返答は短く、悲壮な覚悟に満ちている。

 自身の死を当然のものとして受け入れた彼の覚悟は、濃密な死の香りを纏っており、この場の誰もが魔軍との戦いで惨死した自身の姿を想像せざるを得なかった。


 ごくり、と誰かが唾を飲み下す音が響いた。


(み、視えるわ!あたしには視える…とんでもない量の陰気が彼を取り巻いている…死者が…死が…彼を、彼、を…)


 気とはすなわち生のエネルギーであり、正確には陽気という。

 だがどんなものにも対となるものはあり、それは気も例外ではない。言ってみれば死のエネルギーというものがあり、それは陰気と呼ばれる。

 そしてタイランは気を扱う者である為、それが視えてしまった。


 §


 月の下で一人の女が踊っている

 暗い、昏い場所だ

 月明りだけが頼りの、そんな場所で女はただただ踊っていた


 女には顔がない

 仮面のような物をつけている

 嗚呼、女がこちらに気付いた

 仮面に手を掛けて、その素顔を


 視てはいけない

 もし視れば彼女はきっと連れていこうとするだろう


 アレの近くにいるだけでも良くない

 忌まわしい何かが身体に、心に入り込んで…

 いつのまにか自分自身もアレになってしまう


 その証拠に、ほら

 もう腕が蕩けて骨が見えて

 骨が、真っ白で綺麗な骨が


 §


 我に返ると息を荒げながらクロウから距離を取った。


「はァッ!!…はぁ、はぁ…あ、危なかったわ!取り込まれる所だった…あれは…まさか…咒(ヂョウ)…」


 “ヂョウ?”とファビオラが尋ねると、冷や汗を流しながらタイランが答えた。


「ええ…故郷でね、そういうモノがあるのよ…。触れると死ぬ呪いというか、そういうモノね。でもそれの恐ろしい所は死ぬ事じゃないの。死んでも終われなくなってしまう事なの…。咒は死のない死、終わりの無い死。故郷では死よりもさらに忌まわしいモノ…概念として恐れられているのよ。なぜかそれが思い浮かんだの…」


 それにしても、とタイランはクロウを、いや、彼が佩く剣…コーリングを見つめた。一見すれば何の変哲もない長剣だ。

 だがタイランの心眼は長剣の鞘からほの立ち上る黒いモヤを捉えていた。


 ──瘴気!


 タイランはクロウの正気を疑った。

 あれほどの鬼気に触れれば、常人ならとっくに発狂しているだろう。アレは間違いなく呪物だ。なぜ勇者が呪いの魔剣などを?

 そこまで考えた所で、とタイランは一つの結論を出す。


(聖剣が呪われているとは思わなかったわ。でも、そうね…勇者という使命自体、あたしには呪われているようにしか思えないわ。勇者と聖剣は切ってもきりはなせない関係だときくけれど、勇者そのものが呪われているなら剣もきっとそうなのでしょうね…)


 きっとこの青年は被害者なのだ。

 神などという傲慢な超常存在に勝手に選ばれて、本当なら青春を謳歌してもいいはずの年齢だろうに、あの若さで幾つもの地獄を潜り抜けてきたに違いない。


 タイランは義憤で拳を固める。

 彼女は優しい女性なのだ。

 度し難い精神疾患患者に関わって人生を台無しにしても良い女性ではない。


 ◆


「各々自己紹介は済んだようですね、では丁度月も良い位置まできた所ですし、そろそろ西域から勇士達を呼びましょう」


 ルイゼが空を見上げながら静かに言う。


 ・

 ・

 ・


「クロウは相変わらずだな…というより、どんどんおかしくなっていくな…アイツの剣」


 ランサックは顔を顰めながらコーリングを見る。

 隣に立つザザは我関せずと言った表情だったが、ランサックの言葉を聞いてぼそりと呟いた。


「今更だろう」


 そう、今更であった。

 クロウの剣には間違いなく意思がある。

 それとも邪悪…かどうかは分からないが、とにかく聖剣とはとても呼べないような意思が宿っている。


 ──だが、それが魔王を殺す役に立つならそれはそれで良い


 ザザはそう考えている。

 ランサックはクロウの剣を危険視している様だが、と横目でちらりとランサックを見るザザの目は、一応の友人に投げる視線にしてはやや乾いていた。


「…おい、そんな目で見るなよザザ。悪かった…とは思ってないが、ルイゼから何か言われたりしないかぎりは俺はあの魔族に手を出すつもりはないぜ」


 そう、二人の間にはまだ若干のわだかまりがあった。


「…まあいい、それにしても何とも偏った一団だな。斥候が一人いるが、魔術師は一人もいない。あの覆面の他は皆剣士じゃないか」


 ザザがボヤくとランサックが答える。


「ああ、それは理由があるんだとよ」


 理由?とザザが促す。


「西域から来る連中の中に、とびっきりの魔術師が何人かいるんだとよ。聞いておどろけ、ルイゼの弟子まで来るそうだぜ」


 ◆


 宙に蒼光が渦巻き、西域への転移門が開くとその中から数名の男女が出てくる。


 いかにもこれが冒険者というような服装の金髪の男

 赤銅色の肌をした巨漢

 身長1メトルもない小人族の学者

 複雑な文様が各所に刻まれた鎧を身に纏った女騎士

 軽鎧を身に着けた銀髪の剣士

 目つきが悪い黒衣の青年魔術師


 ・

 ・

 ・


「癖が強そうだなァ…」


 ランサックがぼそりというと、ザザは“俺たちが言えた事か?”と返した。ランサックは自分達を棚にあげた事を反省した。


(まあうちの勇者様ほど癖は強くはないだろうが)


 ランサックがそんなことを思っているうちに、転移門が蒼の微細な粒子を拡散させて宙に溶けいる様に消えていく。


 ルイゼは西域の勇士達、特にその内の一人に視線を投げて唇を開いた。


「ヨハン、全く可愛くない私の愛弟子。久しぶりに出逢った師への労いは無いのですか?今回、私は非常に忙しいのです。貴方たちを送り出した後は王都へ戻り、不埒者共を歴史から退場させねばならないのです。あるいはこれが我ら師弟の最後の邂逅となるかもしれませんよ」



 ヨハンと呼ばれた青年はもっともだと頷き、優雅に一礼をして口を開いた。


「お久しぶりです、師よ。ところで恋人は出来ましたか?相変わらず青田刈りばかりしようとして、悉く避けられているのではないですか。…ああ、そこの彼が新しい恋人ですかね?いや、そうは見えない。俺も術師として業を磨いてきましたから多少は心が視える。さらに恋人もできたんです。つまり恋心というものが分かる。その俺が見立てるに…そう!彼は師の事を何とも思っていませんね!むしろ警戒さえしている!…と思ったんだが、当たっているかい?よろしく、恐らくは…勇者殿…かな?どうにも君は勇者に視えないのだが…まあいい、お偉い方が勇者というのならば勇者なのだろう。俺はヨハンという。君が魔王をぶち殺す手伝いをしに来たんだ。君達の名前を教えてくれるかな?」


 ランサックはぽかんと口を開けた。

 かつてルイゼにこれほど無礼な口を叩いた者がいただろうか?

 彼の知る限り、ルイゼという女性は最高の寛大さと最悪の狭量さが同居した女性である。


 少なくとも木っ端からでかい口を叩かれて、放っておくような女性ではない。しかしルイゼはあんな口を叩かれても怒ったり気分を害するどころか、口の端に笑みをすら浮かべている。


 並々ならぬ信頼関係が二人の間にあるという事だ。


 ──…木っ端じゃねえってことか。まあそれは見ればわかるが


「嫉妬か?ランサック。ざまぁないが無理もない。お前は舐め犬だが、あの男は狂犬だ。格が違う」


 ランサックはここぞばかりにけなしてくるザザを睨みつけるが、それ以上の事は出来ない。

 舐め犬であるというのは事実だからだ。

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