勇者クロウ①

 ◆


 厭な気配を感じたとおもったら、唐突に消えてしまった。クロウは小首を傾げ、そして胸に手を当てる。


 ――あの女性は…俺が殺したエルフの


 ――そうか、俺達は命を削り合う事でお互いの魂に触れあい、そして分かり合えたんだ


 ――だから俺の危機にあの世から助けにきてくれたんだな…


 クロウは自分がしてきたことに間違いはなかった、正しき正道を、勇者として王道を歩んできた事を確信した。


 ◆


 全然違う。


 魔剣コーリングはクロウを愛している。

 それは男女のそれではなく、異形の愛ではあるが、愛は愛だ。


 クロウに災いを呼び込み、それが為にクロウが危地に陥ったならば歓喜してこれを排除しようとする。


 災いをひきつける癖に、いざ災いが寄ってきたならばそれを決して許さないのだ。

 だから排除するだけでは、殺すだけでは済まさない。


 魔剣の呪いは排除対象の魂に刻み込まれ、対象は魂、魔力の形状を魔剣に覚えられてしまう。


 覚えられてしまったならばどうなるのか。


 魔剣の権能が起動したとき、魔剣は必要に応じて自身が覚えた者達を現世に復元する。


 そして“喚ぶ”のだ。

 殺した者の魂を。


 喚ばれた者達は、魔剣の権能が働いている間は魔剣が復元した依り代に押し込められ、クロウを守護する為に働かなければならない。


 これこそが後世、勇者として恐怖されるクロウの恐るべき奥義、その名も『死想剣』である。


 ちなみに、殺傷した者の力を換骨奪胎するような形でクロウ自身も扱えるが、彼の不器用さはシルファをして匙を投げたので、そちらの方の権能は余り十全に扱えているとは言えない。


 ◆


「クロウ様!」


 月下の王都を駆けてくる女性がクロウの意識を捉えた。


 シルファだ。


 シルファは周囲を見渡し、ボロボロになった広場、そしてクロウの所々焼け爛れている身体をみて息を飲む。


 だが何より気になるのは…


「あの、クロウ様、お父様は…」


 半ば答えを察してはいたが、それでもなおシルファは尋ねた。


 クロウは眼を閉じ、ややあって見開いた。

 その瞳が月色に輝いている。


「ク、クロウ、様…?」


 シルファにはその光に見覚えがあった。


 ◆


 ――こ、魔力の流れは…お父様の…ロナリア家の血統魔術…


 次瞬、瞳から放射されたクロウの想念が叩き込まれる。


 クロウは魔術に関しては致命的に不器用なので、偽りの世界を構築する事は出来ない。

 よって自身の思いを視線を通して感得させる、という亜流のような術となった。


 この辺の術の変容はやはりクロウの心のあり方が影響しているといえるだろう。


 本来のロナリアの術は、“視線を交わす事”が起動の条件となっているが、これは一種の契約を意味する。


 視線を交し合うという事は魔術的な意味では契約の締結を意味するのだ。


 邪視や魔眼という術が忌み嫌われるのは、視線を交わすことが魔術的契約の締結を意味するからに他ならない。


 ロナリアの術はひらたくいえば自身の世界へ他者を招くにあたりその許可を取っているという事になるが、魔術に疎い者や、不意打ちのように行使されると抵抗は非常に難しい。


 相手と対面して、その眼をみないでいるというのは事前知識がないと不可能な事だ。


 しかしクロウの場合は視線から想念を放射し、それを叩き込む。


 目線が合う必要はない。


 これは彼が他者の感情を察する能力を失調している事が原因となっている。


 術とは同じ術でも本人の心の在り方で変容するものなのだ。


 コミュニケーションに当たって自身の気持ちを一方的にぶつけることしか出来ない者はポンコツといって差し支えないが、術師としては非常に強力である。


 オドネイとクロウの一騎打ち

 黒剣に貫かれるオドネイ

 娘を託す末期の言葉


「お父様は…クロウ様に救われたのですね…しかし、何故、ロナリアの術をクロウ様が使えるのでしょうか?」


 クロウはその質問に短く答えた。


「託されたんだ。シルファ、君のお父さんは…」


 クロウは自身の胸を指した。


 ――ここにいる


「…っはい…」


 シルファの頬を伝う涙。

 クロウはそれを拭ってやり、気配を感じて後ろを振り返った。


 数名の男達が走ってくる。

 事情を聞くまでも無く、表情をみるだけで彼等が何を考えているか分かる。


「き、き、貴様ァーーーー!王都のど真ん中でこ、こここここのような!破壊行為を!!!逮捕だァ!!捕まえろ!アリクス王国に対する破壊工作か貴様ッ!生きて娑婆の飯を食えるとおもうなよ!」


 クロウは俯き、両手を差し出す。

 街を破壊したことに間違いは無い為だ。

 こうみえて、クロウの遵法精神は非常に高い。


 シルファは顔に手を当てていた。


 ◆


 クロウは逮捕された。

 色々やって街を破壊してしまった為だ。


「なるほど、それで君はロナリア伯爵令嬢、そしてその護衛騎士2名を救出する為に戦闘を始めたと」


 取調べを受けているクロウは頷いた。

 しかしルイゼに命じられた事は言わなかった。

 要するに、ロナリア邸に赴きそこに居た者を殺してしまえ、という物騒な依頼の事だ。


 少し飲みすぎて夜風にあたっていた所、激しい戦闘音が聞こえ、駆けつけてみればシルファが怪物に襲われていた。そこを助け、怪物を打倒したはいいが、肝心の怪物の死体は煙のように姿を消してしまった…


 これがクロウの述べた弁明である。


 確かにクロウの脳は大分焼けてしまっているが、ルイゼの依頼の性質的にそれを公言すべきではない事は犬並みの知能指数があれば分かる事だからだ。


 ◆


 アリクス王国王都治安局所属の取調官ゴンズは眉と眉を指でぐりぐりと押さえ、さてどうしたものか、と悩んだ。


 ――印章は見た。紛れも無く金等級だ。となれば下級ないし中級貴族扱いとなる。しかし無罪放免は難しい。広場周辺の15戸の窓部が粉砕されている。更に石畳の広範な破壊。だが有罪と言うのも難しい。仮に彼の言った事が本当ならば、彼は王都の危機を救ったという事になる。シルファ・ロナリア伯爵令嬢からの陳情も上がっているし…それよりも…


「俺は…死刑ですか」


 クロウが言う。

 酔狂で聞いているわけではない。

 クロウとしても街に大きな被害を与えてしまった事を気に病んでいた。


 なぜなら王都で激しく戦闘というのは、テロにあたる可能性も無きにしも非ずと考えているからだ。


 前世ではテロ等準備罪というものがあった事をクロウは覚えている。

 しかし、テロを実行した場合はどうだっただろうか?


 ――多分、死刑…!


 ここで死ぬわけにはいかない。しかし法律でそう定まっているのなら仕方が無いかもしれない、そうクロウは思っている。

 ネジが数本抜けている割には、前世の常識に引っ張られているのだ。


 馬鹿らしい事ではあるが。


 ◆


 ゴンズはクロウが口調では神妙そうにしていながらも、ボロボロになった革鎧の下から聞こえてくるギチギチという音を聞くと非常に不穏な想像を巡らさざるを得なかった。


 ――死刑のわけないだろう!馬鹿!おっかない雰囲気出すなよ!それにこの不気味な音はなんなんだ?革鎧の下から何かが膨れ上がり、革が悲鳴をあげている…その何かってのはなんだ?筋肉か!?つまり奴は身体能力を強化している…なぜ?


 ――俺を殺す為か!死刑だといわせて、それを不服として俺を殺すつもりなんだ!


「し、死刑などと言う事は無い!だが…街には大きな被害が…。それなりの罰金、そして、悪くすれば収監という事になる…可能性も…ある」


 ゴンズは恐怖しながらも屈しなかった。


 アリクス魂だ。


 アリクス魂とは、たとえ相手が格上の魔獣であっても雄々しく吶喊し、玉砕する事に美学を見出す異常な感性をさす。


 クロウの両眼がカッと見開かれた。

 ゴンズは死を覚悟する。


 ちなみにクロウが反応したのは、収監というキーワードである。


 犯罪者にはなりたくないとクロウはおもっていた。そこに誉れが無い為である。


 承認欲求の塊のようなクロウにとっては、前科という言葉は非常に恐ろしいものだった。


 その時、バンと取調べ室の扉が開かれた。

 入室してきたのはルイゼだ。


「クロウ。果ての大陸へ行ってもらいます。同行者はザザのみ。暗殺依頼です。標的は魔王。ともあれ説明しなければいけない事がいくつかあります。来なさい、王城へ行きますよ」


 ◆


 王城、玉座の間


 豪奢さと無骨さを相克させることなく共存させればこのような雰囲気になるのだろうか、アリクス王国の玉座の間はある種の調和を感じる造りをしていた。


 王座は壁を背にする形で置かれており、玉座の前に左右に別れて三人ずつ、合計六人の男女が跪いていた。


 国務、軍務、財務、内務…といったアリクス王国の国政を担う六大卿である。


 そして玉座には


 ――アリクス国王ルピス・フィリウス・ディレク・トゥ・アリクス


 月の光が夜の漆黒を吸い込み、それが地上へと落ちて人の姿を取ったような…そんな印象を与える青年だった。


 ◆


「余の愛剣を使うと申すか」


 ルピスの声色は絶対零度の響きを帯びている。

 しかし国務大卿シヴァリウス公は無表情のままに首肯した。


「は。月割りの魔剣ディバイド・ルーナムと西域のフェンリークの墓標を繋ぎます。術師は魔女めが。然る後、レグナム西域帝国で選別した勇士達をアリクス王国へ転移させ、地脈が集中しているロザ平野へ伏せて置きます。そして魔軍の転移雲が開いたならば…」


「王国へひきつけ、その隙に転移雲をつかって果ての大陸へ…と?」


 ルピスの問いにシヴァリウス公は頷いた。

 だが次の問いにはシヴァリウス公といえど刹那の沈黙を強いられる。


「繋ぐ為にどれだけ死ぬ?」


「公爵級貴族を2名、侯爵級を4名。すなわち、我々六大卿となります。しかしご安心下さい、我等皆子らに事後を引き継いできました」


 ルピスは指先でとんとんと玉座の肘掛けを叩いた。苛立っているのだ。


 魔王でさえも条件を揃えねば転移術式は行使出来ない。であるならば、人の身で空間を越えようというのならば文字通り命を捧げる必要がある。


「卿等がまとめて死んだら以後の国政はどうなるのだ。引き継いだといっても、満足に政を廻せるのか。そもそもその逆撃案、アリクス王国のみでやれぬのか」


 ルピスの言にシヴァリウス公は否と答えた。


「帝国占星院、及びアリクス王国神託庁がそろって同じ“見”を出しております。東の帝、西の王、最も鋭き刃を以って之を為すべし。然らずんば太陽は沈み、月は割れると。太陽とはレグナム西域帝国でしょう。無論、月はアリクス王国です」


 後を引き継ぐ形で軍務大卿クーゲル公が続けた。


「犠牲があろうと東西を繋がねばなりませぬ。他の者を使う事も考えましたが、必要とされる人数は膨大なものとなります。余人が我等の代わりを務めるとなれば、20人30人の貴族ではききませぬぞ。ふふふ、我等6名はアリクス王国では陛下の次に強大な魔力を持つという自負がございますれば…」


 ルピスはため息をつく。

 吐息が宙空で凍てつき、氷の結晶となり地に落ち――砕けて散った。

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