メンヘラと異形③(完)

 ◆


 方向というものは細分化していけば上下左右に限った話ではない…というのをクロウはリアルな体験として実感していた。


 四方八方より迫る雷撃の雨。

 クロウの反射神経が常人のそれでは無いとはいえ、こうも密度を高められてはかわしようがなかった。


 かつてクロウは魔族の放った電撃を拳で弾き飛ばした事があるが、それは正面から来ると分かっていたからでもある。


 ――痛み、痛み、痛み


 電流が体内を流れる激痛は想像を絶する。


 これはクロウがわざと受けているわけではなく、かわそうとしてそれが敵わない結果が“これ”だ。


 アリクス王国の伯爵家当主というのは、平時の金等級冒険者を圧倒するだけの武力を個人で有する。

 貴族というのは強くなければつとまらないのだ。


 ◆


 ――痛い、凄く痛い。感電するってこんなに痛かったんだ。腕がうごかない、脚がうごかない。電撃をかわすなんてできっこない。俺はこのまま死ぬのか。勇者としてのつとめも果たせずに。でもそれも運命なのかもしれない。俺はあの人を殺そうとした。だけど今俺はあの人に殺されようとしている。なんてフェアなんだ。痛い、痛いけれど気持ちがいい…道理が、道理が満たされている気がする…


 クロウの心は全身を苛む激痛により、急速に死を受容する態勢を整えつつあった。

 ライクアローリングストーン、すなわち転がる石のように死への想念が増大していく。


 だが、クロウの肉体はそうではない。

 死を感知したクロウの全身の細胞が活性化し、いわゆる火事場の馬鹿力状態へと移行していく。


 更に、クロウが危地であるという事でコーリングは自身の使命…クロウを護る事が出来るようになったため、数百枚の窓ガラスを一斉に金属の爪で引っ搔いたような歓喜の叫びが周辺に響き渡る。


 その絶叫は物理的な破壊を伴い、周辺の家屋にビキビキと罅割れが入るほどであった。


 当然クロウも無傷ではいられない。

 至近距離からの音撃はクロウの皮膚を破り、肉を抉り、骨にまで響いた。

 確実にこの一撃でクロウは更に深く死の断崖に向けて歩みを進めた事だろう。


 だが問題はない。

 愛は時に苦痛を伴うのだから。


 ◆


 雷光のカーテンを抜けて、クロウが姿を現した。


 ――変貌かわった…


 オドネイは戦慄と共にそれを察知する。


 先ほどまで自身の術になすすべもなかったはずのクロウ。


 その無様な姿に“やはりこんな軟弱な男に娘はやれない。ここで葬るべし”と殺意を高めていた彼だがクロウの変貌を目にして考えを改めた。


 まあそもそも論だが、そのオドネイ自身が意識を失調していたとはいえ愛娘を殺そうとしていた、という事実は置いておく。


「この魔力は…これは…闇…いや、病んでるのか…心を病んでいる…なぜそれほどになってまで娘を護る為に戦う?…いや、そうか…それがこれが、愛か」


 そして、ハッと息を飲む。


 クロウを撃ち続けていた雷撃が、クロウを避けるようにして地面を撃っているのだ。


 オドネイが眼を凝らすと、クロウの背後に黒いドレスを纏った耳長の女性の姿が居る。


 女性は俯き、ブツブツと何かを呟き続け、その度に雷撃はクロウから逸れた。


 オドネイは驚愕に眼を見開く。


 ――守護者!?

 ――かつて勇者には多くの仲間達がいた

 ――その仲間達も魔族との戦いで1人斃れ、2人斃れ…しかし仲間達は死してなお勇者を護ろうと現世に力を及ぼしたという。それこそが英霊。

 ――つまり…彼は勇者…


 驚愕はオドネイの思考と動きを僅かに止めた。

 そしてその僅かな時間がクロウにとっては充分であった。


 地を縮めたかのような凄まじい速さで、クロウはいつのまにかオドネイに眼前に立ち…突き出される黒剣。


 胸を貫かれたオドネイは、自身の大切な何かがバラバラに解体され、剣に吸われていくのを感じた。


 視界が次第に暗転していくオドネイ、しかし彼にはまだ伝えなければならない事があった。


 ――娘、を

 ――シルファを、頼む


 クロウは頷き、剣を捻った。

 止めをさす為だ。


 オドネイの体から黒い煙が上がり、そしてまるで煙にように消えてしまった。


 クロウは俯き、そして空に輝く満月を見つめる。

 そしてぐりん、と首が動いてある一点に視線が収束した。


 目玉だ。

 目玉が浮いている。


 何の理屈もない、だが獣染みた勘でクロウは察知し、呟いた。


 ――お、ま、え、か


 ◆


 王都、裏路地


 飛ばしていた視界が暗転した事に青い肌の禿頭の老人の姿をした魔族、ギョウムは歯噛みした。


「なんじゃ、ありゃあ…新種の魔獣か?西域ではとんでもなく悍ましい化け物がおった…この東域にもおるというのか…人間共、劣等であるには間違いないが…侮れん…」


 ――その通り。我々は侮れません。3度の大戦を経て、今更気付いたのですか?過去3度とも貴方達が敗北したというのに?


「ぬ!何者!」


 ギョウムの背後から声が聞こえ、そして振り返るが声の主はどこにもない。

 当然だ。

 ギョウムの視線は地に向いている。


 首が落ちたのだ。


「夜気を吸った風の糸はよく斬れますね」


 甘い香りを残して、ギョウムを殺した者は王都の暗がりに消えていった。



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もう死んだので別に知らなくても支障はないですが、ギョウムはイマドキのサバサバ冒険者の「★黒森」という回に出てきます


また、エルフの女性はこの作品の壊れたエルフお姉さんです。

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