閑話:ザザ、芋虫さん

 ◆


「ザザ様」


 リリスの言葉に、ん?と顔を向けるザザの表情は緩みに緩んでいる。

 故郷では餓狼とも呼ばれていた男はもはや駄犬に成り下がっていた。


「ザザ様は私がこの生業をしている事をどう思いますか?」


 リリスはこの時、ザザになんと答えてほしいのか自分でも良くわかっていなかった。

 しかしザザは自身の為に命をかけた、その真意は那辺にあるのだろうか?


 男としての情を自身に向けている、という考えが一番現実的だろう。

 であるなら、他の男に抱かれる事もある自身についてどう思っているのか。


 答えを聞きたいような聞きたくないような、リリスはそんな思いで居た。


「魔族が人の世界で暮らすとなると出来る仕事は限られるのだろうな、とは思っている。色事か荒事がせいぜいなのだろうな。そこで色事を選ぶ辺り、リリスは争いが好きじゃないんだろう。まぁ好きだというのならそもそも逃げ出してはこないだろうが。だが気をつけろよ。魔族より人間がマシだなんて勘違いをするな。へんな奴に絡まれたら俺に言え。格安でそいつを叩き斬ってやる」


 ザザの答えはリリスが望んでいたものではなかったが、それでもリリスを案じるものであった。

 そこにほの温かい何かを感じ、リリスは柔らかく微笑む。


 その時、不意にリリスの微笑みが強張ったかとおもえば鋭い視線を窓の方へと向けた。


 ザザはそんなリリスの横顔をまんじりともしな

 い様子で見つめている。


「そういう顔つきも綺麗で良いな。その顔つきのままのリリスと●●●●●とかしてみたい」


 リリスはザザのそんな言葉に本当に駄目な子供を見る表情を浮かべると、ザザの髪の毛をくしゃくしゃとかき回した。


 なお、二人は現在膝枕の体勢である。


「王都が…騒がしいようです」


 リリスの言葉には様々な含みがあった。

 ザザが答える。


「知ってる。だが関係のない話だ。片方の気配は俺も知っている。こういっていいのかわからんが、教え子だ。ルイゼの話では勇者らしい。絶対嘘だぞ」


 リリスは眼を見開いた。

 勇者の名は魔族にとって特別な意味を持つ。


「ええ?でもあの気配は…なんて陰鬱で…まるで深く冷たい泥沼のような…これが勇者…?」


 ザザは苦笑した。


「悪い奴じゃないよ。少し変わってるだけだ。あんなので驚いていたら、極東に行ったらリリスは驚きで心臓が止まってしまうぞ。極東はな、自殺が趣味だとか抜かす若い連中の集団もいるんだぞ。自殺組合というらしい。多数で崖から飛び降りたり、首をくくったりするそうだ」


 リリスは絶句した。

 極東、なんと恐ろしい地域だろうか。


「なぜ自殺を…?極東の人々は命が複数あるとか…もしや、不死であるとか…?」


 ザザは首を振る。

 膝枕中の首振りであるので、鼻がリリスのふとももに擦れて、リリスは少しくすぐったそうな素振りを見せた。


 それがザザにはどうにもそそってしまい、フガフガとふとももに鼻をこすりつける。


 醜い。


 野良豚のようなザマのザザをリリスは両の手でがっしりと固定した。


「生きてるやつが死んだらどうなるか、これは諸説あることは知ってるよな。極東では輪廻が主流だ。つまり、死んだらまた別の生物として生まれるということだ。自殺組合の連中は、何らかの理由で現世から去りたいと思い、そして自殺することで次の生に期待する…そんなかんじで死んでいってるんだ。まあ何を思うかは自由だがな、俺は嫌だな。だって次の人生というものがあったとして、それが今のより良いものになる保証がどこにある。大体、そのへんの虫けらに生まれてしまうかもしれないじゃないか。ほら。こんな風に虫けらになってしまうかもしれないだろう?虫さんだ、芋虫さんだぞ」


 そんな事をいいつつ、ザザは指でリリスのふとももを撫で回した。

 自身の指を芋虫に例えているのである。


 これは、リリスが“めっ”と制止するまで続いた。

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