夜の訪れ⑦
◆
シルファ、グランツ、アニーの3人はロナリア邸の3階部分から飛び降り、庭を突っ切って外門へと駆け出す。
3人は黙って走り続けていたが、何かがおかしい。
その違和感に最初に気付いたのはアニーだ。
「シルファ、グランツ。人の姿がない。左手前方、酒場よ。明りはついてる。でも気配がない」
アニーは走っている最中と言う事もあり、端的に状況を伝えた。
確かにそうだ。
夜とはいえここは王都だ。
だのに、何故人の姿が無いのか。
その時シルファの脳神経に電流が走った。
彼女には思い至る事があったのだ。
「止まって!」
シルファが短く言うと、グランツとアニーは足を止めた。
「…私の考えが確かならば…逃げても無駄です。私達は恐らくどこへも行く事が出来ない…なぜならば私達が今居る場所は王都であって王都ではありません…“ここ”は…」
背後から足音がした。
弾かれるように振り向く3人の前に、随分距離を離したはずのオドネイ・ロナリア伯爵が立っている。
「…“ここ”はお父様の世界だから…」
シルファの頬に冷たい汗が伝った。
◆
月魔狼フェンリークには朋友が居たという。
――迷い火の月狐ケイラ
人を惑わす妖狐だ。
常にフェンリークに寄り添い、異種ながらまるで番のようであったという説もある。
勿論ただの狐ではない。
その双眼に宿る妖しい輝きを見てしまったものは、たちまちに不思議な世界へ囚われてしまったそうだ。
月の出ている夜は決して死ぬ事はないというフェンリークの不死性とは確かに強力なものではあるのだが、日中などは不死性が発揮される事はない。要するに月が見えなければフェンリークは不死足りえないのだ。
そのからくりを当時の西域の猛者たちが何1つ気付かないなどと言う事があるのだろうか?
不死のからくりに気付けなかったといっても色々試すことは出来たはずだ。
例えば襲撃は夜ばかりなのだから、フェンリークは夜行性だとみて昼間に強襲するなど…こんなものは新米の冒険者だって考え付く事だ。
しかし結果として誰一人日中にフェンリークを見つける事は出来なかった。
それはなぜか。
月狐のケイラがフェンリークの姿を隠していたからだとされている。
そして、アリクス王国の貴族家、ロナリア伯爵家に伝わる血統魔術とはまさにこのケイラにちなんだ惑乱の魔術であった。
アリクス王国の古くからの貴族家には血統魔術という固有の魔術が伝わっている。
基本的にはその貴族家に連なる者にしか使うことが出来ず、例えばコイフ家ならば己の五指を月魔狼の爪と見立てる月光爪と呼ばれる術が伝わっている。
この辺りがコイフ家が狼に例えられる理由の1つでもあった。
そしてロナリア家は狐へと例えられる。
その狐の元というのががこの月狐のケイラなのだ。
ロナリア家に伝わる血統魔術は双眼より発せられる“惑い火”であった。
この術が直接的に敵対者の肉体や精神を損なう事はない。
しかしある意味でそれ以上に悪辣な効果を持つ。
それこそが“これ”だ。
惑い火の光を見た者は現実世界に被せられた仮初の空間に囚われる。
その空間内部の様子は現実のそれに準じており、時の流れも現実のそれと同一だ。
だが、空間内には術者と術をかけられた者以外の存在は誰もいない。
あえて言うならば心象世界の顕現に似ているだろうか。
現実世界を自身の心象世界で塗りつぶす、高位の術者の切り札でよく見られる大魔術だ。
だが、そういった心象世界の顕現はその多くが術をかけられる者に致命的な損害を与えるものばかりだが、惑い火はそういう直接的な損害は無い。
しかし、術が解けない限りは決してその世界から逃げる事は出来ない。
術を解く条件は1つ。
言うまでもないが、術者の殺害である。
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1/30 0時 夜の訪れ⑧
1/31 0時 夜の訪れ⑨
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