まとも


クロウは剣の奥義の階へと足を掛けたものの、いまだそこには再現性はない。

あくまで偶然の一振りであり、奇跡の産物だ。

とはいえ、力任せ、魔力任せで他に取り柄がない彼が剣士として1つ成長した事には間違いはなかった。


修練場で倒れたクロウを見つけたのは他の冒険者達だ。

彼等は慌ててギルドの職員へクロウの事を告げると、ギルド専属の癒師が押取り刀で駆けつけてきた。




「いいかい。魔力と言うのは普通枯渇寸前まで使ったりはしないんだ。急性の魔力欠乏は死に至る場合もある。危険な事なんだ。これは銅等級のヒヨコでも知っている事だ。翻って君はなんだい。金等級であるというのに……」


癒師の青年がクロウに説教をする。

イカれてると評判のクロウに真正面から説教をかませる者というのは案外に少ない。


<アレクサンドル挿絵①:近況ノートにアップ中>


金色の髪の毛には独特の癖があり、所謂天然パーマのそれの様な髪型の青年であった。

甘さ、純粋さ、凛々しさ、このあたりが絶妙に交じり合った中性的…というよりは見目だけに関しては少女的と言っても過言ではない。

外聞的に余り宜しくない趣味の者からすれば垂涎の外見といえよう。


碧空の様な蒼い瞳からは凍気を宿したかの様な冷たい視線が放たれ、それは真っ直ぐにクロウを射抜いていた。


クロウも特に反論はない。

癒師の青年、アレクサンドル・フォン・レーゲンは貴族の三男だが、いわゆるコネで冒険者ギルドの専属癒師として働いている。

彼が貴族として振舞う日が来るとしたら、レーゲン男爵家の当主が死に、長男が死に、次男が死んだその後であろう。


ちなみにアレクサンドルは癒しの法術を扱うが、東西両域に於ける最大規模を誇る中央教会所属の聖職者と言う訳では無い。

彼は医神アリッサを奉じている。

医神アリッサは元は人間であったが、生涯を医術の発展に捧げた偉人だ。

この世界では卓越した功績を挙げた人間は神格化される。


アレクサンドルは以前よりクロウとは面識があった。

それはクロウがとにもかくにも滅茶苦茶な依頼を受けて満身創痍で帰還してくるからだ。

アレクサンドルはクロウの同性の恋人でも何でもないというのに、クロウの体のそれこそ隅から隅までもを目にしている、そんな関係である。

もちろんいかがわしい意味ではない。

診察的な意味でである。


癒術といってもその宗派により色々あるのだが、医神アリッサを奉じる癒師は実際に患者を触診する必要がある。この場合、法神教の癒術などは癒すというより逆行のそれで、本来の肉体の状態へと無理矢理“戻す”性質の術であるが、これは非常に消耗が大きい。


未熟なものが扱えば中途半端にしか戻せず非常な激痛も伴う。


医神アリッサの癒術の場合はどちらかといえば肉体の再生力を利用したものであり、術師の消耗はそこまで大きくは無い。

一口に術といっても色々あるのだ。


やがてアレクサンドルは厳しい表情をふっと緩め口を開いた。


「それにしても訓練で癒師の世話になるなんてこれまでなかったんじゃないか?というより君は訓練なんてしてこなかった気がするが…どんな風の吹き回しなんだい?」


「うん、力任せで戦うにはそろそろ限界が来た気がしてね。かといって俺にはザザさんみたいな剣士にはなれない。それを相談したら、素振りから始めろって言われたんだ」


アレクサンドルの問いにクロウは答えた。

これは正確ではない。

ザザはあくまでも、素振りは基本ではあるが…とボカしていた。ザザほどの剣士であっても、効率的にクロウに剣術を仕込むにはどうすればいいか迷いがあったのだ。


クロウはそれを拡大解釈したに過ぎない。

とはいえ、何度も何度も素振りを繰り返すにつれてクロウの剣からは無駄がそぎ落とされていった事は間違いない。何事も継続は力なり、といった所なのだろう。


「まあ無理はしない事だよ。加減が大事なんだ、何事もね。例えば訓練にしたって、過度なものになれば体に疲れが溜まって行って普段より体が動かなくなるんだ。そうして訓練の効率が下がり、結果としてジワジワと鈍っていってしまう…と言うような事が起こるんだよ」


クロウはそれを聞いてさもありなんと心中で頷いた。

(オーバートレーニングとかそういうものかな)


そういえば、と“以前の世界”での事を思い出す。

ボディビルダーの人というのは何がどういう理由だか分からないが、急死したりしてしまう事が結構あったのではなかったか?


「余り根を詰めるのも良くないのかな」


クロウが我知らず呟くと、アレクサンドルはにこりと笑い…


「うん、そういうことだよ。君も少しは分かってきたみたいだね。殺したり殺される事だけ得意な蛮人かと思ってたよ。ちゃんと物を考える事も出来るみたいだね」


アレクサンドルはそういいながら、クロウの頬へ手を当てた。クロウはアレクサンドルの冷たい指先から清涼な何かが頬を伝い流れ込んでくるのを感じる。


「…うん、少し疲れが溜まってるみたいだ。今日はもう帰って休むといいね」


クロウはその言葉に特に逆らう事もなく、首肯する。

少し前までのクロウならば、休めというのは要するに死ね、いますぐ自殺しろ、という意味であると捉えたであろうが、今のクロウはそんな誤解はしない。


それはクロウがまともになった…と言うよりは、バグだらけのコードを走らせて見たところ、理由は分からないが正常に起動してしまった…と言うものに似ていた。

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